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フェアリーズ・マリッジ・テイル  作者: 木ノ宮
第4章 結婚は世界を救う
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四つ死に


 暗雲立ち込める王都北西の上空を、一匹の巨大な龍が飛翔していた。

 青緑色に輝く鱗に全身を覆われた龍だった。陽の光が隠れた空でも褪せることのない、黄金色の長いひげ。精霊と同じく、現代ではほとんど伝説と化した魔獣、水龍である。


「フランくんが、バンシーの生まれ変わり……!?」


 その龍の背の上で、ピンク髪の少女が叫んだ。第二師団に属する精霊術師、マオ・カチナだった。


「そう。かつてクロトや精霊たちとともに〈精隷の憤怒(エキドナ)〉の収束に尽力した人間、バンシーの生まれ変わり。それがフランよ」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。そもそもバンシーって精霊じゃなかったんですか?」

「人間よ。ただの、と言うには語弊があるけど。まだ妖精の概念がなかった時代に、生まれつき精霊と同じ力を持っていた特別な少女。それが最初のバンシーだった」


 騎士団の白いローブに身を包み、長杖を紐で背に括りつけたマオは、背中から腕を回して密着するもう一人の乗員──水龍の主であるリラ・セイレーンに、驚愕の視線を向ける。

 少女とちがい態度こそ冷静なリラだったが、その声にはわずかな動揺が滲んでいた。


「バンシーは精霊たちと仲が良かった。特に深い交流があったのは大精霊ノーナと、私の先祖の契約相手である水の精霊セイレーン。だから彼女は〈精隷の憤怒(エキドナ)〉が起こったとき、ノーナたちに精霊婚を提唱したの」

「そこは歴史の記述通りですね」

「ええ。クロトとの契約を最初にノーナに持ちかけたのがバンシーだった。そうすれば、自分以外の人間にも精霊の力が使えるようになる。世界を危機から救うことができるってね。セイレーンはそんなバンシーの主張に賛同し、精霊婚という儀式の確立に手を貸したのよ。そしてノーナがそれに応えた」

「どうしてバンシーは自分で契約せず、クロトに……」


 困惑したようにマオが問う。

 彼女の疑問はもっともだった。元から精霊術の才能に長けていたバンシーが精霊と契約すれば、よりいっそう大きな力を手に入れることができたはずだ。


「クロトとバンシーは幼馴染でね。クロトは人より抜きん出た統率力と正義感の強さを持つ青年だった。彼のような人こそ指導者に相応しいとバンシーは考えたんでしょう。なにより、彼女本人には別の役目があったから」

「別の役目?」


 背後で首を捻った少女に、間を置いてリラは答える。


「〈精隷の心〉の封印よ。三千年前のあの災厄は、人間に対する精霊たちの憎悪が世界中のマナの流れを歪めたことで引き起こされたものだった。ノーナのように人間の味方をした精霊たちが本気で対抗しても断ち切れないほどの激しい憎悪。災厄の根源」

「それが……〈精隷の心〉ってことですか」

「そう。バンシーは〈精隷の心〉を自分の心臓に封じ込めることで、災厄を根本からおさめようとしたの。それができるのは、精霊たちの怒りを買った人間のひとりであり、生まれつき精霊の力が使える自分だけだと言って……」


 リラが切なげに眉をひそめる。

 ドオン、と。東の方から何かが爆発するような音が聞こえた。マナの変質により凶暴化した魔獣たちと、騎士団から派遣された団員たちが戦っているのだ。方角からして、ギルデンの丘だろうか。


「フランくんが死のうとしてるっていうのは、どういうことですか」

「クロトたちと協力して〈精隷の心〉の封印に成功したバンシーだったけど、その負荷に肉体が耐えられず、本人は命を落としてしまったの。クロトは深く悲しんだけど、それこそが彼女の狙いだったのよ。世界を滅ぼす災厄の根源を、自分という器ごと消し去ろうと考えたんだわ」

「そんな……」

「けれど、そこまでしても〈精隷の心〉を消滅させるまでには至らなかった。封印の代償として、バンシーの魂には二つの呪いが刻まれることになったの」

「……」


 マオは無言で続きを促す。

 風を切る水龍の尾がはためく音や、遠くから響く爆発音が大きかったが、マオはリラの耳元に顔を寄せているので、会話が途切れることはなかった。


「一つは、【四つ死に】の呪い。バンシーの魂は、災厄の根源を宿したまま転生をくり返すの。でも、四年以上は生きられない。四つの歳で必ず寿命がきてしまう」


 生まれては死んでをくり返す、短命の呪いだ。

 それがバンシーという存在に課された、〈精隷の心〉の持ち主としての宿命だとリラは言った。


「でも……フランくんは十七歳ですよ。四年以上生きてることになりますけど」

「私と出会ったとき、あの子はすでに七歳だった。自力で呪いを抑え込んでいたのよ。三年間、それも無意識のうちにね」


 優秀な弟子でしょ、とここにきて初めておどけたように笑うリラに、マオは大きく目をみはった。


「あの子は歴代のバンシーの中でも特別だった。だから私は思ったの。この子なら、呪われたバンシーの運命に抗うことができるかもしれない。その身に宿る〈精隷の心〉を、今度こそ一つの犠牲もなくこの世から消し去ってくれるんじゃないかって」

「だから団長はフランくんを弟子に……」

「そうよ。実際、あの子は私の想像以上に聡明で腕の立つ精霊術師に成長した。自分の心臓に刻まれた呪いを正しく理解し、どうにかしようと必死だった。生まれ変わりと言っても魂が同じだけで、最初のバンシーの記憶があるわけじゃないのにね」


 ぎゅ、とリラの腰に抱きつく腕に力を入れるマオ。

 水龍の上から振り落とされまいとするためではない。同僚であり、友人でもある青年の苦難を思い、胸が苦しくなったからだ。

 どうして話してくれなかったのか。そんな身勝手な文句さえ浮かんでくる。


「〈精隷の憤怒(エキドナ)〉の再来を確信したとき、フランは自分から婚活をすると言い出したの。強い力を持つ精霊と契約すれば、自分の中の〈精隷の心〉を消し去ることができるかもしれないって。その力があれば、今回の災厄にも対抗できるんじゃないかって。私も協力することにしたわ。でも……」

「でも?」

「ウンディーネとの出会いでフランは知ってしまった。〈精隷の心〉が人間に対する精霊たちの怒りであることを。そこまでは文献に書かれていなかったでしょう。〈精隷の憤怒(エキドナ)〉を引き起こしたのが精霊だったいう事実は、私と王さまの一族だけが知ることだったの」


 フランには敢えて黙っていた。あの真面目な青年のことだ。真実を知れば──


「最初のバンシーと同じように、精霊たちの怒りを受けとめようとする……」


 マオが結論を呟いた。リラは頷き、水龍の鱗を掴む両手に力を入れた。


「ニアス村の件があってからも、フランの方針は変わらなかった。だから私は安心してしまったのよ。この子はかつてのバンシーとはちがう。〈精隷の心〉と心中することなんて選ばないって」

「……けど、今回フランくんはわざとノッカーに攫われた。私たちに何も言わず、ウンディーネに会うために」


 それが彼の答えなのだ。フランは三千年前のバンシーと同じように、自分ごと〈精隷の心〉を消そうとしている。


「いまの状況からすると、今度の〈精隷の憤怒(エキドナ)〉の中心となっているのはウンディーネですよね。元からフランくんの中にある〈精隷の心〉と、いまのウンディーネが温めているだろう新たな〈精隷の心〉を、同時に消そうとしてるってことですか? フランくんは」

「さすがマオ。かわいくて優秀な私の部下ね。ご名答よ」

「いま褒められてもまったく嬉しくないですけど……というか、二つ目の呪いって──」


 マオの言葉を遮るように、水龍の尾がバサリと翻る。

 リラとマオは同時に視線を前方に向けた。目的地が近づいてきたのだ。

 深緑色が全面を覆う広い森の中心に建つ、色褪せた大きな遺跡。古びた無人の城のような荘厳さを放つその建造物の名は、ハムレット神殿。フランが捕らわれているとリラが予測したウンディーネの根城だ。


「リラ団長!」


 マオがはっと顔を上げる。

 瞬間、二人と一匹を襲う閃光。ひび割れた天井のような雲の隙間から、稲妻が落ちてきたのだ。

 真横から巨大な影が現れるのと、激しく傾いた視界に、マオが驚きの声を上げるのは同時だった。

 甲高い咆哮とともに水龍が墜落する。空中に投げ出されたマオは、白いローブをばさばさとなびかせながら落下した。何が起こったのかわからなかった。


「……?」


 気づけば、マオの身体はやわらかな何かに包まれていた。膝裏と肩に触れる人のぬくもり。たぷん、と左腕を圧迫するのは。


「マオ、平気?」

「あ、ありがとうございます。団長……」


 リラの豊満な胸だった。マオは彼女の腕に受けとめられていたのだ。


「ハムレット神殿。久々に来たけど、こんなに物騒な場所だったかしらね」


 地面にそっと両足を下ろしたマオは、リラの言葉であらためて自分たちが置かれた状況を把握し、瞠目した。

 二人が着地したのは、神殿の入り口から幾分か離れた場所だった。辺りは森に囲まれている。

 目的の建物には、そう簡単に入れそうになかった。


「お姫さまの救出はそう楽じゃないってね」

「言ってる場合ですか!」


 なわばりを守るように入り口を塞ぐのは、三十匹以上はいるだろう大量のガルムたちだった。獰猛な爪を鳴らし、毛を逆立て、マオたちを警戒している。

 神殿がそびえ立つ空には、何十匹ものカラドリオスが滞空していた。水龍を攻撃し、マオたちを叩き落したのはあの魔鳥だったのだ。


「マオ、いける?」

「何とかしますよ……! フランくんのためでしょ!」


 背負っていた長杖を両手に持ち、正面の魔獣たちを睨み据え、マオが叫ぶ。

 そんな少女を横目で見て、リラはふっと翠色の瞳を細めた。



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