第八十四話 唯と海で遊ぶことになった
昨日と同じような場所に椅子とパラソルを並べていたのだけれど、昨日と違うのは人数分の椅子を並べているという事だ。千雪ちゃんは昨日と変わらずに俺に設営を任せて海で遊び始めているのだけれど、俺以外の人間は各々好きな事を始めているのだった。
俺が一人でセッティングしているのを見かけた鬼仏院右近が俺の手伝いをしてくれたのだけれど、女性陣に関しては我関せずと言った感じで海で遊んでいたりすでに設置してある椅子に座って休んでいたりしたのだ。
自己満足にも近い行動ではあったと思うけど、海で遊び疲れた髑髏沼愛華が珍しく俺に礼を言ってから椅子に座ったのだ。それだけでも俺はいい仕事をしたと思えてしまったのだ。
「お兄さんも一緒に遊ぼうよ。ほら、お兄さんが来ないとお姉ちゃんが海に沈んじゃうかもよ」
遠くの方から元気に俺を呼ぶ声がしたのでそちらを注視してみたのだが、俺の見間違いでなければ千雪ちゃんが鵜崎唯の背中に乗っているのだ。あの辺はそんなに深くはないと思うのだけれどあまり力のない鵜崎唯が背中に千雪ちゃんを乗せて立っている事は相当辛いように見える。本当に溺れたりしたら大変だと思って俺は急いで二人のもとへと近付いていったのだけれど、俺が二人の側に近付いた時はもう千雪ちゃんは鵜崎唯の背中から降りていた。
「千雪はちょっと疲れちゃったから愛ちゃんと一緒に休憩してこようかな。お姉ちゃんはまだ元気が残っていると思うしお兄さんと遊んでるといいよ。ほら、お兄さんに見せるために買ったその水着もまだちゃんと見せてないでしょ。お兄さんも黙ってないでちゃんと感想とか言わないとダメだからね」
「ちょっと、千雪ちゃんも一緒に遊ぼうよ。政虎だって千雪ちゃんがいた方が楽しいと思うし」
「ダメ。千雪はちょっと疲れたから休んでくるの。ほら、お姉ちゃんはもっと積極的にならないとダメだよ。お兄さんも素直にならないとダメだからね」
素直になれと言われても俺はいつも素直だと思うのだが。千雪ちゃんは俺達に言いたいことだけを言ってさっさと休憩しに行ったのだけれど、そのまま椅子に座って四人で楽しそうに何かを話しているようだ。
「千雪ちゃん行っちゃったね。昨日も政虎には千雪ちゃんのワガママに付き合ってもらったって言うのにさ、今日もワガママ言っちゃってごめんね」
「別に唯が謝る事でもないと思うけど。でも、千雪ちゃんと遊ぶのは思ってたよりも楽しかったよ。さすがに子供の体力にはついて行けなくて休み休みになってたけど、普段は経験できないような事が経験できて良かったよ。家だと千雪ちゃんはあんな感じに元気いっぱいなの?」
「そんな事ないと思うよ。私達はお互いに一緒にご飯食べるくらいであとは自分の部屋にいることが多いんだけど、たまにお菓子とか持っていっても机に向かって勉強してるところしか見た事ないかも。頭がいいって周りから思われているのを裏切りたくないって思ってるのかもしれないってくらいに勉強してるからね。たまに一緒に遊んだりもするけど、クイズとか将棋とか頭を使う遊びが多いかも」
「天才って言われるのも大変なんだな。俺には真似できなさそうだ。でもさ、この旅行はずっと千雪ちゃんのテンションが高く見えるんだけど、親戚の家とかに集まるとテンション高くなってるの?」
「あんなにはしゃいでるところも見た事なかったよ。政虎の家でみんなでゲームやってる時もそんなにテンション高くなかったのを見てると思うんだけど、政虎とか右近君みたいに若い男性に遊んでもらえるってのが嬉しいんじゃないかな。親戚にも私達くらいの年齢の男性っていないし、男性もみんなお父さんと同じ世代だったりするからね。若い男性に遊んでもらえるってだけでも嬉しいのかもしれないよ。昨日の夜だって、海で政虎と遊んだ話とかご飯の時に政虎がエビをくれた話とか神社に行ってちょっと怖くなってた千雪ちゃんの手を握って守ってくれた話とかしてくれてたよ」
俺と千雪ちゃんが海で遊んだのは間違いないし、晩御飯に出てきたエビのてんぷらを千雪ちゃんにあげたのも間違いない。ただ、神社に行って怖がっている千雪ちゃんと手を繋いだというのは全く記憶にないのだ。そもそも、俺は神社の鳥居をくぐった記憶はあるのだけれど、神社そのものを見たという記憶が無いのだ。何故か神社に近付いたという記憶だけが抜け落ちているのだ。その事を鬼仏院右近に話しても疲れがたまっているからそういう風に思ってるだけじゃないかと言われてしまった。
「海で遊んだのもエビのてんぷらを揚げたのも覚えてるんだけどさ、神社に行ったってのは記憶にないんだよね。何故か神社の記憶だけが抜け落ちてるみたいなんだよ」
「そうなんだ。でも、私は政虎が手を合わせている写真を見たよ。本当に言った証拠が無いと疑われそうだからって千雪ちゃんが撮ってたみたいなんだ。その後に何か草むらから音が聞こえて怖くなったって政虎にてをつないでてもらったって言ってたよ。それも覚えてないのかな?」
「覚えてないんだよね。移動の疲れと海で遊んでいた疲れと蛍を見に行った時の疲れと石段をずっと上っていた疲れが一気に出て記憶が一瞬飛んだのかもしれないな」
「朝からずっと動き回ってたもんね。でも、あの神社の石段ってそんなに疲れるほどだったかな。幼稚園児でも一分もかからないで登れるくらいしかなかったと思うんだけどな」




