03_Track01
ある晴れた日。
ヒナたちは体育の授業で校庭に出ていた。
「サクラ先生、遅れるって……なんでだっけ?」
壱正の声掛けに合わせて、ゆるゆると準備運動をしている。
身長の関係で、ヒナは竜星とペアを組んでいた。ヒナの問いに、ピンク頭が傾く。
「ん〜? 研究発表って言ってたようなぁ〜?」
横に並び、上下に手繋ぎ。互いに引っぱって、ストレッチ。
「サクラ先生って、なんで教師やってるんだろなー?」
「知ら〜ん」
「父親と不仲って、ネットニュースで見たことあるんだけどさぁ……櫻屋敷グループを継ぐ気は、先生にないのかなー?」
「知ら〜ん」
「……竜星、君の名はー?」
「知ら〜ん」
「聞いて! おれの話ちゃんと聞いて!」
二人で背中をくっつけて、後ろ合わせのまま互いの腕を組む。代わり番こに、背中におんぶ。
ヒナの上に乗る直前、竜星は向かいのハヤトと目が合った。ヒナによって引き上げられ、視線が外れる。
「……ヒナぁ」
「んー?」
「ハヤトの今日のワイシャツ、クシャクシャやったやろぉ?」
「あー、洗濯やりっぱで寝落ちしたんだろー?」
「前みたいに、ヒナが干してあげんかったんかぁ?」
「いやー、忘れたときは干し合ってたんだけどさぁ……ハヤトのやつ勝手に触るなって言い出して。おれのも絶対に自分でやれって。いきなり無慈悲」
ペアストレッチを終えて、ヒナは肩をすくめた。ふぅん、と返した竜星。
二人のもとに、噂のハヤトが近づいた。桜統の校章が入ったスポーツウェアのため、クシャクシャではない。
「おい、竜星。お前、上に乗るのやめとけよ。重いだろ」
「……はぁ? ハヤト、なに言ってるん?」
怪訝な顔で見上げる竜星と、きょとんとするヒナ。並ぶ二人の背丈は同じくらい。
「うちが太ってるって言いたいんかぁ?」
「そういうわけじゃねぇよ。こいつにとったら重いだろって……」
「それ同じやし。正味うちとヒナの体重なんて変わらん。あんたを乗せる琉夏のほうが大変やろ」
話題に上がった琉夏は、「余裕だけど?」
ヒナも、「いや、おれも平気だよ?」
二人の意見を受けて、竜星はハヤトをじろりと睨め上げる。
ハヤトは「いや、けどよぉ……」
竜星とヒナの顔を交互に見つつ言い淀んだ。途切れた言葉の先はなかった。
準備運動の終わった面々はサッカーボールを手に取って、おのおの自由に練習を始める。
あと3回の体育でサッカーが終わる。サクラから最後にリフティングの個人テストをすると言われている。
「いーち、にーい……」
ボールを地面に落とすことなく、何回蹴ることができるか。ヒナのボールは2回を上限にして落ちていく。
「全然できないな……」
落ち込むヒナは同類を求めて周りを見た。
麦はヒナと同レベル。壱正と詩は一桁くらい。琉夏と竜星が……20回ほどだろうか。
ヒナは琉夏の横に行って、
「琉夏って運動もできるのがずるいよな」
「オレ、体力は無ェよ? リフティングは独りでボール蹴るわけだし、予測できるじゃん」
「天才は簡単に言うよなぁ……」
ヒナが諦観の笑みを浮かべると、琉夏が奥のハヤトを目で示した。
「あれ見てたら、オレらなんて凡才だと思わねェ〜?」
独り離れた位置で、ポン、ポンと軽快な音を奏でている。一定のリズム。
黙って見ていると未来永劫に続きそうで……
「怖っ……全然ボール落ちないよ。ハヤトのやつ、どうなってんだ?」
「中学のときからあんな感じ。無限ループ」
「もうサッカー部に入れよ! エゴイストになろうよ!」
「それ言うならストライカーじゃねェ?」
「……あれ? そういえば、ルイくんは?」
なんだか少ない。と思えば、ルイがいなくなっていた。最初の準備運動は詩としていたはずだが……
見回していると、木陰のベンチに座っているのを見つけた。
ルイはキャップを被っている。ヒナの目に気づいたらしく、ひらひらと手を振った。
「ルイくん、自由だな……」
「ルイも中学のときからあんな感じ。体育の半分は見学してるンじゃねェ〜?」
「あ、いちおう学園に認められてるんだ?」
「ま〜ね? 進級できる程度には参加してる」
「……まぁ、あれだよな。ルイくんに過酷な運動させられないよな? 倒れそうで心配になる……」
「ってか似合わねェよな〜? 何年も見てンのに、ルイのスポーツウェアはマジ違和感」
「そうか? 服は別に……それ言ったらサクラ先生だよな? おれ体育のたびに笑う。高級そうなウェア、違和感しかない」
ヒナの主張に、琉夏が響く声で笑った。
「たしかに。あの格好ってゴルフ場にいそうじゃん。校庭にいるのが笑えるよなァ〜?」
「そうそう、高級感が逆に浮いてるっていうか? サクラ先生は運動できなさそうだしなー?」
「運動できないやつにオレら運動を教わってンの疑問じゃね?」
「ほんとだな……?」
「勉強もオレのほうが賢いし?」
「いや、それはないだろー?」
談笑するヒナと琉夏は、すっかり練習そっちのけだった。
壱正の目がヒナたちに向いたので、怒られる前に練習しようとヒナはボールを手に取った。が、しかし。
「——教員の目がないせいか、実に楽しそうだね?」
ピシリと、空気が固まった。
固形化した空気のなか、ヒナと琉夏が、ぎこちなく背後を振り返る。
きれいに微笑むサクラが、例のごとく校庭に不釣り合いなウェアを身につけて立っていた。
「わ、わぁ……サクラ先生、今日も爽やかですねっ?」
「鴨居さんと一色さんも爽やかだね。汗もなく、元気があり余っているようだ。校庭を10周ほど走ってくるのはどうかな? 程よく疲れて静かになれるだろう?」
「いやっ……そ、そういう体罰的なの、もう時代遅れっ……」
「——体罰? 私は君たちの自主性を尊重しているんだよ? 二人はリフティングの練習を放棄して走りたいのかと思ったが、私の勘違いか?」
にこっと細い目に見下ろされ、ヒナは琉夏の腕を取った。
「いってきまぁす……」
「はっ? いや、オレ走るのヤだ。長距離キライ」
「周数が増える前に行こう。大丈夫、おれと『どっちが長い英単語たくさん言えるか勝負』しよう。意外に時間あっというまだから」
「それ、体感が早いだけで疲労度は増すよなァっ?」
ぎゃいぎゃい言っている琉夏。それを引っぱったヒナが、校庭のトラックを走り出した。
「あほやな」
竜星の突っこみに、残りのクラスメイトたちも同調していた。




