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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
君と僕の前夜祭
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 がらがらのカフェテリアで食事をとったヒナと麦。

 お腹は満たされたが良いアイディアは生まれず、芳しくない顔つきで席を立っていた。

 

「うーん、難しいなぁ……」

「ごめんね……役に立てなくて……」

「いや、おれこそ遅くまで引き止めてごめんな」

 

 ヒナが出口に向かうのを、麦が追う。

 ふと足を止めたヒナの背に、麦はぶつかりそうになっていた。もたつく足で、どうしたのかと前を見る。出口を越えたヒナは、向かいから入ってこようとした先輩らしき二人組を見ていた。

 

 2B。

 会話の詳細は分からなかったが、彼らの口から出たワードは察せられた。

 2Bがいる。でもカミヤハヤトはいない。それなら入ろうか——迷いのある応酬(おうしゅう)をしていたのだと思われる彼らを、麦は下を向いて避けようとしたが、

 

「転入生の鴨居 ヒナです! 同じ寮生の先輩方っすよね? ご挨拶が遅れました! よろしくお願いします!」

 

 いきなり、ヒナが元気あふれる声で自己紹介をした。

 

(え……えぇぇぇぇ……?)

 

 麦が困惑いっぱいで顔を上げると、鳩が豆鉄砲を食ったような先輩たちの顔が並んでいた。びっくり。麦も同じくびっくりしている。

 

「あ……うん」

 

 ニコニコしているヒナに、反射的に応じてしまった先輩が頷く。

 ヒナは笑顔のまま、ハキハキと、

 

「おれのクラスメイトのカミヤハヤトが、ご迷惑を掛けてるみたいなんすけど! あいつ、めっちゃいいやつなんで! 『いただきます』で手を合わせる系の、不良と見せかけた真面目キャラなんで!」

 

 これまた唐突に、声量強めで演説をする。

 

「よければ誤解なくカフェテリアも使ってほしいです! このままだと閉鎖されるって副会長の英理(えり)先輩が言ってました! 閉鎖されたら不便すぎるんで頼みます! 後輩がイキってすみません! 失礼しましたっ」

 

 先輩たちが目を白黒させているまに、ヒナは深々と頭を下げてから笑顔で去っていった。

 去っていった……その背中を、麦は慌てて追いかけた。

 

「ひ、ヒナくんっ」

 

 足早に進むヒナが、麦の声にひらりと振り返った。

 

「……ん?」

「どこに行くの? ヒナくんは、寮に帰るんじゃ……」

「あ……そうだった」

 

 思い出したような顔。麦と目を合わせて、ヒナは恥ずかしそうに笑った。

 

「怒ったせいで、つい忘れてた」

「……怒った……?」

「あの先輩たち、ハヤトのこと『問題児』って呼んでてさー。さっきも聞こえたから、なんか言い返してやりたくなって……カミヤハヤト・イメージアップ活動、しちゃったな?」


 軽い笑みの吐息を鳴らして、ヒナが肩をすくめる。

 怒っているようには見えない。でも、普段の雰囲気とも少し違う。麦には判断できないが、ヒナは静かに怒っているのかも知れない。

 

「……ヒナくんは、優しいね」

「え?」

「ハヤトくんと、まだ会って2ヶ月なのに……そんなふうに怒れるなんて……ハヤトくんと、本当に仲がいいんだね」

「いや、ハヤトとは喧嘩ばっかだよ? あいつ、おれに口うるさいし、ほんとイライラだよ?」

 

 ヒナは真面目ぶった顔でハヤトを語る。洗濯すこしもやってくれないし、参考書を借りようと部屋に入ったら怒るし、一歩も入るなって言うし。クラスメイトなのに冷たい。ご飯は一緒に食べてくれるけど、おれが好物ばっかり食べてると「野菜も食べろ」って言ってくる。ほんとうるさい。

 いくらでも出てくるハヤトへの文句に、麦は苦笑した。

 反応に困ったような麦を見て、不意にヒナは小さく笑った。

 

「おれ、ハヤトじゃなくても怒るよ?」

「ぇ……?」

「麦くんが何か言われていても怒るし、おれ自身が言われていても怒る」

「………………」

「本当に嫌なことは、怒っていいんだ。我慢しなくていい。おれは、そう教わってきたから……まぁ、怒ってるって伝わったか分かんないけど、おれはスッキリしたから。結果よし」


 爽やかに笑うヒナの顔に、麦の胸の中で、何かがざわめく。

 憧れのような、嫉妬のような。ざわざわとした気持ちが押し上げてくる。

 

「……ヒナくんは、いいね。自分に自信があって……うらやましい……」

 

 口をついて出た麦の言葉に、ヒナがきょとりとした目を返した。

 ハッとしたけれど、今さら取り消せない。せめて笑って誤魔化そうとしたが、

 

「麦くんは、自分に自信がない?」

「……うん」

 

 ヒナの問いに、自然と答えてしまっていた。

 

「僕は、みんなみたいに頭も良くないし……」

「いや、桜統学園の生徒はみんな賢いよ。全国平均から見たら、頭いい子しかいないもん」

「……でも、2Bでは最下位だから……」

「麦くん、英語は満点だったよな?」

「英語は習ってたから……」

「いやいや、習っていても満点取れない子もいるよ?」

「……でも、数学はできないし……」


 ヒナは首をかしげている。麦の悩みが、あまり伝わっていないらしい。

 

「僕は……親のコネでBクラに入ったって……思われてるから……」

「……そうなのか?」

「うん……」

「……実際は?」

「……ぇ」

「実際のとこ、コネなの?」

「……それは、分かんない……」

「………………」

「………………」

 

 ヒナの瞳が、ぐるりと上を向く。

 

「麦くんは、どうしたい?」

「どう……?」

「成績を上げたいのか、コネの汚名返上したいのか……」

「………………」

「2Bを抜けたい?」


 ヒナの急な問いに、麦は首を振った。

 

「そんなこと、思ってない!」

 

 ヒナが少し驚く。自分でも驚くほど声が出ていた。

 麦は、声を抑えるように気持ちも抑えようとしたが……あふれる気持ちが、どうしても、抑えきれず、

 

「僕は……ハヤトくんが悪く言われても……怒れない」

「………………」

「僕のことでも、怒れない……そっとしておけるなら、そっとしておきたい……」

「……うん、怒らないのも、大人の対応で正しいと思うよ?」

「でもっ……」

 

 でも、僕だって。

 

「……僕も……何か、できるなら……したいっ……」

 

 本当は、2Bのクラスメイトを誤解する子たちに、「違うよ」って言いたい。でも、言えない。

 

 周りに2Bの落ちこぼれだと思われているけれど、それよりも前に、自分で自分が2Bにふさわしくないと思っている。

 クラスメイトの誤解も怒れない。情けない自分を変えたいけど、変えられない。立ち向かうのが怖くて、いつも逃げてしまう。


「何もできない僕じゃ……クラスメイトの資格がないよ……」


 かすれるような声で呟いた麦の言葉に、ヒナは耳を傾けていた。しばらくのあいだ沈黙してから、そっと唇を開いて、

 

「クラスメイトに、資格なんてないと思う……でも、麦くんが言いたいことも、なんとなく分かる」

「………………」

「……怒れないのは、悪くないよ? ハヤトも別に、おれたちに怒ってほしいわけじゃないと思うしさ」

「……でも、」

「麦くんは、麦くんのできることで——あっ」


 突如、ヒナが閃いたように声をあげた。

 だが、すぐさま顔のパーツをギュッと寄せて、悩ましげに頭を抱える。

 

「なんか、おれっ……これだ! って名案が出たんだけど……ちょっと、あやふやで自信がなくなってきた……」

「名案……?」

「いや、ほら……ハヤトからしたら、悪口よりもカフェテリア閉鎖のほうが辛いだろ? あいつ、食に命懸けてるとこあるだろ?」

「ぁ……うん、そうだね……?」

 

 ハヤトが大食いなのは、クラスメイト一同が知るところ。

 

「だから、このカフェテリアの閉鎖防止運動を……なんかいい感じに……執事喫茶でできないかなって?」

「……いい感じに……?」

「おれたちが抱える問題のひとつ、『衛生面』は、カフェテリアを借りたら解決しない?」

「する……けど、カフェテリアの使用は前例がないから……」

「やっぱ前例ないのって認められない?」

「……ううん。もしかしたら……明確な目的があれば……いける、かも」

「えっ」


 表情を輝かせたヒナと反対に、麦は真剣な顔で考え込む。麦の口から、ぶつぶつと独り言がもれ始めた。

 

「企画書を……徹底的に詰めれば……あとは『付加価値』で……」

「……麦くん?」

「冷蔵庫もあるし……配膳ロボを使えば、8人でも……」

「麦くん? おれのこと見えてる? おーい?」

「僕の研究と関係性を持たせて……」


 麦の前で、ヒナが一生懸命に両手を振っている。

 真剣な顔のまま、麦はパッと目を上げてヒナを見た。麦の脳内で点と点だったものが、一気に線で繋がった。

 

「いける! と思う!」

「え、ほんとかっ?」

 

 麦の視界に戻れたヒナが、驚きと期待の混じった目で麦を見返す。

 麦はその瞳に強く頷き返した。

 

「僕が、企画書を書いてみる。代表委員会で通るくらいの、しっかりしたものを……がんばって作るから、明日の朝まで待ってもらっていい?」

「うん、待つ!」

「細かいところは……明日、先生に確認しよう」

「分かった!」

「……ヒナくん、」

「うんっ?」

「……僕に任せてもらって……いいの?」

 

 ヒナは一瞬、目を丸くしたあと、すぐにぱっと笑顔を咲かせた。

 

「えっ? もちろん! すっごい頼もしい!」


 屈託なく即答したヒナに、麦は眉尻を下げて困ったように笑った。

 

 ほんとうに、不思議な子。

 こちらの心の中に、するりと入ってくる。

 

「なんかあったら連絡して! おれ、徹夜して待機しとく! ……お、なんか青春っぽいな?」


(そうかな……徹夜で企画書って、青春っていうよりもハードな社会人……)

 

「一緒に頑張ろうなっ、麦くん!」

 

 片手を上げてハイタッチを求めてきたヒナの満面の笑顔に、麦は自分の感想を胸に仕舞った。

 

「うんっ」

 

 大きな音を立てた(てのひら)は、高揚する心と同じ熱を生んで心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

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