01_Track19
サクラの話は、1限の授業を丸々つぶした。
「説教、くそ長ェじゃん……」
うなだれた頬を机にくっつけて、琉夏が文句を吐き出す。教室のあちこちからも、安堵と疲労が入り混じったため息が漏れていた。
「うちらが嘘ついたの、バレてるんやろか?」
ピンクヘアは両手で頬杖をつきながら首をかしげた。
「いやー? おれはバレてないと信じたいなぁ……」
ヒナは、窓に寄り掛かりながら肩をすくめる。窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。昼休み前の空気は、まだ肌寒い。
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙。治安の悪い島で、真っ先に反応したのは琉夏だった。
「はっ? てめェなんで当然のように加わってンだよ!」
口火を切るその声音に、教室の数人がそっと様子をうかがう。
「え?」
座っているカミヤハヤトの横で、ヒナは外の桜を見ようと窓を開けた。
そよいだ風が教室に流れ込むなか、ガタッと派手にイスを鳴らして立ち上がった琉夏。ヒナは背の高い琉夏を見上げて、白々と首をかしげる。
「なんでって……おれ、お前らの新しいボスだし?」
「何言ってンの? アンタ弱かったじゃん」
「あれ? 琉夏くん、ひょっとしてルール忘れちゃった?」
「は?」
「降参したほうが負け——って決めたよな?」
「ハヤトも降参してねェんだから、決着してねェよな?」
「いやいや、カミヤハヤトは降参したよ?」
「……は?」
言葉の応酬。周囲は口を挟まず、耳だけ傾けている。
ヒナは内心ふふんと鼻を鳴らし、座っていたカミヤハヤトの肩に腕を回した。普段の琉夏のマネをして、ニヤニヤと笑う。
「今朝、カミヤハヤトが詫び入れに来たんだもん。参りました、ごめんなさいって。なー?」
鬱陶しげに肩の手を払ったが、カミヤハヤトも否定せず。
唖然とする琉夏の半開きの口を見て、ヒナはちょっとスッキリした。
「え……コイツが言ってンの、嘘だよな? ハヤト?」
「………………」
琉夏が足を折ってカミヤハヤトの机に縋る。悪役みたいに高笑いしてやりたいところを抑えて、ふふふくらいの笑いでヒナは自席に戻っていく。
と、その前に。ピンクヘアから制服の裾を掴まれた。
「ねえ、新ボスさん」
「ん? なに?」
「せっかくやで、自己紹介しよか。うち、羽尾 竜星。よろしくぅ」
「登録名、『竜星』だよな? 竜星って呼んでいい?」
「どぉぞ。うちは、ボスって呼んだらいいんか?」
「いや、絶対やめて。恥ずかしくて即死」
「そんならぁ……ヒナで、いい?」
「うん、ヒナで。よろしく、竜星」
互いに、ニコッ。ピンクヘアな竜星との間に遺恨はない。
自席に戻ろうとしたが、振り向いていた壱正が目に入った。
「あっ、壱正きいて! 琉夏たちとのトラブル、片付いたんだ!」
「………………」
「あ、れ? どうした? なんか、怒ってる?」
満面の笑みで駆け寄ったヒナ。
しかし、壱正の眉はギュッとして険しい。理由を考えて……思いついた。
「無関係の説教に巻き込んでごめんな……?」
「そんなことは、どうでもいい。無駄な時間ではなかった。勉強になる点もあった」
「お、おぅ。そっか? 真面目だな?」
「——それよりも、ヒナも喧嘩をしたということだろうか?」
「えっ……いや、そっ……そうじゃなくて、おれは巻き込まれただけだから……?」
背後から、「先に転入生がハヤトをぶっ飛ばすって言いましたァ~」琉夏の密告が。
「ばか琉夏! おれの言うこと聞くって約束だろ!」
「内緒にしとけなんて言われてねェし」
「そういうの揚げ足取りって言うんだ!」
やいやい言い争っていると、壱正が「何も片付いていないように思う……」低く呟いた。加えて、
「ヒナのほうが暴力で解決しようとしたのだろうか……?」
「えっ、ちがうよ壱正! おれそんな野蛮な感じじゃない。おれが望んだのは紳士なやつ。手袋投げつける感じの——あれだ、決闘! カミヤハヤトはガチ腕折りに来たけど、おれは全然そんなことする気なかったし!」
懸命に弁明していると、今度はカミヤハヤトの声で「いや、お前は初っ端から股間蹴りに来ただろ」
おれの背には、ボスを裏切るやつしかいないのか。
「………………」
「………………」
唇を山なりに引き結んで、壱正と見つめ合う。
お前なら分かってくれるよな? の気持ちを、瞳に込める。
「……私は、暴力で解決しようとする者と、交流したくない」
「そんなっ!」
ぷいっと顔を背ける壱正に縋りつく。壱正はわざわざ耳栓をつけ、ヒナの言い訳を遮断した。
「きゃはははは!」
「笑うな、琉夏!」
むかつく笑い声に命令するが、琉夏は聞きやしない。
仕方なく別のやつを繰り出すことにする。
「いけ、カミヤハヤト! 琉夏を黙らせるんだ!」
「うるせぇよ」
「お前くらいはおれの言うこと聞くべきだろっ?」
「……つぅか、いちいちフルネームで呼ぶな」
「いけ、ハヤト! 琉夏を黙らせろ!」
「………………」
「あっ、無視すんな!」
騒がしい群れを横目に。ミルクティーブラウンの長髪が、さらりと揺れる。
騒音を聞き流していたルイは、吐息をこぼしつつ麦たちと話していた。
「ヒナくんは、あっちのボスになったの? ご愁傷さまだね?」
「……ボスというより、猛獣使いみたいだね……」
「言い得て妙ですね」
感想を語り合う3人の声は、教室に満ちた賑わいに重なる。
2限の授業のために戻ってきたサクラが、騒々しい教室のようすに、
「これほど反省が見えないとは、予想だにしなかったね。私から全員に課題を出そうか?」
ひどく綺麗な微笑を見せ、その場にいた全員が反射的に黙り込んだ。
(2Bのボスは、サクラ先生だな……)
クラスメイトの心が一致した、初めての瞬間だった。




