04_Track03
がらがらのカフェテリアで食事をとったヒナと麦。
お腹は満たされたが良いアイディアは生まれず、芳しくない顔つきで席を立っていた。
「うーん、難しいなぁ……」
「ごめんね……役に立てなくて……」
「いや、おれこそ遅くまで引き止めてごめんな」
ヒナが出口に向かうのを、麦が追う。
ふと足を止めたヒナの背に、麦はぶつかりそうになっていた。もたつく足で、どうしたのかと前を見る。出口を越えたヒナは、向かいから入ってこようとした先輩らしき二人組を見ていた。
2B。
会話の詳細は分からなかったが、彼らの口から出たワードは察せられた。
2Bがいる。でもカミヤハヤトはいない。それなら入ろうか——迷いのある応酬をしていたのだと思われる彼らを、麦は下を向いて避けようとしたが、
「転入生の鴨居 ヒナです! 同じ寮生の先輩方っすよね? ご挨拶が遅れました! よろしくお願いします!」
いきなり、ヒナが元気あふれる声で自己紹介をした。
(え……えぇぇぇぇ……?)
麦が困惑いっぱいで顔を上げると、鳩が豆鉄砲を食ったような先輩たちの顔が並んでいた。びっくり。麦も同じくびっくりしている。
「あ……うん」
ニコニコしているヒナに、反射的に応じてしまった先輩が頷く。
ヒナは笑顔のまま、ハキハキと、
「おれのクラスメイトのカミヤハヤトが、ご迷惑を掛けてるみたいなんすけど! あいつ、めっちゃいいやつなんで! 『いただきます』で手を合わせる系の、不良と見せかけた真面目キャラなんで!」
これまた唐突に、声量強めで演説をする。
「よければ誤解なくカフェテリアも使ってほしいです! このままだと閉鎖されるって副会長の英理先輩が言ってました! 閉鎖されたら不便すぎるんで頼みます! 後輩がイキってすみません! 失礼しましたっ」
先輩たちが目を白黒させているまに、ヒナは深々と頭を下げてから笑顔で去っていった。
去っていった……その背中を、麦は慌てて追いかけた。
「ひ、ヒナくんっ」
足早に進むヒナが、麦の声にひらりと振り返った。
「……ん?」
「どこに行くの? ヒナくんは、寮に帰るんじゃ……」
「あ……そうだった」
思い出したような顔。麦と目を合わせて、ヒナは恥ずかしそうに笑った。
「怒ったせいで、つい忘れてた」
「……怒った……?」
「あの先輩たち、ハヤトのこと『問題児』って呼んでてさー。さっきも聞こえたから、なんか言い返してやりたくなって……カミヤハヤト・イメージアップ活動、しちゃったな?」
軽い笑みの吐息を鳴らして、ヒナが肩をすくめる。
怒っているようには見えない。でも、普段の雰囲気とも少し違う。麦には判断できないが、ヒナは静かに怒っているのかも知れない。
「……ヒナくんは、優しいね」
「え?」
「ハヤトくんと、まだ会って2ヶ月なのに……そんなふうに怒れるなんて……ハヤトくんと、本当に仲がいいんだね」
「いや、ハヤトとは喧嘩ばっかだよ? あいつ、おれに口うるさいし、ほんとイライラだよ?」
ヒナは真面目ぶった顔でハヤトを語る。洗濯すこしもやってくれないし、参考書を借りようと部屋に入ったら怒るし、一歩も入るなって言うし。クラスメイトなのに冷たい。ご飯は一緒に食べてくれるけど、おれが好物ばっかり食べてると「野菜も食べろ」って言ってくる。ほんとうるさい。
いくらでも出てくるハヤトへの文句に、麦は苦笑した。
反応に困ったような麦を見て、不意にヒナは小さく笑った。
「おれ、ハヤトじゃなくても怒るよ?」
「ぇ……?」
「麦くんが何か言われていても怒るし、おれ自身が言われていても怒る」
「………………」
「本当に嫌なことは、怒っていいんだ。我慢しなくていい。おれは、そう教わってきたから……まぁ、怒ってるって伝わったか分かんないけど、おれはスッキリしたから。結果よし」
爽やかに笑うヒナの顔に、麦の胸の中で、何かがざわめく。
憧れのような、嫉妬のような。ざわざわとした気持ちが押し上げてくる。
「……ヒナくんは、いいね。自分に自信があって……うらやましい……」
口をついて出た麦の言葉に、ヒナがきょとりとした目を返した。
ハッとしたけれど、今さら取り消せない。せめて笑って誤魔化そうとしたが、
「麦くんは、自分に自信がない?」
「……うん」
ヒナの問いに、自然と答えてしまっていた。
「僕は、みんなみたいに頭も良くないし……」
「いや、桜統学園の生徒はみんな賢いよ。全国平均から見たら、頭いい子しかいないもん」
「……でも、2Bでは最下位だから……」
「麦くん、英語は満点だったよな?」
「英語は習ってたから……」
「いやいや、習っていても満点取れない子もいるよ?」
「……でも、数学はできないし……」
ヒナは首をかしげている。麦の悩みが、あまり伝わっていないらしい。
「僕は……親のコネでBクラに入ったって……思われてるから……」
「……そうなのか?」
「うん……」
「……実際は?」
「……ぇ」
「実際のとこ、コネなの?」
「……それは、分かんない……」
「………………」
「………………」
ヒナの瞳が、ぐるりと上を向く。
「麦くんは、どうしたい?」
「どう……?」
「成績を上げたいのか、コネの汚名返上したいのか……」
「………………」
「2Bを抜けたい?」
ヒナの急な問いに、麦は首を振った。
「そんなこと、思ってない!」
ヒナが少し驚く。自分でも驚くほど声が出ていた。
麦は、声を抑えるように気持ちも抑えようとしたが……あふれる気持ちが、どうしても、抑えきれず、
「僕は……ハヤトくんが悪く言われても……怒れない」
「………………」
「僕のことでも、怒れない……そっとしておけるなら、そっとしておきたい……」
「……うん、怒らないのも、大人の対応で正しいと思うよ?」
「でもっ……」
でも、僕だって。
「……僕も……何か、できるなら……したいっ……」
本当は、2Bのクラスメイトを誤解する子たちに、「違うよ」って言いたい。でも、言えない。
周りに2Bの落ちこぼれだと思われているけれど、それよりも前に、自分で自分が2Bにふさわしくないと思っている。
クラスメイトの誤解も怒れない。情けない自分を変えたいけど、変えられない。立ち向かうのが怖くて、いつも逃げてしまう。
「何もできない僕じゃ……クラスメイトの資格がないよ……」
かすれるような声で呟いた麦の言葉に、ヒナは耳を傾けていた。しばらくのあいだ沈黙してから、そっと唇を開いて、
「クラスメイトに、資格なんてないと思う……でも、麦くんが言いたいことも、なんとなく分かる」
「………………」
「……怒れないのは、悪くないよ? ハヤトも別に、おれたちに怒ってほしいわけじゃないと思うしさ」
「……でも、」
「麦くんは、麦くんのできることで——あっ」
突如、ヒナが閃いたように声をあげた。
だが、すぐさま顔のパーツをギュッと寄せて、悩ましげに頭を抱える。
「なんか、おれっ……これだ! って名案が出たんだけど……ちょっと、あやふやで自信がなくなってきた……」
「名案……?」
「いや、ほら……ハヤトからしたら、悪口よりもカフェテリア閉鎖のほうが辛いだろ? あいつ、食に命懸けてるとこあるだろ?」
「ぁ……うん、そうだね……?」
ハヤトが大食いなのは、クラスメイト一同が知るところ。
「だから、このカフェテリアの閉鎖防止運動を……なんかいい感じに……執事喫茶でできないかなって?」
「……いい感じに……?」
「おれたちが抱える問題のひとつ、『衛生面』は、カフェテリアを借りたら解決しない?」
「する……けど、カフェテリアの使用は前例がないから……」
「やっぱ前例ないのって認められない?」
「……ううん。もしかしたら……明確な目的があれば……いける、かも」
「えっ」
表情を輝かせたヒナと反対に、麦は真剣な顔で考え込む。麦の口から、ぶつぶつと独り言がもれ始めた。
「企画書を……徹底的に詰めれば……あとは『付加価値』で……」
「……麦くん?」
「冷蔵庫もあるし……配膳ロボを使えば、8人でも……」
「麦くん? おれのこと見えてる? おーい?」
「僕の研究と関係性を持たせて……」
麦の前で、ヒナが一生懸命に両手を振っている。
真剣な顔のまま、麦はパッと目を上げてヒナを見た。麦の脳内で点と点だったものが、一気に線で繋がった。
「いける! と思う!」
「え、ほんとかっ?」
麦の視界に戻れたヒナが、驚きと期待の混じった目で麦を見返す。
麦はその瞳に強く頷き返した。
「僕が、企画書を書いてみる。代表委員会で通るくらいの、しっかりしたものを……がんばって作るから、明日の朝まで待ってもらっていい?」
「うん、待つ!」
「細かいところは……明日、先生に確認しよう」
「分かった!」
「……ヒナくん、」
「うんっ?」
「……僕に任せてもらって……いいの?」
ヒナは一瞬、目を丸くしたあと、すぐにぱっと笑顔を咲かせた。
「えっ? もちろん! すっごい頼もしい!」
屈託なく即答したヒナに、麦は眉尻を下げて困ったように笑った。
ほんとうに、不思議な子。
こちらの心の中に、するりと入ってくる。
「なんかあったら連絡して! おれ、徹夜して待機しとく! ……お、なんか青春っぽいな?」
(そうかな……徹夜で企画書って、青春っていうよりもハードな社会人……)
「一緒に頑張ろうなっ、麦くん!」
片手を上げてハイタッチを求めてきたヒナの満面の笑顔に、麦は自分の感想を胸に仕舞った。
「うんっ」
大きな音を立てた掌は、高揚する心と同じ熱を生んで心地よかった。




