マニタリの森
「──というわけでマオ。僕たちはノームをさがすためにこのマニタリの森にやってきたわけだけど……」
長杖を右手に持ち、フランは自身の隣に立つピンク髪の少女に問いかけた。
「なんでマドレーヌとランドリーまでいるの」
「それはボクが知りたい」
フランとマオの正面には、青いドレスを着た金髪の少女と、白い騎士服を着た銀髪の青年がいた。
両者とも胸の前で腕を組み、互いを睨みつけている。バチバチと火花が散る幻聴が聞こえてくるようだった。
「ふたりとも、今回はどうして」
「きまっていますわ。フランさまがまた得体の知れない女に引っかからないか心配だったからです」
「フランはよく変な女に好かれるからな。安心しろ。悪い虫なら俺が追い払ってやる」
「あなた自身が悪い虫だという自覚はあって?」
「お前こそ、自分が変な女だっていう自覚はあるのかよ」
「ああ、もう」
フランは盛大に肩を落とした。
これでは先日のネレイスのときと同じである。二人の争いに気を取られ、ノームさがしどころではない。
「あのね、ふたりとも。昨日も言ったけど、僕が望むのは精霊との契約だ。本当に結婚するわけじゃないんだよ」
「一生に一度の契りを結ぶという点では同じでしょう。どのような理由であれ、他の女に求婚するフランさまをわたくしは見たくありません」
「精霊にはっきりとした性別はないし、ノームはどちらかといえばオスの姿をしていることが多いって話だけど……」
「なら俺でもいいじゃねえか!」
「そういう問題じゃないよね!?」
埒が明かない。
諦めたフランはマオに目配せをして、とにかく先に進むことにした。
マニタリの森。王都西南に位置する、かつてはノーナの緑の象徴とも呼ばれていた場所だ。
現在は木々や雑草が必要以上に繁殖し、動物たちの食糧となっていた木の実やキノコの数は減少。代わりに凶暴な魔獣が棲みつき始め、人間が立ち入ることもなくなったという。
「頼れる護衛が二人も加わったわけだしさ。ボクはもう帰っていい?」
「いいわけないだろ。ノームは大地を司る精霊なんだから。地属性と相性のいい君がいれば、よりスムーズに見つけられるかもしれないんだ」
「冗談だって。ニアス村の件は君に任せきりだったからね。今回こそは力になるともさ」
「あのとき待機をお願いしたのは僕だから、それはべつにいいんだけど。助かるよ。頼りにしてる」
並んで話す二人の後ろで、ランドリーとマドレーヌは口喧嘩を続けていた。魔獣が棲む森の奥地を歩いていることに対する危機感はないようだった。
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「……だめだ。やっぱり同じ道に戻ってきてる」
しばらく森の中を歩いたあと、隣から聞こえたマオの呟きにフランは頷いた。
先程から、同じ場所をぐるぐると回っているのだ。単に迷っているわけではない。
これはおそらく。
「精霊の力がはたらいてるね。ノームは森の中に隠れ家をつくるらしい。洞窟とか木の洞とか。その隠れ家への道を閉ざすために森中のマナの流れを乱したり、侵入者の方向感覚を狂わせたりする……なんて伝説があるみたいだから、それかも」
「ということは、ノームがいるっていうのは本当なのかな」
「さあ。けど厄介だね。マナの乱れをものともしないほどの魔力の持ち主か、ノームと波長の合う術師なら隠れ家を見つけられるかもしれないけど。ボクには無理みたいだ」
マオが深いため息を吐く。
フランは辺りを見回したが、やはり進めそうな道はなかった。どの道の先にも、見覚えのある風景が広がっているのだ。
「まさかさっそくお役に立てないとは。ごめんよ。力になるって言ったのに」
「そんなことないよ。でも弱ったな。ノームと波長が合わないのは僕も同じってことだ。仮に本当にノームがいて会えたとして、それを理由に契約を断られたら──」
「おい、こっちに見たことない道があるぞ」
真剣に話し合うフランたちの横で、ガサリと草を掻き分けながらランドリーが言った。
見ると、彼の前に奥まで続く細い茂みの道ができている。その先に広がるのは知らない景色だった。
ここにきて新たな道が出現したのか。
「あら。あなたも偶には役に立つのですね。鬱蒼とした景色を延々と眺めるのにも、そろそろ飽きてきた頃でしたの」
「お前のためじゃねーよ」
言い合いを続けながら、マドレーヌとランドリーは、茂みの奥へずんずんと突き進む。
そんな二人の背中を、フランたちはしばらくの間呆然と見つめていた。