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フェアリーズ・マリッジ・テイル  作者: きのみや
第2章 婚活の道は長く険しい
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世界を救う方法


 王宮がある敷地内に建設された、ノーナ王国王立騎士団の本部。

 その中心となる第一師団の執務室にフランはいた。

 先日起きたニアス村での騒動について、総団長のカイヨウ・サラマンダーに詳細に報告するためだった。


「なるほど。では〈精隷の憤怒(エキドナ)〉とは、人間に怒りを抱く精霊たちによって故意に起こされたマナ暴走だったというわけか」

「ウンディーネの話が事実なら、そうなります」


 机の上に両肘をつき、顔の前で手を組む大柄な男が、何かを考えるような顔をした。


「お前たちのおかげで、ニアス村の被害は最小限に抑えられた。村の復興には時間がかかるだろうが、死人が出なかったのは大きい。その点については感謝している。だが……」


 短く揃えられた金色の髪と髭。鋭い眼光を宿す碧眼。

 彼を前にしたほとんどの人間が萎縮するような、圧倒的な存在感を放つ男──カイヨウは、静かに厳しい声を発した。


「なぜ〈精隷の憤怒(エキドナ)〉のことを黙っていた? 三千年前と同じ大災害が再び起こると予測できていたなら、騎士団全体に周知して警戒態勢を強めるべきだっただろう」

「それは……」


 総団長の指摘に、フランが言葉を詰まらせたときだった。


「私の判断よ。十分な確証を得るまで大っぴらにするべきではないと思ったの」


 助け舟を出す者がいた。

 その人物は、フランの後ろでソファの背もたれに腰をかけていた。豊満な胸を支えるように腕を組む、透き通った翠色の瞳を持つ美しい女性だった。


「リラ」

「当時と同じ順番でマナ暴走が起こってる、だけじゃ根拠にならないでしょ。偶然と言ってしまえばそれまでだし。 何より、これは私とフラン……そして国王さまの確信だから」

「……なるほどな。セイレーンとバンシー、ノーナの名を持つお前たちだからこその予感、というわけか」

「そういうこと」


 腰まで伸ばした輝くような水色の髪をふわりと揺らし、リラと呼ばれた女性が微笑む。

 肌の露出が増えるよう改造した騎士団のローブを身に纏う彼女は、見た目は二十代程度の若い女性だが、その態度はこの場にいるだれよりも落ち着いている。カイヨウとはちがった意味で存在感のある人物だった。

 リラ・セイレーン。第二師団の師団長であり、精霊術師としてのフランの師匠だ。


「〈精隷の憤怒(エキドナ)〉の件については陛下もすでに把握されているということですか?」


 カイヨウの隣に立つ若い男が口を挟んだ。

 金髪碧眼。端正な顔立ち。眼鏡をかけている。

 ガナシュ・サラマンダー。

 第一師団の副師団長を務める青年だ。総団長と第一師団の団長を兼任するカイヨウの甥にして、その優秀な右腕。

 つまり、マドレーヌの兄である。


「ええ。でも陛下がそんなことを口にしようものなら、国中の人たちが混乱するでしょう」


 リラの答えに、カイヨウが重々しく言葉を返す。


「せめて騎士団内だけでも共有できていれば──と思ったが、それに関してはこちらにも落ち度があるな。第一師団の中には、いまだに第二師団(おまえたち)の存在を快く思わない者がいる。精霊術師がまたおかしなことを言い出した、とはやし立てる団員が出てこないともかぎらない。嘆かわしいことだが」

「そういう話がしたかったわけじゃないわ。私たちの見通しが甘かったのは事実。まさかこれほどはやく各地のマナ暴走が進行していくとは思わなかったの。情報共有を怠ったこと、謝罪させてちょうだい」

「いや、いい。それより問題はここからだな」


 カイヨウがいっそう声を低くして言った。第一師団の執務室を、緊張感が支配した。


「三千年前と同じように〈精隷の憤怒(エキドナ)〉が起こるなら、各地のマナ暴走が本格化するのはニアス村での水害のあとのはずだ」

「まさしくいまってことね」

「そのあたりの記録はどれも途切れ途切れで、内容もばらばらだ。信用できる文献が少なすぎる。正確な場所や時期が予測できない以上、我々にできる対応もかぎられてくるだろう」


 彼の言うとおりだった。

 記録のとおりなら、〈精隷の憤怒(エキドナ)〉が本格的に始まるのはここからだ。ニアス村の被害を抑えたからといって、油断ができる状況ではない。


「大丈夫よ。私と、私の弟子が何とかするから」


 リラがソファから腰を上げる。重い空気を壊すように軽やかな口調で言って、フランの肩に手を置いた。


「それにしても、さすがカイヨウね。いまじゃだれも興味を持たない、意識にすらない〈精隷の憤怒(エキドナ)〉の話を、こうもあっさり受け入れてくれるなんて。文献にもしっかり目を通してくれたんでしょう?」

「フランの報告書にあったからな。当然のことだ」

「でも、精霊術師(わたしたち)の話をなかなか聞き入れない人もいるわけだから。あなたのそういうとこ、本当に素敵だわ」

「なっ……」


 ぱちりとウインクをしたリラの言葉に、カイヨウが大きな声で反応した。

 みるみるうちに顔が赤くなっていく上司を尻目に、ガナシュが問う。


「何とかすると仰いますが、方法はあるのですか?」

「結婚よ」


 フランの肩から離した手を腰に当て、リラがガナシュに視線を向ける。


「えっと……え?」

「だから、結婚するの。フランが」


 聞き違いだろうか、という顔をするガナシュ。気を取り直したらしいカイヨウも、驚いたように瞬きをくり返していた。


「世界を救う方法……それは、この子が精霊と結婚することなのです!」


 そうリラが高らかに言い放つと、カイヨウとガナシュが目を見合わせた。

 明らかに呆気に取られている二人を見て、それじゃあ言葉足らずですよ師匠、とフランは深いため息を吐いた。


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