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おれたちはサクラ色の青春  作者: 藤香いつき
ハロー・マイ・クラスメイツ
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01_Track14

 いいや、無策ではない。

 所詮、同じ歳。ヒナにだって勝てないことはない。

 

(……勝てないことは、ない……)

 

 ブレザーを脱いだカミヤハヤトの体つきを見て、思わず自分の体を見下ろした。おれたち、同い年じゃなかったかも知んない。

 

 降参したほうが負け。

 シンプルなルールの勝負は、ヒナの突撃から始まった。

 先手必勝。敵が構える前にやるしか。

 ずるくとも、カミヤハヤトが油断しているうちに。

 

(ごめんな!)

 

 気持ちの込もってない謝罪を胸に、カミヤハヤトの下半身を狙った。体当たりと見せかけてワイシャツを掴み、股間に膝蹴りしてしまえ。

 ——が、しかし。


「んわっ?」


 カミヤハヤトのシャツを捕らえたはずが、強い力で払われた。敵の腕力が異常。想定にない。

 勢いを殺せず、カミヤハヤトの横を抜けるようにバランスが崩れる。

 アスファルトを薄く覆う、砂と花弁。その上に派手に転んだ。

 倒れこんだヒナは上から攻撃がくると身構えたが、降ってきたのは大声のみ。

 

「お前どこ狙ってんだよっ!」


 怒号は文句の響きをしていた。

 地面から起き上がり、カミヤハヤトを見返す。

 ヒナも負けじと、

 

「股間がダメなんてルールないだろ!」

卑怯(ひきょう)だろが!」

「喧嘩に卑怯もくそもあるか! 暴力は(はな)から卑怯なんだよ! 変にお高くとまってんな!」

「あぁっ?」

 

 声量は勝負していない。なのに互いに大声で言い合った。

 怒っている隙に掴み掛かろうとした腕は、カミヤハヤトによって掴まれた。(こいつほんとに腕の力えぐい)


「痛い痛いっ、折れるだろばか!」

「うるせぇ、叫ぶな!」

「お前もうるさいからなっ!」

 

 離れた位置で見ていた琉夏が、「アイツめちゃ弱いじゃん」

 ピンクヘアも「よぉあれで喧嘩しようってゆったな……ハヤトを甘く見すぎやろ」

 ふたり並んで(あき)れている。

 

 腕を押さえられたまま、足を引っ掛けられた。

 地面に引き倒されたヒナの体に、カミヤハヤトが乗る。あっさりマウントポジションを取られた。腹部に掛かる体重がきつい。こいつ重い!

 抵抗しようと暴れるが、ばたつく脚は意味を成さず。押さえ込まれた両腕が、ギリっと締め上げられ、

 

「いっ——」

「そんな貧弱で勝てるわけねぇだろ。降参しろ」

 

 見下ろしてくる顔に焦りはない。本気なんてカケラも出していないらしく、勝ち目がないのを悟った。

 

「いやだっ! Aクラ行きたくないし!」

「お前が琉夏と約束したのが悪いんだろ。……こっちで揉めて過ごすより、Aクラで過ごしたほうがいいじゃねぇか」

「よくない、勝手に決めんな! おれはBクラ卒業者限定の黎明(れいめい)会に入るんだ! スーパーエリートコース狙ってんだ!」

「知るかよ」

 

 腕を締めあげる力が強まる。勝てない。

 喧嘩では、勝ち目がない。

 

 ——ならば、手段を変える。

 

「カミヤハヤト、おれ、お前に訊きたいことがある!」

「は?」

「ランドリールームのメモってお前だよな? おれのも干してくれたよなっ?」

「………………」

 

 一瞬だけ、腕の力が弱まった。

 考えるような時間のあと、「あれ、お前かよ」ボソっとした声が肯定と同じ返しをした。

 

「ありがとな! おれ、指定のワイシャツは半袖と長袖1枚ずつで予備がないから助かった! 半袖はまだ寒いしな!」

「……知らねぇよ。つぅか、さっさと降参しろよ。勝てねぇって分かってるだろ」

「いや、おれは今からお前を口説(くど)く!」

「——はぁ?」


 気の抜けた声を出したにも(かかわ)らず、カミヤハヤトの腕力は弱まらない。素で力が強いのは分かった。

 でも、分かったのはそれだけじゃない。

 

「おれ、お前のこと知らない! お前のせいで2Bのクラスメイトが少ないのかも知んないし、急に寮に入ったってことは家庭問題もあるのかも知んない。でも、お前そんな悪いやつじゃないよなっ? 『悪かった、ありがとう』って書いてあった! 自分の非を認めて謝れるし、感謝もできる。そういう子は、施設でもいいやつだった。おれの目で見ると、お前はけっこういいやつ!」

「………………」

「おれ、お前とも仲良くなれる気がする! おれと仲良くなろう、カミヤハヤト!」

「……ばかじゃねぇの?」

 

 吐き出す声は冷ややか。近くでヒナを見下ろし、くだらないというように呟いた。

 ——ただ、その顔は。

 ヒナからしか見えない彼の顔は、桜の花が舞う青空を背に、迷っているように見えた。

 声量を落として、カミヤハヤトにだけ聞こえる声で話しかけた。

 

「おれは、2Bにいたい。2Bで高校生活を楽しみたいから、お前には負けてほしい。……それで、一緒に青春しよう? カミヤハヤトだって、楽しいほうがいいだろ? 今の嫌な空気のなか過ごすよりも、おれがAクラ行くよりも、最高のアイディアだろ? ……あと、おれは絶対に降参しない。お前には、おれに負ける道しかないからな」

「……てめぇに都合よく話してんじゃねぇよ。お前がいなくなれば、こっちはそれで解決なんだよ」

 

 ふいに、両の腕に掛かる力が、ぐっ——と。

 

「絶対に降参しない、って言ったか?」


 今まではなんだったのかと思うほど、腕に強く力が掛かった。

 痛みが比じゃない。腹部にのし掛かられているのもあって、痛みを訴える声もうまく出ない。

 

「降参しないと、腕が折れるぞ」


 どすの()いた声が、低く脅しを掛けた。

 

「(ばか! 痛くて声出ないだろ! 降参も言えないからなっ!)」

「……は? なんて? 降参するっつったか?」

「(言ってない!)」

 

 ヒナの声を聞き取ろうと、カミヤハヤトが顔を寄せた、瞬間。

 

(この馬鹿力っ!)

 

 ヒナは迷わず頭突きを()らわせた。全力ではないが、それなりに力も込もった。

 カミヤハヤトの(あご)に、ヒナの(ひたい)が、ごつり。


「あ」と声をあげたのは、横で見ていた琉夏たちだった。

 ヒナとカミヤハヤトは、声にならない声をもらしていた。

 ぶつかり合ったわけだが、ヒナのほうがダメージは軽い。とっさに手を離したカミヤハヤトの下から、ヒナは無理やり抜け出した。

 

「……てめぇ」

 

 距離をとったヒナの耳に、地を()うような低い声が聞こえた。

 

「今のはお互い様だから!」

 

 言い分を叫ぶが、立ち上がったカミヤハヤトの目は怖い。

 

「痛かったよな! でも正当防衛っていうかさっ? おれが先に攻撃されてたわけだし!」

「どこが正当防衛だ! 降参するフリして攻撃しやがったじゃねぇか!」

「してない! おれ降参しないって言っただろ!」


 怒るカミヤハヤトが距離を詰めてくるものだから、距離をとるべく後退する。

 数メートルの距離を、大声で呼びかける。

 

「なあ! お前ら、なんでそんなにおれを追い出そうとすんのっ? おれって普通にいいやつじゃないかなっ?」

「てめぇで言うな!」

「……あっ、おれが頭いいから? おれに(ひが)んじゃってる?」


「自意識過剰」と告げたのは琉夏で、どうやら学力は関係ないらしい。

 目を流したヒナの疑問に、遠めの琉夏が「外部生はうざいので消えてくださ~い」ゆるい野次(やじ)で答えた。

 

「え! おれ、外部生ってだけで嫌われてんのっ? すごい理不尽だな! 今の、カミヤハヤトも聞いた? 琉夏のやつ、あんな理由でおれのこと嫌ってんのっ? ひどくない?」


 ヒナはもう走っている。カミヤハヤトから全力で逃げている。

 あちらも走り出したので、追いつかれそう。振り向きざまに訴え続けた。カミヤハヤトに、というより、3人全員に、

 

「おれだって2Bだ! お前らのクラスメイトだろっ? 外部も内部もないだろっ? おれからしたらおれだけ転入生で、あとみんな桜統の通常生だからなっ! おれ孤独なんだからな! けど広い目でみたら地球人だし! 仲良くしようよ! 仲良くして!」

 

 必死な訴えは、追いついたカミヤハヤトに肩を掴まれ、「うあっ」悲鳴に取って代わった。

 つまずいたヒナがつんのめり、カミヤハヤトもろとも転倒する。

 

「あ」

 

 ぽろっと、うっかり出たようなカミヤハヤトの声には、純粋な驚きがあった。そこに悪意はなく、意外そうな響きはヒナの耳にも届いていた。


「——君たちは、ここで何をしている?」

 

 どこからともなく現れたサクラが、手前の琉夏たちに声を掛けたとき。

 ヒナはカミヤハヤトの強靭(きょうじん)体躯(たいく)によって潰され、頬をアスファルトへと(したた)かに打ちつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

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