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02_Track01

「おれは、2Bの君たちに()きたいことがある」

 

 その日、春休み明けテストが終了した。

 普段はクラスメイトみんなに嫌厭(けんえん)されがちな琉夏(るか)であるが、試験直後だけは重宝される。

 

「琉夏ぁ、コミュ英のラストの答え何ぃ~?」

「琉夏、古文のここなんだけどよ」

 

 竜星(りゅうせい)とハヤトに尋ねられるのは、もちろんのこと、

 

「琉夏くん、数列のとこって答え何になった?」

 

 島の違うルイまで琉夏に尋ねに行く。

 琉夏は歩く模範解答。ただし、現在は座っている。

 

「あ~あァ、みんなオレがいないとダメだなァ~?」

 

 いつもなら無視されるセリフを吐いても許される。

 

「琉夏がいてくれんと困るわぁ」

「さすが不動の1位」

「うん、便利……じゃなかった、大事な存在」

 

 みんな適当な称賛を雑に投げる。受け取る琉夏はまんざらでない。

 ふざけた茶番劇が繰り広げられる教室中央で、ヒナが発した冒頭の、

 

——おれは、2Bの君たちに訊きたいことがある。

 

 重々しい宣言は、見事にスルーされた。

 クラスメイトは答え合わせに多忙を極めていた。

 

「——なぁっ! お願いだからおれの話を聞いて! 聞いてくれよ壱正(いっせい)!」

 

 ヒナは席から立ち上がって、壱正の席に回った。

 壱正は琉夏に訊くことなく、気になった問題は自分のノートで確認している。喧嘩(けんか)の件を怒っている壱正は、ヒナの雑談を耳に入れてくれない。

 あと、テストの確認のほうが優先順位が高いのだと思われる。

 

「壱正……おれたち、心の友だろ……?」

「友ならば、友人の勉強を邪魔しないでもらいたい」

「あ、(しゃべ)ってくれた! みんな聞いて! 壱正がおれのこと友人って言ってくれた! ゆるしてくれたっ」

「………………」

「あれっ? なんで耳栓を出すんだ? え、つけるの? おれの話まだ今から——」


 ヒナの声は、壱正の耳に届かなくなった。

 

「どうしてだ……」

 

 肩を落としたヒナは、仕方なくハヤトたちの方へ。 

 開けられた窓枠に寄り掛かって、

 

「聞いてくれよ、カミヤハヤト」

「フルネームで呼ぶなっつってんだろ。……つぅか、お前テスト確認しねぇの?」

「確認……? あ、さっきからみんな何やってんの? テスト終わったのにテスト見てんの?」

「分からなかった問題を見直してんだよ。こういう積み重ねが大事なんだぞ」

「ハヤトって急に真面目ムーブかましてくんだよな……不良キャラのアイデンティティ大事にしてほしいよな……」

「不良じゃねぇ。お前も桜統生ならやっとけよ」

「って言われても……桜統ってAI採点なんだろ? 明日にはデータ返却されるんだし、そんときでよくない? どこ間違ってるかなんて、自分で分かんないし」

「間違いは分かんねぇけど、できなかったとこは分かるだろ。分かんねぇところは即座に確認。桜統の伝統だろ」

「そんな伝統は知らない。それにおれ、分かんないとこはなかったよ? 全問正解のつもり」

「はっ?」

 

 ハヤトの声には、他のクラスメイトの声も被っていた。

 驚きの目が、ヒナに集まる。

 

「……え、なんだ?」

 

 散々無視されていただけに、ヒナはびっくりして身をのけぞらした。今日もピンクな頭をした竜星が、ひょこっとハヤトの体をよけてヒナと目を合わせ、

 

「全問解けたん?」

「うん」

「……全教科?」

「……うん」

「…………これやから外部生は嫌なんやってなぁ」

「唐突なディス!」

 

 教室全体に、うんざりとした空気が広がった。耳栓をした壱正だけは別世界にいる。

 反対の島に戻っていたルイと、隣の(うた)が、ぽそぽそ。

 

「これが噂の『荒らし』かな?」

「『優秀な外部生によるランキング変動』ですか? どの学年にもあるそうですが……私たちには無縁かと思っていましたね」

「……あ。僕、今回から『上位落ち』しちゃうかも」


 注目の集中点にいるヒナは、


「そうやってすぐ外部内部で壁作るの、どうかと思うんだよな。おれも2Bなのになっ……そうだ! おれ訊きたいことがある!」

 

 とりあえず話を聞いてもらえそうなので、再三となる前振りを、

 

「おれは、2Bの君たちに訊きたいことがある」

 

 神妙な顔つき。

 一番近くのハヤトが、「なんだよ?」

 

「女子って、どこに隠れてんの?」

「……は?」

「まずは、このクラスから訊くな? 2Bに女子がいないの、なんで?」


 重要性のない会話が始まった気がする。察したクラスメイトは、自分の作業をこなしつつ片耳に聞く。

 やることのない琉夏が、近くでイスを傾けてヒナを見上げ、

 

「ハヤトが怖くて、みんな男女関係なく逃げ出しましたァ~」

「カミヤハヤト! お前ってやつは!」


 ヒナの声に、ハヤトは耳を押さえて顔をしかめた。ハヤトの目前にはカラフルな虹色の頭が寄り掛かり、横ではヒナがうるさい。全問解答ペアに挟まれて不愉快かつ逃げ場がない。

 ヒナが大げさに溜息(ためいき)をついた。

 

「クラスメイト半殺し事件、やっぱハヤトはヤっちゃってたか」


 ヒナに向けて、琉夏が内容にそぐわない笑顔を浮かべ、

 

「そうそう、全員もれなく病院送り。オレも見たかったなァ〜」

「いや、暴力はダメだろ。手ぇ出したら負けだ。……なー! そうだよな壱正ーっ」

 

 ヒナのアピールは、当然のごとく耳栓によって阻まれている。

 話に入らないハヤトの代わりに、竜星が補足するように言った。

 

「盛りすぎや。ハヤトは教室で暴れただけやろ? 怖がって転んだ子が病院に行ったけど……あれは病院送りって言わん」


 斜めになっている琉夏は、竜星に顔を向けた。

 

「ハヤトが怖くて外部生がいなくなったのは事実じゃん?」

「あほ、あんたが言わんとき。あんたの犯人捜しで怒ってくれたんやが」

 

 琉夏と竜星の会話から、ヒナも事件の全貌(ぜんぼう)を捉えつつあった。

 琉夏を突き落としたクラスメイトは、外部生が口裏を合わせたことで護られた。ハヤトはそれを怒った。

 

「あぁ、そういうことか。——いや、分かってたよ。カミヤハヤトは人を(なぐ)るやつじゃないって、おれも分かってた」

 

 ヒナの下から、ハヤトが「嘘つけ。1分前のてめぇのセリフ忘れてんじゃねぇよ」

 

——()()()ハヤトはヤっちゃってたか。

 

 ハヤトの低い訴えに、ヒナは誤魔化すように話題を引き戻した。

 

「2Bの話はもういい。いま重要なのは女子だ。クラスにいないのは分かったけど、校舎周りにもいないよな? なんでだ?」

 

 琉夏が首をヒナに戻して、


「ここ、中等部の敷地じゃん。中学はほぼ男子だし」

「……じゃあ、おれたちって、女子のいない高校生活を送らないとダメなのか?」

「なんでそうなンの? 高校の敷地に行けばいるし、図書館やカフェテリアにもいるって」

「そんなの、おれが望んでる青春じゃないっ」

「……はァ?」

「おれはっ……朝、『おはよー』『宿題やった?』とか、帰りに『また明日』『じゃあね』みたいな……日常の青春を過ごしたかったのにっ……」

「……過ごしてるくねェ? アンタいつもオハヨーオハヨーうるさいじゃん」

「女子と! 女子とやりたいんだ! 琉夏とやりたいわけじゃないっ」

「はァ~? なんでオレが落とされてンのっ? そっちが毎日しつこく挨拶してくンじゃん!」


 わあわあ騒いで言い争っていたが、ヒナは席に戻ってスクールバッグを取ると、

 

「もういいっ、琉夏におれの気持ちなんて分からないんだ! おれは帰る。また明日っ」

 

 なんだかんだ言いつつ、きちんと挨拶して帰っていった。

 一方的に残された琉夏が「なにアイツむかつく」

 行き場のない文句をぶつぶつと吐き出す。

 

 その、後ろで。ふと顔を上げたハヤトが、困惑の表情を浮かべた。

 隣の竜星が、ハヤトへと目を送る。

 

「どぉしたん?」

「あいつ……転入生、女子と過ごしたい——みたいなこと言ってなかったか?」

「勉強に余裕あるし、彼女でも欲しいんやろぉ?」

「彼女……って、女子の?」

「……ハヤト、あんた、なに言ってるん?」

「いや、だってあいつ……」

 

 んんんん?

 ハヤトの首が、これ以上ないほどに傾く。ハヤトの混乱を理解できず、竜星はただ不思議そうな顔で見返すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

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