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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
ハロー・マイ・クラスメイツ
18/79

01_Track17

 朝、目が覚めた。

 鏡で額を見てみたが、腫れは引いている。腕も平気。

 

《——おはよう、ヒナ》

「おはよー、チェリー」

 

 通常ルーティンで用意を終え、部屋を出る。寮横カフェテリアで朝食をとってから学校へ行く。

 いつもと同じ朝。の、はずが。

 

「おい」

 

 カフェテリアで席に着いたヒナの背後から、低い声が掛かった。

 洋風朝食セットを待ち構えて(オムレツオムレツ!)黄色でいっぱいだった頭が、サッと青ざめる。振り返るまでもなく、固まったヒナの前にやって来たのは、

 

「カミヤハヤト!」


 くすんだ金髪。朝から不良な見た目のクラスメイトが、ヒナを見下ろしていた。

 

「お、おまえ……っダメだ! 今は無しだ! カフェテリアは場外だろ!」

「……は?」


 大きな音を立てて跳び上がり、身構える。ファイティングポーズではなく、両腕でバツを作って。

 ぴりりと緊張を走らせたヒナとは正反対に、カミヤハヤトは抜けた顔をした。

 

「……お前、すげぇ元気じゃねぇか」


 ぼそりとした声は呆れていた。

 バッテンの腕をしたヒナが、頭上にハテナマークを浮かべる。カミヤハヤトは向かいの席に腰掛けた。ヒナの、正面に。

 

「昨日、悪かった。顔んとこ大丈夫か?」


 見上げる目は、ヒナの頬に向いている。ぺったりと貼られた大判のガーゼ。

 言葉の意味が分からず、(こいつ、めっちゃ()り眼)カミヤハヤトの跳ね上がった目尻に気を取られていると、配膳ロボットが暢気(のんき)なメロディを奏でてやってきた。ほかほかのオムレツ。自然と目がいく。

 

「顔、()り傷だって担任からは聞いたけど……」

「………………」

「……俺の話、聞いてねぇな?」

「うん、いったん休戦しよう。おれ、オムレツ食べていい?」


 真剣な顔で提案すると、カミヤハヤトは片眉を上げた。

 制止されなかったので、朝食プレートを取った。カミヤハヤトと向かい合った状態で「いただきます」

 もくもぐと食べ始めたヒナは、向かいで面喰らったようすのカミヤハヤトに目を返した。

 

「カミヤハヤト、朝食は?」

「……は?」

「ごはん食べないの?」

「……食うけど」

「おれと戦ってる場合じゃないだろ。早くしないと遅刻するぞ」

「………………」

 

 ()に落ちない。カミヤハヤトはそんな不可解な表情をしたが、ヒナの誘導によって朝食をオーダーした。

 カフェテリアは普段どおり人がいない。

 

(恐怖の2Bが占拠してるもんなっ)

 

 ヒナも問題児側でひとくくりにされていることが気に喰わない。寝不足イライラで喧嘩なんかしちゃったし、優等生ストーリーの第一歩が泥まみれ。やけっぱちの気持ちでオムレツを頬ばった。甘くてふわふわの卵が、ほんの少し気持ちを和らげる。オムレツの力は偉大だ。

 しかし、大きく口を動かしたせいか、頬がピリピリ。

 

「……ほっぺた痛い」

「お前……そんな大きい口で食うなよ。そら(いて)ぇよ」

「違うだろ! お前に潰されたせいだろ!」

「っ……いきなりキレんな。びっくりする」

「びっくりはおれだよ。朝からお前に追い詰められてびっくりだし、どう逃げようか必死……」

「………………」

「いや、逃げない。おれ逃げない。降参してない」


 パンは小さくちぎって口に放る。

 カミヤハヤトの朝食が運ばれてくる。和食セットだった。セット以外の小鉢(こばち)もたくさんついてきた。朝からどんだけ食べるんだ。

 しかも手を合わせて「いただきます」

 不良のくせに言うのか。

 

「……カミヤハヤト、お前やっぱ実はいいやつ……いや、いい子? だよな? さすが桜統の内部生?」

「いいやつは喧嘩しねぇよ」

「そっか、それもそうだ。クラスメイトを潰したりしないな」

「……それは、ほんとに悪かった。あと……腹に乗って悪かった」

「…………え、謝ってんの?」

「俺はずっと謝ってるだろ」

「なんで急に? 昨日のボスキャラどうした?」

「………………」

「あ、もしかしてサクラ先生に怒られた? カミヤハヤトでもサクラ先生って怖い?」

「さっさと食えよ。遅刻するぞ」


(おれよりもお前のほうが遅いだろ)

 

 言おうとしたが、カミヤハヤトの食べるスピードは速い。一口がでかい。

 

 他に誰もいないカフェテリア。二人きりで黙々と食べていく。なんだこれ。

 この状況、よく考えたら変すぎる。朝から追い詰められると思ったのに、今はふたりして朝食を向かい合わせに食べている。不思議な感覚に、喉を鳴らしながら、ヒナは思った。

 

「……あのさ、カミヤハヤト」

「あ?」

「……おれ、優等生だから知らないんだけどさ。これがいわゆる、喧嘩したあとの『お前、なかなかやるな。お前もな』的な……ヤンキー漫画であるやつ?」

「なんだそれ」

「え、よくあるだろ?」

「ねぇよ。つぅか漫画読まねぇ」

「嘘だ……漫画を読まない高校生がいるなんて……」

「文字見てると眠くなる。それに、どうせ見るなら勉強のほうがよくねぇか?」

「いきなり真面目キャラぶっこんでくる……」

「勉強はしてる。俺も特待生だからな。食費無料はでかい」

「分かる…………特待生? うそ、カミヤハヤトも特待生? 成績上位?」

「ああ。5位まではいつもBクラが占めてる」

「1位だれ? 壱正?」

「琉夏」

「……いやいや、そんなしょーもない嘘に騙されないし」

「嘘じゃねぇよ。全教科満点、中学から不動の1位」

「……まじ?」

「まじ」

 

 頭を抱えたくなった。

 

「嘘だ……いやだ、そんなの。背ぇ高くて性格わるいやつが不動の1位なんて漫画の中しか許せないっ……」

「……ああ、そういや不動じゃねぇな。去年の一時期は壱正だ」

「おぉ、よくやった壱正!」

「お前なに目線だよ……つぅか違うぞ。琉夏が休んでたから。不在のあいだはランキングが繰り上がってただけだ」

「あぁぁぁ……」


 上げて落とされた。耐えられずに頭を抱えた。

 

「……カミヤハヤト、」

「あ?」

「おれ、今からひどいこと言う」

「……は?」

「琉夏みたいに、『小さい』とか『女子に見える』とか……ひとの外見をいじってくるやつ。おれ、消えればいいと思ってる」

「………………」

「カミヤハヤトとは仲良くれる気がするけど、琉夏とは無理そうだ」


 食事は食べきった。会話を終えるために立ち上がろうとしたが、

 

「お前は知らねぇだろうけど、……去年、琉夏は入院したんだ」


 カミヤハヤトの静かな声に、ごちそうさまの手を合わせたまま、止まる。

 瞳だけ送ると、カミヤハヤトも食事の手を止めて、こちらを見ていた。

 

「さっきの、休んでた話? 病気でもした?」

「病気じゃない。怪我だ。外階段のとこで突き落とされた」

「……え」

「クラスメイトの、外部生に」

 

 ひやり。背中に走った冷たい戦慄(せんりつ)に、身を震わせる。

 同時に、脳に理解の(ひらめ)きがあった。


——おれ、外部生ってだけで嫌われてんのっ?

 

 冗談みたいな理由が、真実だった。

 

「普通は、学年上位は外部生が多いんだよ。受験を乗り越えてくるから。エスカレータの内部よりも、試験に得意なやつが多い。……お前も転入で特待ってことは、満点だろ?」

「……うん」

「俺らの学年は珍しいんだ。内部生が上位を占めるなんてことは、開校以来だって言われた。……それで、学年上位から下がったやつが、金銭的に厳しかったみたいで……」

「……琉夏を恨んだ?」

「だろうな」

「……それ、重大事件だよな? ニュースにならなかった……?」

「事故で済んでる。琉夏が自分で落ちたことになってる」

「は? なんで?」

「俺らはその場にいなかった。現場にいたやつらが、口裏あわせて『琉夏が自分で落ちた』っつった。琉夏も……落とされたのが、かなり衝撃だったみたいで……反論しなかった」

「………………」

「嘘じゃねぇよ」

「いや、疑ってないよ」

「……そうか」

 

 ヒナの答えに、カミヤハヤトの視線がテーブルへと落ちる。

 

「それ以来、琉夏は少し荒れてる。……だからって、ひとに当たっていいわけじゃねぇのも、分かってるけど……」

「………………」

「……いちおう、弁解だけ、しとく」

「……そっか、なるほど。聞けてよかった。むかつく気持ちは変わんないけど、納得はできた。ありがとう、教えてくれて」

「いや、こっちこそ聞いてくれて……ありがとう」


 ヒナへと戻ってきた瞳は、まっすぐだった。

 鋭い目つきは、こうして見れば、年相応の幼さがあって。昨日とはまるで別人の印象を生んだ。

 

「なぁ、カミヤハヤト」

「……ん?」

「おれに、いい考えがあるんだけど」


 きょとんとした顔に向けて、笑いかける。


「降参、してくんない? そうしたら、おれ、琉夏とも仲良くなれるよう頑張ってみるから……」

「………………」

「一緒に、みんなで、青春しようよ」

「青春ってなんだよ。抽象的すぎて分かんねぇよ」

「なんで分かんないんだよ……漫画読まないからだぞ?」


 からかうと、細く睨まれた。


「……よし、じゃあ教室に向かいながら具体例を出すよ。とりあえず、早くごちそうさましよう。評価に関わるから、遅刻は困るだろ? ……おれたち、食費無料を維持したい寮仲間だしな!」


 カミヤハヤトに向けてヒナが掲げてみせた拳は、今回ばかりは攻撃の意味はなく。

 クラスメイトへの親しみだけが込もっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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