03_Track06
放課後、一向に帰らない琉夏を連れて、ヒナとハヤトは寮横カフェテリアで食事をとった。
「オレも寮に入ろっかなァ〜?」
何度か聞いたことのある琉夏のセリフ。「そろそろ帰る」と宣言したヒナは、寮の廊下に入ろうとしていた足で振り返った。
「マンションのほうが快適だろ? ここだと使用人いないから、全部自分でやらないと」
「ヒナがオレのこともやってくンない?」
「やだよ。クラスメイトを利用すんな」
「お金は払うし」
「………………」
魅力的な提案だ。
止まったヒナに、横からハヤトが「揺れてんなよ」と突っこんだ。
「だって! どうせ自分のことはするし、まとめてやるだけで小遣いが貰えるなら……やりたい!」
「駄目だろ。琉夏も金で解決しようとすんな」
「えェ〜?」
寮の階段を上がっていく。2階なのでエレベータを使うことは少ない。
同寮のハヤトはいいとして、どこまでもついてくる琉夏をヒナは見上げた。
「琉夏、帰らないのか?」
「帰っても暇だし」
「勉強しようよ」
「ヤだ」
「琉夏って勉強してないのに満点で……ちょっと、むかつく」
ヒナの部屋のドアまで辿りつく。
「オレが勉強みてあげよっか? それか、研究は? ヒナは『桜統学』の研究まだ決めてねェよな?」
「あぁ、研究なぁ……」
「今からテーマ決めよ〜よ。……ってワケで、部屋に入〜れて?」
帰る気が微塵もない琉夏に、
(あれだな……ずっと警戒されてた猫に懐かれた気分だな……)
ヒナは失礼な印象を重ねる。
(門限までならいっか。研究の相談も助かるし……)
帰りたくないらしい琉夏に、ヒナは妥協して入室を許可しようとしたが、
「——駄目だ」
明瞭な音で制止したのは、ハヤトだった。
「部屋に入るのは駄目だろ」
ヒナと琉夏の目がハヤトに向く。二人とも、きょとりとした目を返していた。
ヒナは首をかしげ、
「え? 入寮生徒しか入れないんだっけ?」
「いや、オレ、ハヤトの部屋に入ったことあるよ?」
疑問を浮かべる二人の顔に、ハヤトが眉をひそめる。眉頭に力を込め、ヒナの顔に何か言いたげな目を投げたが、語ることなく琉夏の肩を掴んだ。
「琉夏は俺と走りに行こうぜ」
「は? なんで?」
「暇なんだろ?」
「走るのヤだけど? ってかオレ、今日は球技大会と罰走で死ぬほど走ったし……」
「大丈夫だ。お前は元気そうだ。行くぞ」
「はっ? えっ?」
ハヤトの腕が、強制的に琉夏を引っぱっていく。
前回の反省を踏まえたヒナは、琉夏から素早く距離を取った。巻き込まれてたまるか。ヒナの脚は限界を迎えつつある。
「じゃあなー」
ごちゃごちゃと琉夏が騒いでいるが、知らない。ヒナは聞こえないふりを決め込んで部屋のドアを開けた。
「ただいま、チェリー」
《——おかえり、ヒナ。球技大会はどうだった?》
「勝った! 2Bが優勝したっ」
《おめでとう》
着替えながら報告する。ヒナの声は自然と弾んでいた。
「チェリーの作戦もよかったけど、サクラ先生からのアドバイスも効いたな。相手の体力を奪っちゃえ大作戦。最後まで動けるハヤトが無敵だった」
決勝トーナメントは試合が次々と行われていく。試合の前半で相手チームを走らせ体力を奪う戦法は、サクラの助言だった。
「サクラ先生は運動できなさそうなのになー」
《担任の先生は、『先生』だからね。生徒のことなら、よく分かるよ》
「そっか」
《運動も、できるかも知れないよ?》
「やだよ。サクラ先生は頭いいんだから、運動はできないでほしい」
《どうして?》
「……あ。ハヤトがいない間に、洗濯してこよう。行ってくるー」
ハヤトと琉夏のマラソンを思い出して、ヒナは洗濯カゴを掴んだ。
《いってらっしゃい》
鈴を鳴らすような声がヒナを送り出す。
(そうだ、琉夏が懐いた話をしよう)
ヒナの頭には、今日の楽しかった出来事だけが満ちている。




