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東の巫女

作者: しろぎつね

南の魔女のシリーズですが、とりあえず独立した短編としています。

もしこれでシリーズ化できたらいいなと思っています。

ここは東の国の教会。

ある日のこと、教会の扉を叩く音がした。

「どなたですか?」

神職が扉を開けると、そこにいたのは銀色の子犬だった。

神職は驚いたが、その子犬は神職についてきて欲しそうな感じで歩き出した。

子犬の後を追いながら、これは神の使いだろうか、しかし子犬が神の使いとは聞いたことがないが、と神職は考える。

しばらくついて行くと、少し開けた野原に小さな女の子が倒れていた。

神職が女の子を抱き上げると、銀色の子犬はすっと消えてしまった。


女の子はアイリと名付けられ、教会で育てられることとなった。

アイリは動物と仲良しで、

「わたし、動物の言葉がわかるの」

とよく言っていたが、大人たちは子供のかわいい言葉遊びだとしか思っていなかった。


10年が経った。

アイリは教会の手伝いや小さな子の世話を良くするので村のみんなから可愛がられていた。


それは初夏の日のことだった。

アイリは神職と一緒に西にある山まで薬草採りに出かけていた。

空は青く澄んでいて吹き渡る風もさわやかだった。

最近ではアイリの方が薬草を見つけるのが上手いくらいで、

「教えた方の立つ瀬がないなあ」

と苦笑するものだった。


その時、アイリが立ち上がって周囲を見わたした。

「どうした?」

と神職が聞く。

「せんせい、何か来る」

それまで明るかった空が徐々に暗くなり、空気が変化してきたのがわかる。

二人は急いで村に帰った。


村に戻ると、皆不安そうな顔をして集まっていた。

ざわめく中、西の方の村まで行っていた村人が慌てながら帰って来た。

「魔獣が出たらしい」

村は大騒ぎとなった。

魔獣は遥か西の方、西の王国の近くにいて、東の国まで来るはずがない。

「西の村で騒ぎになっている。どうしてしまったんだ」

逃げようという人、兵隊を呼ぼうという人、皆口々に叫んでいた。


そんな中、アイリはそっと人の輪から離れ、村の外に出て行った。

神職はそれに気が付き、

「おい、アイリ!」

と声をかけたが、アイリはそのまま走っていってしまった。

神職はアイリを追いかけたが、やがて見失ってしまった。

周囲は異様な雰囲気が漂っていて、魔獣が出たのは確かだろうと肌で感じられる。

「とにかくアイリを連れ戻さないと」

神職は必死になってアイリを探した。


村からかなり離れた小川のほとりでやっとアイリを見つけた。

けれどもアイリに声をかけようとしたその時、小川の向こうの森の中から魔獣が現るのが見えた。

それも1体や2体ではない、10体以上だ。

魔獣たちはアイリに気が付いたようで、彼女を狙っているのがわかる。

助けなければと神職は思ったが体が動かない。

魔獣の恐ろしさは本物だった。

アイリは動かない。

彼女も怖くて足がすくんでいるのだろうか。


しかし、そうではなかった。

アイリは両手を広げて一呼吸する。

その時アイリが光り、更にその光が広がった。

あまりのまぶしさに神職は目をつむった。

しばらくすると光は少しおさまった。

「いったい何が起きたんだ?」

アイリは無事だろうか。

まだ痛む目を恐る恐る開けてみる。

そこには信じられないものがあった。

まだよく見えないがアイリはいた。

そしてアイリのそばに大きな銀色に光る何かがいた。

「な、なんだこれは」

姿はイヌやオオカミのように見えるが、こんな大きな動物などいない。

神職が呆然とする。

その存在は一瞬動きを止め、そして一声吠えた。

まるで世界を震わせるような轟音だった。


今にも小川を越えてこちらに向かって来ようとしていた魔獣たちが一斉に反対方向に逃げていく。

魔獣の気配もなくなり、空の青さも戻っていくのが感じられた。

呆然としていた神職は、気を取り直すとアイリの方に向かって走っていった。

光る巨大な獣の姿は次第に薄くなってゆき、同時に光も消えていった。

アイリはその近くで立ちすくんでいた。

「アイリ!、無事か?」

神職が呼びかけると、アイリはゆっくり顔を向け、そして泣きながら神職に抱きついた。

「怖かったの!」


アイリが落ち着くのを待ってから、神職はアイリとゆっくり歩きながら村の方に戻っていった。

アイリは少しずつ語ってくれた。

寂しいときに不思議な動物たちが現れてなぐさめてくれるのだという。

「でも、今日は大きな子が言ったの」

”俺が魔獣を追っ払ってやるから村の外まで行こう”、と。


二人が村に戻ると、魔獣が逃げ去ったことが既に伝わっていたらしく騒ぎはおさまっていた。

謎の大きな音のことも皆気にしていたが、魔獣がいなくなった安心の方が大きいようだ。

教会に戻ろうとすると武術家姿の女性が声をかけてきた。カチューシャだ。

「神職様、アイリちゃん、ちょっとついてきて」


向かった先は村長の叔母にあたるトモエの家だった。

応接間に通されると、高齢の女性が出迎えた。

「やあ、来たね」

トモエが席をすすめた。

神職とアイリは着席する。

カチューシャはトモエの後ろに控えている。


「さて、アイリや、魔獣を追い払ってくれてありがとう」

「トモエ様!、アイリは別に・・・」

トモエは神職を手で制した。

「お前とアイリには私の考えを伝えておかねばならん。アイリは巫女だ、そして召喚術も使える」

神職とアイリは固まった。トモエは続ける。

「お前はアイリの力を感じながら普通の子として育てた。私はアイリの力がどちらに出るか見守っていたのだよ」

「トモエ様、アイリは悪い子では・・・」

「慌てるな、万が一のことだ。お前のこともアイリのことも信じていたよ。全く、お前たちはいい子に育ったものだよ」

子供扱いされた神職は表情に困った。

「しかし、良いことばかりではない。お前たちを呼んだのもこれからのことのためだ」

「これからのことと言いますと?」

神職はたずねる。

「魔獣はアイリの召喚獣を恐れて逃げて行った。その先には何がある?」

「西の王国ですね」

「西の王国は魔獣の被害を受ける。東の国のせいだと喧伝するだろう」

「まさか・・・」

神職は絶句した。

「あの国はそうする。そして原因を差し出せと言う。この国は争い事が嫌いだから素直に差し出しかねん」

「そんな、むちゃくちゃな・・・」

「そうなる前にアイリを逃がすんだよ」

「どちらに」

「南だ。南の魔女を頼る。あの人なら大丈夫だ」

トモエは静かにそう告げた。


護衛にはカチューシャがつくことになった。

神職は自分が同行するつもりでいたが、トモエに、

「神職がいなくなったら困るだろう。それにお前は私と共に村に残る役割がある」

と言われた。

西の王国や東の国からアイリたちがいなくなった理由を作るためだ。

即ち、この事件の原因を聞くためにアイリたちを南の魔女のところに派遣したことにするのだ。

「そんな見え透いた言い訳が通じる相手ですかねえ」

「見え透いていても否定はできんよ」

トモエは神職の方に向かって、

「それより、アイリを遠くに出すことになるが、すまないね」

と謝った。

神職は、

「寂しくないと言えば嘘になりますが、可愛い子には旅をさせよ、と思うことにします」

と言った。

トモエは神職の肩に手を乗せ頷くのだった。


アイリはカチューシャと共に南の国へ向かう。

南の魔女は西の王国の勇者たちを退けたという噂を聞く。

「こわい魔女だったらどうしよう」

アイリが不安な心を伝えると、カチューシャは、

「大丈夫だよ。お姉さんが守ってあげるからさ」

と満面の笑みを返す。

そんなカチューシャをアイリはまぶしく見つめるのだった。

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