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フェアリーズ・マリッジ・テイル  作者: 木ノ宮
第2章 婚活の道は長く険しい
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 マドレーヌとランドリーの壊滅的な仲の悪さは、なにもいまに始まったことではない。


 十年前──それこそ、フランが彼らと出会ったときからずっと。顔を合わせるたびに一触即発。喧嘩にならずに会話が成立していることの方が少ない。


 ことあるごとにランドリーを燃やそうとするマドレーヌと、そんなマドレーヌに容赦なく斬りかかるランドリー。フランたちが一年ほど前まで通っていた王立学園では、剣と精霊術の技能を競う交流試合において、文字通りの死闘を繰り広げたこともある。

 そんな二人が婚約者同士なのだから、世の中とは不思議なものだ。

 互いに対する口癖が「燃えろ」「消えろ」「婚約破棄だ」の時点でいろいろと間違っている。

 その原因は自分にあると周囲から言われ続けているフランにとしては、心の底から勘弁してほしい話だった。

 言いがかりだ。なにせ二人はフランが彼らと初対面のときから喧嘩していたのだから。


(頼むから、今回ばかりは変な騒ぎを起こさないでよ……)

 

 ランドリーが発見した道の先にあったのは、生い茂る草に囲まれた洞窟の入り口だった。

 洞の奥から感じる重々しい気配に、フランはぐっと拳を握る。

 ノームがいるかはわからないが、この先に何かあるのは間違いないだろう。仮に本当にノームが出現した場合、ネレイスのときのようにマドレーヌたちが暴れ出す事態になることだけは、できるだけ避けたい。


「入ってみよう。みんな気をつけて」


 一同が頷くのを確認したあと、フランは先陣を切るようにして洞窟の中に足を踏み入れた。


「陰気臭いところですわね。ここに来るまでの森も相当なものでしたけれど」

「本来のマニタリの森はもっと緑がきれいで、マナの流れも穏やかな平和な場所だったはずなんですけどねぇ。どうしてこうなっちゃったんだか」


 洞窟内に灯りはなく、入り口から遠のくにつれ暗くなる視界がフランたちの足取りを鈍らせた。松明代わりにとマドレーヌが生み出した火の玉も、なぜかすぐに消えてしまう。

 空気が薄いだけではない。

 何とも言えない息苦しさを覚え、フランは自身の胸を押さえた。


(ここは……)

「フラン? 大丈夫か」


 ランドリーが心配そうに顔を覗き込んできた。

 平気だよ。

 そうフランが笑って答えたとき、あ、と小さな声を上げたマオが、足をとめて細い道の先を指差した。


「あっちの方に灯りがあるよ」


 四人が辿り着いたのは、これまで歩いてきた道とは比べものにならないほど広く、明るい空間だった。

 天井は高く、周囲の岩壁には複数の松明が飾られている。薄暗い隅の方には、山のように積まれた大量の何かがあった。


「おい、あれ……人の骨じゃねえか」


 その正体に気がついたランドリーの一言に、フランたちは息をのんだ。

 たしかに骨だった。白骨化した人間の遺体らしきものが、一つの場所にまとめて転がされていたのである。

 ともに積み重なっているのは、生前の彼らの荷物だろうか。破けてボロボロになった布や、錆びた剣。どれも黒ずんだ埃や土を被っていた。


「……酷いですわね」

「この洞窟で魔獣に襲われた人たちの遺体かもしれない。もしそうならここには──」

「フランくん!」


 マオの声が聞こえると同時にはっとした。自分たちを取り囲む異様な気配を感じたからだ。

 視線だった。それも複数の。


「これは……」

「いるな。しかも数が多い」


 四人は警戒し、互いの背中を守るように円形になって立ち並んだ。そのときだった。


「きゃっ」

「マドレーヌ!?」


 マドレーヌが悲鳴を上げた。

 見ると、彼女は不快そうに顔をしかめ、自身のドレスの裾をパンパンと手ではたいている。

 その青いドレスには、黒く大きな泥のあとがついていた。


「いったいなんですの……!? 大切なドレスが汚れてしまいましたわ!」

「そんなもん着てくるからだろ! ったく……って、うわ!」


 ボス、という鈍い音が響くのと同時に、今度はランドリーが声を上げた。

 気づけば、彼の肩口が濁った黒色に染まっている。マドレーヌのドレスについたものと同じ汚れのようだった。


「あら。あなたこそ白いお召し物が台無しですわよ」

「俺の騎士服はいいんだよ! 戦闘で汚れてなんぼの制服だから!」

「またくるよ!」


 ボス、ボス、ボス、ボスと。鈍い音が連続して鳴り響いた。

 フランたちをめがけて四方八方から飛んでくるのは、当たると弾ける球状の個体だった。

 泥の玉だ。人間の拳ほどの大きさがある土の塊を、何者かによって投げつけられているのだ。


「あーもう! 鬱陶しいですわね!」

「魔獣か!? にしては随分と地味な攻撃だな!」


 泥の玉そのものはやわらかいので、直撃したところでたいした痛みは感じない。

 厄介なのはその数と勢いだった。やむのことない泥玉の雨。おかげでまともに身動きも取れやしない。


「ちょっとみんな! 上! 見て!」


 腕で顔を覆いながらマオが叫んだ。

 彼女の言葉に従い上を見ると、洞窟の天井付近の岩が突き出した部分に、いくつもの影が並んでいるのが目に入った。

 この泥玉攻撃の犯人だろうか。

 ニ十匹──いや、三十匹以上はいるようだが。少し大きめのウサギくらいとも言える、小型の生物だった。


「何なんだあいつら! ……くそ! 泥が邪魔でよく見えねえ!」

「みんな!」


 フランははっとした。岩壁の出っ張りに立つ影たちが、一斉に高く跳び上がる動きを見せたからだ。


「伏せて!」


 とっさに叫んだが、遅かった。

 上空を覆い尽くすいくつもの影。全身を揺さぶるような衝撃が走る。

 一度に落下してきた数多の塊に、フランたちは真上から押し潰された。


「うっ……」


 ドン、と地鳴りのような音が響き、身体が傾いた。足元に亀裂が走る。


「きゃっ……!」

「──ッ!」


 それぞれが発した悲鳴は、ガラガラと崩れ落ちる地面の音にかき消され、互いの耳には届かなかった。

 瞬く間に足場を失ったフランは──洞窟の地下部に向かって、真っ逆さまに落下した。


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