02_Track03
翌日。
放課後になった2Bの教室。珍しく麦がヒナの席までやって来て、声をかけた。
「ぁ……えっと、ヒナくん」
「ん?」
「部活って、もう決めた?」
「……いや、決めてない」
「見学は……?」
「した。琴」
短いワードで答える。ヒナの表情は死んでいる。
どうしたのかと戸惑う麦に、ヒナは死んだ魚のような目を向けた。
「あれはダメだ。サクラ先生のファンクラブ」
「ぇ」
「茶道部も同じ先輩が部長らしい。おそらく、あっちもダメだ。女子みんな、おれのことなんて眼中にない」
「……ぇえっと? つまり、入る気はない?」
「入らないし入れない。男子禁制圧が強すぎる」
「そっか……?」
サクラ先生がこんなに人気なんて想定外だ。美形なの忘れてた。ぐちぐちと口の中で呟く。
そんなヒナの手前に、麦が回ってきた。
「あの……よかったら、料理サークルに入らない?」
控えめに傾く麦の顔に、ヒナは目を上げる。
「サークル? ……部活じゃなくて?」
「えっと……人数が足りなくて、部活に認められてないものは、サークル扱いなんだ。部費みたいな支援はなくて……教室とか、調理室とか、スペースだけ使えるよ」
「……それって、女子いる?」
「えっ? ……ぁ、ううん。まだ、ルイくんと詩くんと僕だけで……」
「それただの2B! いつもと一緒!」
「うん……? ぁ、でも……女子もたまに見学に来るよ……?」
「えっ!」
「ルイくんのファン? みたいな子が……でも、恥ずかしいみたいで、ぜんぜん喋れないまま帰って行っちゃうかな」
「顔のいいやつは自然と女子が集まってくるんだ。いいね……」
「ヒナくんは、モテたいの?」
「うん、モテたい。……いや、おれチャラいやつみたいだ……ダメだこんなの……青春したいだけなのに……」
「モテるっていうなら……軽音部は、モテるのかも……?」
「軽音部みたいなウェイ感おれに無理だし……でも訊いていい? 軽音部ってそんなモテるの?」
「たぶん……? でも、その、部員が……」
「あ、いい。わかった、もういい。この話忘れる」
胸に湧いた興味を掻き消した。素早く対応したはずなのに、ヒナの後ろから、ノイズ混じりの声が、
「軽音部がなんだってェ~?」
(あ~……鬱陶しいやつ出ちゃった)
振り返ると、自席のイスで横に座った琉夏がニヤニヤと笑っていた。
「なァ~に? 転入生ちゃん、オレらとやりたいの?」
「いや全然。まったく」
「遠慮すンなって。このつまんねェ学園を、ロックでぶち壊してやろうぜっ」
「すごい青春っぽい響きだけど、それはおれが求めてるものじゃない。あと琉夏と組むの全然むり」
「女子にモテるよ?」
「………………」
「オレ、去年の学祭でライブしたあと、Aクラのコからスキって言われたし、いっぱい」
「……何人?」
「ん~……翌日にひとり言われて……数日後くらいに2、3人? あとは学園プロフに連絡きて……10人くらい?」
「嘘だ! 誇大広告は法律で禁止されています!」
「オレだけじゃねェよ? ハヤトと竜星も」
話題にあがった二人は、帰る用意をして立ち上がっていた。ヒナの衝撃の目に、竜星だけ「うち、ふたり」ニコッとピースサイン。
ヒナは長く溜めたあと、静かに、
「……おれ、軽音部に入ろうかな」
「不純な動機で入んな」
すぐさま切り返したのは、低い声。ハヤトの鋭い目に睨まれて、ヒナも立ち上がった。
「どうしてダメなんだ! バンドマンの大半はモテたくて始めてるんだろっ?」
「偏見だぞ!」
真面目な顔で言い合うヒナとハヤトのあいだで、
竜星は「うちは可愛い彼女が欲しくて始めたけどぉ」
琉夏も「オレも~」
強力な支持者を得て、ヒナは声を張った。
「ほらみろ、すでに過半数の動機が『モテたい』と同義だ!」
「お前ら……!」
失望の顔をするハヤトに、ヒナは優しく微笑む。
「そういうハヤトくんも、モテたくてやってるんだろ? 正直に言ってみな?」
「違ぇよ! 一緒にすんな!」
盛りあがるヒナたちから、麦がそろそろと離れ、席に戻っていく。
座って眺めていたルイが、
「勧誘失敗?」
「うん……」
ちなみに壱正は、すべて無視して帰ろうとしていた。
気づいたヒナが呼び止める。
「あ、壱正の部活は何? 参考に教えてほしい」
「……私は、吹奏楽部と弦楽部に所属している」
「そこを、ふたつ? ハードだな?」
「私は個人でピアノを習っている。どちらの部にも、曲によってピアノが必要なときだけ呼ばれる。大会ではなく、文化祭などのコンサートのときに参加している」
「そんなパターンもあるんだ……そっか、弦楽……」
ヒナが思案しているうちに、壱正は帰っていった。相変わらず冷たい。
ちらほらと教室を出ていくクラスメイトの流れに乗って、ヒナも出ていく。
階段のところで、上に行こうとするハヤトと、下に行こうとする琉夏が、
「おい琉夏、どこ行くんだ?」
「ゲーセン?」
「なんでだよ、部活いくぞ」
「いや、そっちこそなんで? オレら、もう練習しても意味ねェじゃん?」
「意味なくねぇよ。近いうちに校内ライブの許可、生徒会から貰ってくる」
「無理だって。こんな校舎に隔離されてンのに、許可されるワケないよな?」
「…………なんとかする」
「そ? まァ、今日は練習やる気ないし」
話す二人の横を、ぬるーっと通り抜けようとしたところを、琉夏の長い手がひょいと伸びてきて捕まった。
「転入生、ゲーセン行こ。アンタ暇じゃん?」
ヒナは竜星と(ばいばーい)静かに手を振り合っていたので、琉夏とハヤトの話を聞いていない。
急に拘束され、しかも誘われ、よく分からない顔でヒナは琉夏を見上げた。
「おれ、お金ないよ。ゲーセンも行ったことないし」
「希少動物じゃん。可哀想なアヒルちゃんを、オレが連れてって奢ってあげる。行こ」
「いやいや、お金の貸し借りや譲渡はいけませんって口すっぱく教わったし! 可哀想じゃないし! ……アヒルってなに?」
「鴨居って家鴨っぽくね?」
「あぁ、漢字が? ちょっと分かるー」
「だろォ~?」
学年トップ(本日確定した)の二人の会話に、ハヤトが、
「いや、分かんねぇよ。……お前ら、仲いいんだか悪いんだか……」ぼやいて眉を寄せた。
竜星が小声で、「似た者どうし、ってやつやろ」
ハヤトは納得しつつ、琉夏の腕を掴む。ヒナごと纏めて階段を引っぱっていくことにした。
「——とにかく、練習に行くぞ。下手くそでライブ申請なんて出来ねぇだろ。まずは実力の維持だ!」
「えェ~?」
「あっ、ちょっとちょっと! おれも攫われてる! カミヤハヤト! おれも攫われてるって!」
「お前も入部希望だろ。見学しとけ」
にぎやかな人攫いを目の当たりにして、竜星だけがニコニコと笑っていた。




