8.紙切れ一枚でもいいから
「春のチャレンジ2025」のテーマは「学校」の
参加作品です。第8話です。”会いたい”は噓だったのか、タブーなのか?
他愛ないお喋り、気持ちを少し抑えた冗談。そして、ささやかな笑い声。
あまりにも自然なやりとりは、ルルーが別の世界の住人だと言うことを忘れさせた。
だから、一日に会える時間はわずかなのだとしても
ずっとこんな風に笑い合っていられるのだと思っていた。
のに。
ルルーが会いたいという言葉を口にした翌日から
窓にルルーの影が映ることはなくなってしまった。
最初は研究が忙しくなったのかもしれないと思い、気にも留めなかった。
一週間を過ぎた頃から、体調を崩したのかもしれないと心配し始めた。
そして、一ヶ月を超えた今、何か重大なことが起こったのだとしか思えなくなった。
やきもきするが、何しろ連絡の手段が何もない。
考えてみれば、はるみからルルーに接触したことは一度もないのだ。
そのことに今更気が付く自分の迂闊さにはるみは自分を殴りたくなる。
紙切れ一枚でもいい。何か言ってきて欲しかった。
最初みたいに、「あなたはだれ?」みたいなものでいいから。
(紙切れ?もしかして、手紙だったら届くとか?)
藁にも縋る思いでメッセージを書く。
”Geanwyrdan min clypung."(我の呼びかけに応えよ。)
ルルーから最初に届いたメッセージは古英語だったはずだ。
すぐに紙の上で生きているかのように文字が動いて現代英語
そして日本語へと姿を変えたけれど、最初の最初はルーン文字だった。
何とか調べて小さな紙切れに文字を書き付けていく。
文字自体に魔力が宿ると言われているルーン文字に思いを込めて
一文字一文字、間違わないように丁寧に丁寧に綴る。
書き上げてはたと気付いた。
「え、待って。どうやって送れば…?」
確か自分からもメッセージを送ったはずだと思い出してみる。
”我、汝の呼びかけに応えん。”と悪ノリしたつもりで。で?
「あ。」
はるみはがくりとうなだれた。確かにメッセージは送った。
送ったけれどもそれは、ルルーの呼びかけに対してなされたもので
結局、ルルーの能力がなければ、こちらからコンタクトを取ることはできないと気付いた。
はるみは迷って、学校の机の中に手紙を放置することにした。
そこが初めて手紙が届いた場所だとするならば、もしかしたら世界を隔てる力が弱いのかもしれない。
もう、何でもよかった。可能性があるならやらずにいられなかった。
毎朝、祈るような思いで紙切れを開く。その度、何の変化もない文字にため息が漏れた。
メッセージを机の中に放置して三日目の朝、はるみは紙切れを破り捨てた。
「届くはずがない。だって、私はルルーじゃない。私には、魔力なんてないもんね?
どうしたらいい?どうしたらまたルルーと話が出来る?」
はるみの目から涙が溢れる。
最初にメッセージが書かれた紙切れを見つけたときは、あんなに怖かったのに、と思う。
今ではそのメッセージを待ち焦がれている自分を我ながら現金だと思う。
「ルルー、一言でいいから、返事が欲しいよ。せめて元気かどうかだけでも知りたいよ。」
こぼれた涙が手の中にあるメッセージを濡らした。