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フェアリーズ・マリッジ・テイル  作者: 木ノ宮
第1章 結婚は世界を救う?
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修羅場


「──マドレーヌ。君の家出はいまに始まったことじゃないけど、あまり度が過ぎると心配するんだよ。とくに最近は各地でマナの暴走が頻発してるんだ。いくら君でも何かあったら危ないじゃないか」

「フランさま……そんなにわたくしのことを……」

「当然だろ。大切な幼馴染なんだから。ランドリーだって──」

「フランさま」


 少女の声が低くなった。

 地雷を踏んでしまった気配を察し、フランはぴたりと言葉をとめる。


「いまその名を口に出す必要はないでしょう?」

「マ、マドレーヌ」


 にこりと微笑む幼馴染にぞっとした。

 気づけば、彼女の白くやわらかな手が、フランの両手を強く包み込んでいた。

 絶対に放さない。そんな少女の気概を感じ、フランのこめかみに一筋の汗が流れた。


「いい機会です。あの邪魔者がいないうちに、わたくしたちの関係を深めることにいたしましょう」

「え?」

「あそこにある女の像をシスターにでも見立て、婚姻の儀を執り行うのはいかがでしょうか。愛を誓うにしては少々薄汚い場所ですが、これはこれで味があるというものです」

「いや、神聖な神殿を薄汚いって」

「正式な挙式を行うのはわたくしたちが成人してからになりますが……最初は二人きりというのも素敵ですわね」

「いや俺もいるけど」


 シグの言葉を無視し、互いの鼻先がつきそうになるほど近づいてくる、恍惚とした少女の顔。

 熱のこもった碧眼に視界を覆われたフランが、どうするべきかわからず硬直していたとき。


「──そいつからいますぐ離れろ」


 地底から響くような低い声が、大広間の空気を揺らした。


 マドレーヌの顔から笑みが消える。

 自分とわずかに距離ができた少女のうなじに、先の輝く鋭い剣が突きつけられていることに気がつき、フランははっとした。


「ちょこまかと逃げ回りやがって! こっちは任務で忙しいってのに、いちいち手間かけさせんな!」

「あら。さがしてくれと頼んだ覚えはありませんけれど」


 熱をなくした平坦な声でマドレーヌが言う。

 彼女の背後──フランから見て正面となる位置に、ひとりの男が立っていた。


「ランドリー!」


 裾の長い騎士服に身を包む、長身の青年だった。その胸元では、王国の紋章を象ったブローチが静謐な光を放っている。


「ったく、油断も隙もねえ……! フラン、この馬鹿女に何もされてねぇだろうな!」


 鋭く細められた緋色の瞳。短く揃えられた銀髪は、陽の光を反射する水のようにきらきらとかがやき、端正な彼の容姿をよりいっそう際立たせていた。

 ランドリー・グローツラング。

 グローツラング伯爵家の嫡子であり、第三師団に属する騎士団員である。

 フランの幼馴染で、親友。

 そして──マドレーヌの婚約者だ。


「ランドリー、お前どうしてここに」

「遅くなって悪かったなシグ。どっかのじゃじゃ馬を捜すより魔獣退治の方が大事だろ? フランが向かったって報せも入ったし」

「そしたらそのじゃじゃ馬がいたわけか……」


 同僚であるシグの質問に冷静に答えるランドリーだったが、その右手に握られた剣の切っ先は、依然としてマドレーヌの首筋に当てられていた。


「来るのが遅すぎましたわね。わたくしとフランさまの愛を邪魔する不届きものはわたくしがすでに片付けました。ただひとりを除いて」

「ふざけんな! ビスクさまもガナシュさまも心配してるってのに、お前は何してんだ! つーか、はやくフランから離れろっつってんだろ!」

「お父さまたちがわたくしを心配するわけないでしょう! お父上の言いなりになるしか能のない邪魔者はさっさと退場してくださいます? 身投げするにはちょうどいい噴水がそこにありましてよ!」

「あんなもんで自死できるか!」


 目の前で繰り広げられる二人の争いに、フランは深いため息を吐いた。

 ひとりの男に抱きつく女と、その婚約者である男。

 客観的に見れば修羅場だ。事情を知らない者からすれば、まさしく痴情のもつれに他ならない。

 だが、彼らの場合はそう単純な話ではなかった。


「いいかげんにしろよ……何度も言ってるだろうが。お前にフランは相応しくない。フランは──」


 剣を持つ手に力をこめ、緋い瞳に苛烈な光をぎらりと灯し、叫ぶように青年は言った。


「俺の親友だ! お前みたいなイカれトカゲ女には、絶対に渡さねえ!」


 フランは盛大に頭を抱えた。

 はあ? と唇の端を引きつらせた少女が立ち上がり、婚約者の男を正面から睨みつけるのを、とめることもかなわない。


「フランさまはあなたのものではありませんわ。あなた今年で十八でしょう。わたくしたちより一足先に成人を迎えておきながら、子供のような独占欲を発揮して恥ずかしくはないのですか? 率直に言って気持ち悪いですわよ」

「ろくに相手にされてねえくせに愛とか結婚とか言ってるお前の方が何倍も気持ち悪いだろうが。こんな場所にまで押しかけてきて、フランに迷惑がかかるってわからないのか?」

「押しかけてきたのはあなたの方でしょう。わたくしたちの運命的な関係が羨ましいからといって、八つ当たりはやめてくださる?」

「なんだと!」

「ちょ、ちょっと。ふたりとも」


 さすがに放っておけなくなり、二人の間に割って入った。彼らのやりとりを見て困惑するシグに同情したというのもある。


「こんなところで喧嘩はやめてよ。僕らはマナの調査にきたんだから」


 マドレーヌのおかげでガルムの群れは消滅したが、それもあくまで一時的なものである。神殿内のマナに起きた異常を解決しないかぎり、再び魔獣が生まれるのも時間の問題だろう。

 喧嘩をしている場合でも、その喧嘩を仲裁している場合でもない。


「ああ、そうだな。部外者は放っておいて任務を遂行しよう。安心しろフラン。俺がきたからには、お前を危険な目には合わせないからな」

「何を偉そうに騎士(ナイト)面しているのですか。あなたなんかフランさまの足元にも及ばないでしょう。足手まといになるだけです」

「……試してみるか?」

「黒こげにされるのがお望みなら」


 氷のような視線をランドリーに向け、一度は仕舞ったはずの扇子をマドレーヌが取り出す。

 するとランドリーが隙のない動きで剣をかまえた。

 まずい、とフランは思った。幼馴染としての経験から、こうなった二人にはだれの言葉も届かないことを知っている。


「燃えろ!」

「お前こそ!」


 赤く燃える火の球を生み出したマドレーヌが、その塊をランドリーめがけて飛ばした。

 ランドリーはそれを斬った。力強さと繊細さの両方を感じさせる、巧みで素早い一太刀だった。

 真っ二つに割れた火の球の半分が、呆然と状況を見守っていたシグの真横で爆発する。

 もう半分の球は、弾けるような勢いで別方向に飛んでいき──噴水の中央に飾られたネレイスの像に直撃した。


「「あ」」

「あ、じゃないよ! 何やってるのふたりとも!」


 同時にぴたりと動きをとめ、そろって噴水の方を見る幼馴染たちに、フランは怒った。

 精霊を祀る神聖な像に、なんてことをしてくれるのか。


「僕いつも言ってるよね!? 喧嘩するときは場所を選んでって! いまの攻撃もシグさんに当たりそうだったし!」

「……当たらないように斬ったつもりだぜ」

「実際あの像には当たっているではありませんか」

「お前の操作が下手だったからだろ! 微妙に軌道が逸れたんだよ」

「だから……!」


 なおも言い争いをやめない二人を、フランがさらに叱りつけようとしたときだった。


 ピキリ、と。ネレイスの像が軋む音がした。


 ぞわりとした感覚が背筋を襲い、はっとしたフランは像がある噴水の中央を見る。

 像の周囲を大量の光の粒が舞っていた。

 像自体から発せられているようにも、その下の噴水から浮かんでいるようにも見える。


「……なあバンシーさん。あれ……光ってるけど大丈夫なのか」


 不安げな様子で自分の顔を覗き込んでくるシグの声を聞きながら、フランは王都で交わしたマオとの会話を思い出していた。


 ──水の精霊ネレイス?

 ──三千年前と同じなら、ギルデ山脈の次にマナの暴走が起こるのはニアス村なんだ。かつて村の窮地を救ったのは、水の精霊ネレイス。彼女を信仰するために建てられた神殿が、現在のニアス村にあるオフィリア神殿なんだよ

 ──なるほどね

 ──当時と同じ状況になったいまなら、ネレイスが姿を現す……とまではいかなくても、その思念に語りかけることくらいはできるかもしれない

 ──そんなにうまくいくかな」

 ──わからないけど。ネレイスは〈精隷の憤怒(エキドナ)〉のとき人間と契約を結ばなかったらしい。つまりいまはフリーということだよ。呼びかけてみる価値はあるさ


 大災害をとめるため、自分と契約(けっこん)してもらえないかと。

 そう真剣に述べるフランの前で、マオは何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。


「やっぱり……三千年前の出来事が繰り返されているんだ」


 ネレイス像を包み込む無数の光の粒。あれはマナだ。それもかなり高い濃度の。

 三千年前にニアス村を救った気高い精霊は、あの像の中で眠っていたのか。


(もし、ネレイスと会話ができれば……)


 像の表面にヒビが入った。ピキピキと金属が割れるような音が響き、その隙間から眩い光が迸る。

 次の瞬間、像が激しく砕け散った。

 強い光があたりを包み、そのあまりの眩さにフランたちは目をつむった。

 そして次に瞼を開けると──像があったはずの場所に、ひとりの女性が立っていた。



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