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03_Track02

 ヒナと琉夏が戻ったのは10分後。

 走り疲れた二人は息を切らしていて、授業が終わるまでサクラの言ったとおりに静かだった。

 

 更衣室で着替えるころには、ようやく回復した琉夏が愚痴を吐いていた。

 

「疲れた。オレもう帰る。『一色 琉夏は筋肉痛で早退しました』って言っといて」

「自分で申請しとき」

 

 竜星によって軽くあしらわれる。

 制服に着替え終えた竜星は、中央のチープなベンチへと腰掛けた。竜星は顔を上げ、更衣室にいるクラスメイト全体へと尋ねる。

 

「球技大会、どっちにするぅ?」

 

 体育の授業終わりに、サクラから球技大会の話が出ていた。例年どおり種目はサッカー・バレーボール・バスケットボールの3種。自由選択だが、クラス人数が少なすぎる2Bにサッカー(11人)の選択肢はない。人数からして、参加種目もクラスでひとつとなる。

 バレーか、バスケ。竜星は2択を求めたつもりだった。

 しかし、だらだらと着替えていた琉夏が、

 

「オレ、出ない。球技大会は休む」

 

 きっぱりと返したため、一瞬、更衣室に沈黙が落ちた。

 竜星が眉をひそめる。

 

「……なに言ってるんやって、琉夏。あんたがサボったら、うちら困るやろ」


 琉夏とベンチを挟んで反対にいた壱正が、目線だけ琉夏を振り返っていた。

 壱正と並ぶ麦と詩も、互いに目を合わせて困惑している。

 

 球技大会では、中学の頃からルイは戦力外だった。麦と詩もなるべく補欠でいたい派。去年の1Bの時点で、彼らは内部生組でバスケに参加している。

 ハヤト、琉夏、竜星、壱正の4人が主力で、麦と詩が様子をみて互いに交代し合っていた。ルイは応援しかしていない。

 琉夏が欠けると、体力的にも戦力的にも厳しい。

 

「今年はアヒルちゃんがいるじゃん、オレの代わり」

「ヒナはバスケできるんかぁ?」

「バスケ無理ならバレーで出れば? どっちにしろ、どうせガチ部員のクラスが優勝だし、やる気ねェよ」

「………………」

 

 竜星が黙ってハヤトへと目を投げた。(なんか言ってや)訴えたつもりだが、琉夏の隣で着替えていたハヤトから反応はなかった。

 更衣室は静かになるかと思ったが、

 

「おれのこと呼んだ?」

 

 更衣室の奥、個別に仕切られた場所で着替えていたヒナとルイが出てきた。

 話の断片だけ聞こえていたヒナが、キリッと宣言する。

 

「球技大会の話? おれ、バスケはシュートが入らないし、バレーのアタックなんか無理!」

 

 背後にいたルイも、「僕も」にこりと笑って戦力外をアピールした。

 琉夏はヒナを振り返って笑った。

 

「い〜じゃん? アヒルちゃん走る体力はあるし、それで十分。オレの代わり、よろしく〜」

 

 ふざけたようにヒナの頭をわしゃっと()でて、琉夏は更衣室を出ていった。

 ヒナは首をかしげる。

 

「……琉夏、どうかしたのか?」

 

 しんとした更衣室。

 ルイだけが軽い響きでヒナに応えた。

 

「球技大会はクラス対抗だから、元Bの子らと会う羽目になるでしょ? 琉夏くん、会いたくないんだよ。ああ見えて怖がりだもんね?」


 長い髪をポニーテールに束ねながら、くすくすと笑う。

 

「笑う話じゃねぇ」

 

 ハヤトが低く注意した。ルイは小さく肩をすくめると、詩と麦を誘い、更衣室を出ていく。反省しているようすはない。

 残ったメンバーはヒナ、ハヤト、竜星。

 それから、壱正。着替えを終えていたが、出ていく気配なく止まっていた壱正に、ヒナが気づいた。

 

「……壱正?」


 基本的に壱正はハヤトたちと距離を置いている。ヒナとも距離を置きがちだが、珍しくヒナの声に反応して目を返した。

 

「……琉夏は、球技大会が好きだ」


 低い壱正の声が、静かに響いた。

 唐突な主張を意外に思いながらも、ヒナは「そう……なのか?」ハヤトと竜星に視線を回した。

 竜星が溜息(ためいき)をこぼす。

 

「走るのは嫌いやけど、ボール系は好きやなぁ? 中学のときから、球技大会に一番やる気あるのは琉夏やし。そんで負けず嫌いやから、優勝のためにうちらまで特訓させられて……」

「琉夏が? 青春だなぁ……それって優勝したの?」

「去年は優勝とってる」

「おお、すごいな」

「万能ハヤトがいるし、琉夏も背ぇ高いし。バスケ部員さえ抑え込めば、そんな無理な話でもないわ」


 ヒナと竜星が話す横を、ハヤトが出ていく。低い声で、ハヤトは誰へともなしに呟いた。


「あいつが出ないって言ってるんだから、もういいだろ」

 

 バタンっと。ドアの音が、重く。

 座ったままの竜星、立ち尽くすヒナと壱正。残り3人が、言葉なく目を合わせた。

 

「……私も、失礼する」

 

 壱正も出ていった。

 二人きりの更衣室に、竜星が、ぽそりと。

 

「琉夏の事件、ヒナは知ってるんかぁ?」

「あぁ、うん。ハヤトから聞いた。クラスメイトの外部生に、階段で突き落とされた……って」

「それ、ハヤトとうちが休んだ日なんやって。うちら、めったに休まんのに……家庭の都合ってやつで、互いに休んでた。そやから、たぶん琉夏も寂しくて、外部生の子らに『お昼食べよう』って誘われるまま……」


 言葉じりが、静寂の更衣室に消えていく。

 余韻のように、そこには竜星の後悔の念が残っていた。

 

「……うちらは、誰も悪くない。落とした子が一番悪いし、口裏あわせた他の子らもあかん。……でも、壱正はクラス委員として、琉夏の怪我(けが)に責任を感じてる。ハヤトが暴れたのには怒ってるけどな。……ハヤトはハヤトで、休んだことを少し後悔してる」

「………………」

「うちら、仲悪く見えるやろけど……ほんとは、みんな普通に仲良かったんやよ?」

 

 うつむく竜星の表情は、ヒナから見えない。ヒナの耳に、浅く笑う吐息が聞こえた。

 

「ヒナは、『青春したい』って簡単に言うけど……うちかって、青春できるならしたいわ。……みんなで、前みたいに、楽しくやれたら……」

「——しよう」

 

 ヒナはそっと竜星の前にしゃがみ込み、その顔をのぞきこんだ。

 

「しようよ、青春。おれたちの時間は、まだあるよ。諦める必要なんてない」

 

 真面目な顔を、ヒナは笑顔に変えた。

 

「青春しよう。一緒に!」

 

 

 

 

 

 

 

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