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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
ハロー・マイ・クラスメイツ
17/79

01_Track16

 覚王地医師と話を終えたサクラが戻ってきた。

 ヒナは待合スペースの隅にある漫画棚から、適当に一冊取って時間を潰していたものの、読むというよりページをめくるだけだった。内容はほとんど頭に入らず、半分あたりで呼ばれていた。

 

 サクラが口を開きかけたその瞬間、ヒナは飛びつくように割り込んだ。

 

「サクラ先生、さっきおれ、信じられないものを見ました」

「……ああ、狼谷さんの父親か?」

「ほんとに父親なんだ……おれがパラレルワールドに迷い込んだわけじゃないんだ……」

「そんなに衝撃を受けることか?」

 

 サクラの声はいつもの落ち着いた調子だった。

 ヒナは神妙な顔で静かに頷く。

 

「……おれ、私情でカミヤハヤトのことを一晩じゅう考えてたんですよ。そのなかで『寮生ってことは貧乏仲間? 家庭に問題が?』って考えがありまして……なのに、医者の息子っ? 裏切られた!」

「裏切ったのは君の想像力であって、狼谷さんではないね」

「うらやましい……優しい医者のお父さん……おれのとこにも欲しい……」

 

 そこはかとなく漂う哀愁に、サクラは目を細めると、何かを言いかけた。

 

「……ところで、」

「あ! もうこんな時間だ! お腹すいたんで、ぼく帰りますっ。付き添い、ありがとございましたー」

「待ちなさい」

 

 ぴしゃり。容赦ない響きに、逃げようとした足を止める。

 厳しい顔を覚悟して振り返ったが、意外にもサクラは怒っていなかった。案じるような瞳で、ヒナの顔を見つめ、

 

「痛みは?」

「ぜんぜん痛くないです!」

「頬の話ではないよ。腕の痛みは?」

「いや、そちらもぜんぜん!」

「………………」

「……はっ! 間違えました。腕に怪我(けが)はないです」

「鴨居さん、こちらに腕を出して見せてごらん」


(早々と嘘のほころびが!)

 

 無表情で手を出してきたサクラの圧から、じりじりと後退する。

 待合スペースには人がいない。一般の診療時間は過ぎていて、ヒナとサクラの攻防を変な目で見てくる者はいない。サクラが遠慮なく距離を詰めてくる。

 

「額も()れているな? なのに医師に申告もせず……君は、ここに何をしに来たか、分かっていないか?」


 声が、絶対零度。

 ひいっと叫びたくなるくらい冷たい声と目に、下がる足も凍った。

 

「お、おでこは気づかなかったなぁ……頬しか痛くなかったからぁ……」

 

 語尾が震えていく。言い訳がいっそう空々しくなる。

 

 サクラは背が高い。近づいたせいで、かなり見上げる羽目に。琉夏とほぼ同じか。でも、こちらは迫力が段違いだ。

 見下ろす怖い目で、

 

「髪をあげなさい」

「か……み?」

「前髪を自分であげるよう指示している」

「あ、はい……」

 

 言われるままに額を(さら)す。

 額はどうなっているか、自分では確認していない。転んだタイミングで怪我をしたのではなく、カミヤハヤトに頭突きしたせいだと思われる。すっかり忘れていた。

 

「……血は出ていないが、赤いね」


 サクラは自分自身の額に手をやり、前髪の生えぎわを指で示した。頭突きで当たったのも、そのあたり。

 

「痛みは?」

「ないです」

「正直に話しなさい」

「ほ、ほんとにないです!」

「自分で触れても痛くはないか?」

「……はい、大丈夫です」


 しばしの静寂。ヒナは息を呑み、サクラは観察するように視線を這わせる。

 

「頭部はリスクが高い。医師に診てもらうべきだっただろう?」

「すみません……痛くなかったので、忘れてました」

「腕は?」

「腕は、怪我してないです」

「では、見せてごらん」

 

 逃げ道のないやりとりに、ヒナの心臓はすでに限界だ。

 

「……は、肌を晒すのは……嫌なんですっ。腕であっても、先生が男性であっても……」

「………………」


 まずい。この言い訳、夏が来たら破綻する。半袖になる気満々なのに。

 苦悩するヒナの顔を、サクラは無言で見ていた。

 やがて、サクラは薄く吐息を落とした。

 

「……寮まで送ろう」

「えっ」

 

 まさかの譲歩に、ヒナは驚きすぎて声が裏返った。

 出口へと()を進めるサクラ。前髪を押さえていた手を離して、ヒナもついていく。

 

 外は夕暮れの色をしていた。

 空と日の残光が溶け合い、ほんのり桜色に染まる世界。

 

「あまり無理をしてはいけないよ……」

 

 聞こえた声は、それこそ幻聴なのではないかと思ったが……ふわりとなびいた風に乗って、たしかにヒナの耳へと届いていた。

 

 胸がきゅっと詰まる。不思議な感覚に囚われながら、ヒナはその大きな背中を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

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