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フェアリーズ・マリッジ・テイル  作者: きのみや
第1章 結婚は世界を救う?
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水の精霊


 立っていた、というのは正確ではない。

 浮いていたのだ。そもそも彼女には足がなかった。

 その女性の下半身は、魚の尾のようなかたちをしていた。

 上半身や髪の毛は、美しい川の流れのように煌びやかだった。碧く妖しい光を宿す宝石のような瞳と、魚のエラのような耳。人間でないことはあきらかだ。


『貴様らは……』


 女性がおもむろに口を開いた。頭の中に直接語りかけてくるような、静かで、不思議な声だった。


「あ、あなたは……!」


 一同が戸惑う中、口火を切ったのはフランだった。


「精霊ネレイスですよね……!? 三千年前に、この村を救った……!」


 碧色の瞳がフランをとらえる。

 ぞくりとした。相手は人間ではないのだから当然かもしれないが、感情が読み取れない。


『……いかにも。私が精霊ネレイスだ』

(……?)


 精霊の返答に、フランはわずかな違和感を覚えた。耳をざらりと撫でられるような、居心地の悪さを感じたのだ。

 だが、躊躇している時間はない。胸を這う違和感から目を逸らし、フランは言った。


「精霊ネレイス。あなたにお願いがあります」

 

 杖を強く握りしめ、真剣な声色で訴える。

 それまで呆然としていたランドリーたちが、驚いたようにフランを見た。


「どうか僕と──」


 水上に浮かぶ美しい精霊を、まっすぐに見つめた。


「僕と……結婚してください!」


 一世一代の告白が、大広間にこだました。

 沈黙するネレイス。時がとまったような静寂がおとずれる。


「「……は?」」


 しばらくして、フランの幼馴染たちが地を這うような声をこぼした。


「〈精隷の憤怒(エキドナ)〉が再び起ころうとしているんです。そうなれば多くの人が死んでしまう。だからどうか、あなたの力を……」

『……ふ』

「え?」

『ふは……ははははは!』


 突然、ネレイスが大口を開けて笑い始めた。

 フランは戸惑い、唐突に様子が変わった精霊の顔を凝視する。


『結婚……それはもしや精霊婚のことか? 傑作だな! よりにもよってこの私に……は、はははは!』

「ネレイス……?」

『多くの人間が死ぬだって? 知ったことか! それこそ……私たちの積年の望みだというのに!』

「!」


 絶句した。彼女が発する言葉の意味がわからなかった。


『くだらない……くだらないな。わかるぞ。貴様……()()()()だろう?』


 氷柱のような鋭い視線に貫かれ、フランはびくりと肩を揺らした。心臓を鷲掴みにされたような気分だった。


『また貴様が邪魔をするのだな。だが……今度こそそうはさせまい』


 水の瞳を光らせたネレイスが、右のてのひらをフランに向ける。


『いいだろう。してやるさ、その結婚とやら。そうして貴様は私のものとなり、我らが悲願を叶えるための傀儡と化せ……!』


 渦を巻くような水の塊が生まれ、周囲のマナを取り込み始めた。明確な敵意を孕む、膨大な魔力だった。

 攻撃される。フランがそう直感したとき。


『……ッ!?』


 横から飛んできた火の球が、水の塊に直撃した。


「フランさま……」


 火の球を生み出したのは、マドレーヌだった。

 フランの背後でゆらりと身体を傾ける少女の周りに、いくつもの赤い球が浮かんでいたのだ。

 メラメラと燃え盛る激しい炎。それが精霊術とは関係ない、マドレーヌ自身から発せられた炎のよう見えて、フランは恐ろしい気分になった。


「やはりお疲れのようですわね。その女はシスターです。フランさまの結婚相手などではありませんわ」

「マ、マドレーヌ……」


 フランはひくりと唇の端を上げた。事態が余計に複雑になる気配を察知したからだ。


『いまの炎……貴様、もしやサラマンダーの子孫か?』


 冷ややかにネレイスが言う。


『……これほど時が経っても変わらぬとは。本当に忌々しいな、貴様らは』

「何を言っているのかわかりませんが。フランさまはわたくしの夫です。あなたには渡しませんわ」

『なるほどな。これも我らの運命ということか。いいだろう。ここで厄介な裏切り者を始末し──……ッ!?』


 鋭い一閃がネレイスを襲った。

 彼女とマドレーヌが会話をしている隙に噴水の近くにまで距離を詰めていた、ランドリーの斬撃だった。


「ランドリー!」

「フラン! よくわからないけど、敵だよなこいつ!」


 剣をかまえたランドリーが、相手からの反撃にそなえた。

 その眼前には、宙に浮かぶネレイスの姿があった。ランドリーの攻撃をよけ、噴水の外側に移動したのだ。


「──俺は聞いてないし、認めないぞ! こんな女、お前には相応しくねえ!」

「そういう話!?」


 マドレーヌといい、彼といい。フランの幼馴染たちは本当にぶれない。

 いい意味でも悪い意味でも。当然、いまは悪い方の意味だが。


「あの、ごめんなさい! ネレ……イス! その、ちゃんと話を……」

『必要ない!』


 ヴェールのような水色の髪を振り乱し、精霊が叫んだ。

 増幅する魔力。彼女のあまりの剣幕に、フランははっと目をみはった。


『今度こそ……! 今度こそだ! 貴様ら人間を滅ぼし、我ら精霊の世界を取り戻す……!』

「……!」

『そのために……〈精隷の心〉、バンシーよ! 貴様は私のものになれ!』


 精霊を取り巻くマナが嵐のように旋回し、強烈な波動が大広間を支配した。

 そのあまりの勢いに、フランたちは一度に後方へと押しのけられる。


『──のみ込め! 我が奴隷たる水流よ! すべての業を、我らの敵を……神霊パラケルススの名のもとに、覆い尽くせ!』


 咆哮のような詠唱とともに──怒涛が、その場のすべてをのみ込んだ。

 


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