表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
青春をうたおう
41/79

05_Track02

 クラスメイトを残して教室を出たヒナは、軽快に階段をおりていた。

 衣替えで半袖シャツになってからリュックを使っている。重すぎる中身を寮に置いてから、午後の部活に合わせて身軽になろうとしていた。

 

「——おい」

 

 昇降口で低い声に呼ばれて振り返る。ハヤトが追いついてきた。

 

「おぉ、ハヤトも寮に帰んの?」

「お前、琉夏に言われた昼メシの約束……忘れてるだろ」

「えっ? 覚えてるよ? まだ11時半だし、一回帰ろうと思って」

「覚えてるのかよ。なら、なんか言ってやれよ」

「なんか?」

「いちど帰る、とか」

「どうせ寮横カフェで集まるのに?」


 会話のあいまで、ヒナのブレス端末が振動した。琉夏からの連絡。

『寮横カフェで昼めし』

 了解を返すヒナに、ハヤトが吐息をもらした。

 

「……お前、たまに冷てぇよな」

「えぇ? どこが?」

「ひとりで完結してるっつぅか? 講座のことも、クラスの誰とも合わせてねぇだろ」

「合わせる……?」

「ルイたちは講座選択を3人で(そろ)えてる。クラス混ぜこぜになるしな。2B独りになるとやりづらいだろ」

「そうか? 自分がやりたいのを取ったほうがよくないか?」

「知らねぇ」

「壱正もひとりで決めてたと思うけどなぁ……」

「壱正は他クラスにも知り合いがいる。内部生だからな。……けど、お前は知り合いがいねぇだろ」

「講座で会った子に話し掛けてみるよ」

「——だから。2Bだと、それが無理だろっつぅ話……」

 

 二人は寮への道を歩いていた。

 暑い空気のなか、陽射(ひざ)しに目を細めつつ遠くを見ていたハヤトが、会話を切って消えた。突如。

 俊敏な動きで行方をくらましたハヤトに、ヒナはパチリと丸い目で横を振り返っていた。

 

「えっ? ハヤト?」

 

 ヒナは周りを見回す。よくよく目を()らせば、真白い花びらを(こぼ)している桜の大樹から、スニーカーの先っぽが。

 

(……前にもこんなことが……)

 

 脳裏で結びつく感覚に前を向けば、寮からヒナに向けて歩いてくる生徒が一人。

 ショートヘアに、すらりとした体つきの——生徒会副会長、椎名(しいな) 英理(えり)。今日はスカートだ。

 

「英理先輩!」

 

 ヒナの跳ねた声に、英理は笑った。

 

「久しぶり、ヒナ」

「お久しぶり……いや、おれはさっき映像で英理先輩を見たんで、久しぶり感ないっす!」

「あぁ、ちゃんと見てくれてありがとね」

「いえっ! 生徒会のお話は、おれたち2B全員きちんと見てました」

「そっか……2Bは最近いい子にしてるね? 寮横カフェテリアの人集めも聞いたよ。あたしが言ったからだよね? ……ありがと、ヒナ」


 にこりと破顔する英理は破壊力がある。キリッとした表情がほころぶと、ヒナの胸はドキリとする。可愛すぎる。

 

(映像だとクール系なのに、直接だと可愛いんだよな……これがギャップか……)

 

 尊さに拝みたくなるのを抑えて、ヒナは気持ちを切り替えた。

 

「……英理先輩、今日はどうしたんすか? ハヤトなら……たぶん、部活に」

 

 目の端に意識が行きそうになるのを耐える。桜の樹からヒナに向けて、『黙っとけよ』の圧を感じる。なぜハヤトの隠蔽工作をしなければいけないのか。

 ぎこちないヒナの頬には気づかず、英理は首を振った。

 

「今日は悪い話じゃないよ」

「あ、そうなんすか?」

「『ミュージック甲子園』の募集、知ってる? 生徒会からの連絡で、何回か回ってると思うんだけど……」

「あー……なんか見たような? あれっすよね、お盆くらいにテレビで放送してる……高校生の音楽祭みたいな?」

 

 全国放送のバラエティ番組。

 音楽の枠で毎年テーマが変わり、全国の高校から募ったチームのうち、チャンピオンを決める。ヒナが見たことがあるのは、吹奏楽や和楽器がテーマだったように思う。

 英理は(うなず)いた。

 

「そう。去年はバンドでね、桜統の軽音部が優勝してるの」

「えっ、すごいっすね」

「うん、かなりすごい。桜統は文武不岐(ふき)を唱えてるけど、部活の戦績は普通だからね」

「あー……まぁ、そうですよね?」

 

 学力が物をいう学園であるし。

 そうでなければ、問題を起こしたハヤトなんてとっくに退学させられている。

 

(——いや、違うか? 教師のあいだでは、琉夏の怪我(けが)もハヤトの大暴れも誤魔化されている……?)

 

 ヒナの思考は、英理の声に遮られる。

 

「教師から参加者を集めてって頼まれたの。桜統って勉強以外も(おろそ)かにしない方針ではあるから、去年の栄光に(すが)って名を売りたいんだろうね……。吹部(すいぶ)弦楽(げんがく)に声を掛けたんだけど、大会や学祭のコンサートあるから反応が悪くて。他も同じ。それで、最終手段に軽音部」

「……ん? そんな片っぱしから声掛けられるテーマなんすか?」

「今年は『アカペラ』だから」

「アカペラ……合唱みたいなやつだ」

「そうだね。声で楽器の音をまねたりもするけど」

「英理先輩は出ないんすか?」

「あたし一応3年だから。学祭と受験で忙しい」

「あぁ……となると、2年かぁ……」

「ヒナは出ない? メンバーは軽音で集めなくてもいいよ。クラスメイトと出てくれてもいいから」

「おれっ? いや、おれも講座を詰めまくったので……」

「集中講座? それならキャンセルできるよ」

「キャンセルしてまで出たいわけでも……」

「……ヒナ、いいこと教えてあげる」


 口角を上げた英理が、ヒナを手招きする。

 ヒナは近い距離を更に縮めて耳を寄せた。

 

「参加したら、学園からの評価が確実に上がるよ。参加してくれた子は、生徒会からも推してあげる。——どう?」

「……おいしい話っす」

「でしょ? 考えてみて。返事は明日まで待つから」

 

 英理は魅惑的な唇を結んで微笑む。

 去ろうとした彼女を、ヒナは引き止めた。

 

「あのっ」

「……なに? 出る気になった?」

「もう一個、お願いしてもいいすか?」


 離れた距離を埋め、ヒナは英理の耳許(みみもと)で、こそりと(ささや)いた。

 ヒナの『お願い』を聞いて、英理が少し考えるように瞳を流し、小首をかしげた。

 

「……そんなのでいいの?」

「えっ、いいんすか?」

「いいよ」

「やった!」

「ただし、優勝して」

「ぅえっ? 優勝って……チャンピオン取ってこいってことすか? 参加だけじゃなくて?」

「あたしを動かすなら、それくらいして」

「うーん……がんばります」


 腕を組んで悩みながらも承諾したヒナに、英理が笑った。

 

「いい子には、おまけでコレあげる」


 英理はポケットから取り出したチケットのような物を、ぴっと差し出す。

 

「メンバーが決まったら教えて。できたら今日、明日中に。学園経由で応募するから、よろしくね?」


 去っていく英理の後ろ姿は、スカートがひらりとして清々しく決まっていた。

 例のごとく見えなくなるまで見送っていたヒナの横に、隠れていたハヤトが戻った。

 

「お前、『ミュージック甲子園』に応募すんのか?」

「……あ、うん」

「誰と?」

「……ハヤト、おれと出てくれる?」

「嫌だ」

「だよなぁ……」

 

 寮への道を再び歩き、寮の中へ。

 

「……つか、最後にコソコソ喋ってたの、なんて言ってたんだ?」

「……え?」

「優勝したらって話」

「…………あぁ。優勝したら、おれとデートしてくださいって言っといた」

「——はぁっ?」


 階段を上がっていたハヤトは、思わず足を止めていた。響いた大きな声に、ヒナは軽く笑う。

 

「驚きすぎだろ。ハヤトがもたもたしてるから……おれが先に誘っちゃったー」


 ヒナは軽やかに言って階段を駆け上がると、くるりと振り返った。

 わざとらしく挑発するような笑みで、

 

「この夏、おれだけ彼女ができたりして」

「は……なんっ……彼女っ?」

「……ハヤトくん、動揺しすぎやで?」

「いや、だって……お前っ……」

 

 言葉に詰まるハヤトに、ヒナは階段を少し下りて、

 

「分かるよ。君の気持ちはよく分かる……ライバルが現れて恋心を自覚する。ラブコメでよくあるやつ」

 

 ポンポンとハヤトの肩をたたいた。

 

「——っというわけで、今日の部活後にカラオケ行こ!」


 満面の笑顔で、ぴらり。ヒナは指先で挟んだ紙を見せびらかすように振った。

『平日・学生・2時間無料』

 踊るようなポップな文字に気を取られたハヤトが、情報を捉える。

 

「——いやっ、なんでだよ!」

   

 しごく当然な突っこみが、寮の階段にこだましていた。

 

 

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ