01_Track20
桜色の空が光を失い、夜のとばりが降りるころ。
これは、昨夜の話。
状況確認のため自宅待機するよう言われていたハヤトは、サクラからの連絡を待っていた。ハヤトにしては珍しいことに、寝落ちする気配もなかった。
ブレス端末に連絡がくるのだろうと待っていたが、直接の訪問のしらせが届き驚いていた。
教師が、わざわざ家に来る。
そんなことは、今時ありえない。
「——今晩は、狼谷さん。カフェテリアで話そうか」
サクラは部屋に入ることなく、ハヤトを伴ってカフェテリアへと移動した。
(鬼ごっこ……で、成り立ってんだよな?)
ハヤトの中では、ヒナが『鬼ごっこ』と言い訳した状態で止まっている。情報の更新もないまま、人気のないカフェテリアの隅でサクラと向かい合った。
先に口を開いたのは、ハヤトだった。
「転入生の……怪我は」
「頬に擦過傷——と診断されている」
擦り傷のみか。
ぶつけた頬を骨折したのではと案じていたハヤトは、細く息を吐き出した。
サクラは、それを眺め、
「鬼ごっこをするほど仲良くしているというのに、『転入生』と呼ぶのか?」
仮面のような微笑みで、首をかしげる。
「……どう呼ぼうと、俺らの自由だろ」
「そうだね。鴨居さんも、『カミヤハヤト』と他人行儀に呼んでいるね?」
「………………」
「君たちの若い感性は、私には理解しがたい。ただ……今回の事故は、私の感性からすれば、鬼ごっこの果ての事故——ではないように思うのだが、どうかな?」
サクラは、薄く微笑んでいる。
カフェテリアの白い光の下、人形のように浮かび上がるせいか、無機的な印象を受ける。
ハヤトは睨みつけた。
「あの怪我は偶然だ。わざとやったんじゃねぇよ」
「あの怪我は? 他の怪我を示唆するような言い方だね?」
「っ……どうせ最初から俺が悪いって決めつけてんだろ。あんたら教師はそんなヤツばっかだな」
ハッと嘲笑を返したハヤトに、サクラは微笑を収めた。
「疑われるような自分自身を、省みることはしないのか?」
「ああ?」
「教師は聖人ではない。盲目に生徒を信じることはしない。——それでも信じてほしいと言うなら、まずは君自身の態度を改めなさい」
ハヤトは反射的に口を開いたが、反論を呑み込んだ。話しても平行線だと思った。
笑みを消していたサクラが、無表情に言葉を継ぐ。
「誤解しているようだが、私は、君が一方的に悪いとは思っていない。鬼ごっこで怪我をした——という鴨居さんの主張も信じていないがね……?」
「………………」
「君に問い詰めたところで、真実を話す気はないのだろう? ……だから、私は今後のため、君に忠告をしよう」
ハヤトの片眉が上がる。
疑問の顔に向けて、サクラは密やかに声量を落とし、
「私が遠目に見たとき、君は鴨居さんに跨っていたように見えたが?」
「……なんの話か分かんねぇ。仮に乗ってたとしても、軽く遊んでただけだろ」
「君は、筋力も体重もあるほうだろう? 自分よりも小柄な相手に掛かる負担を考えられないか?」
「……あれくらい、べつに。同じくらいの竜星にだって乗っかることあるし……」
「——鴨居さんは、女子生徒だ。男子生徒とは平均の筋肉量も異なる。例として挙げるのは不適切ではないか?」
「…………え」
それまで反抗的な態度だったハヤトの口から、間の抜けた声がもれた。
しん、と。カフェテリアの静寂がテーブルに落ちる。
ぽかんとした顔のハヤトに、サクラは淡々とした声で話した。
「鴨居さんは、女子生徒だよ」
「えっ……いや、でもあいつ……え?」
「鴨居さんは、君たちに何も話していないようだね? ……なら、これ以上は私からも話さないでおこう。君も口外しないように」
「………………」
「——ただし、鴨居さんの身体は女性だということを理解しておきなさい。君は力加減が分からないようだからね」
静かに言い切ると、サクラは立ち上がった。困惑するハヤトを残して、カフェテリアを後にする。
「……女子?」
残されたハヤトの呟きは、そっとカフェテリアに溶けていく。
脳内の歯車が噛み合わず、ただ空回りしていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
評価いただけると執筆の励みになります。
お時間ありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。




