第七十九話 俺の好きな人と好きではない人
なぜ俺がこんな夜に神社にまで行かないといけないのだろうか。さすがに千雪ちゃん一人だけで行かせるわけにはいかないと思うのだけれど、一緒に行く相手は俺ではなく鬼仏院右近でもいいのではないかと思っていた。
「お兄さんが今考えている事を当てて見せましょうか。なんで俺がこんな時間に神社に行かないといけないんだろう。千雪を一人で行かせるのが心配なら俺じゃなくても右近君でもいいんじゃないか。そう思ってませんか?」
俺は千雪ちゃんのその言葉が当たっていたのにもかかわらず肯定する事は出来なかった。その事を肯定してしまうと俺が今の状況を嫌がっているという事がバレてしまうと思ったからだ。
「でも、お兄さんのその気持ちもわかりますよ。千雪だってこんな夜にお兄さんと一緒に神社に行くのなんて嫌ですもん。暗い時に行ったって何も楽しくないと思いますし、どうせ行くなら明るくなってからの方が良いと思うんですよね。だからと言ってこのまま朝までここに居るのも嫌ですし、さっさとお礼を伝えて帰りましょうよ。それとも、お礼を言った事にしてこのまま時間を潰して帰っちゃいます?」
「その考えは良いかも。今からその神社までどれくらいかかるのかわからないけどさ、適当に時間を潰して帰るのもありかもね」
「そうですよね。どうせ行ったって行かなくたってわからないと思いますよね。でも、お姉ちゃんってそういうのなぜかわかってしまうんじゃないかなって思うことがあるんですよ。何かそういう特別な力とかあったりするのかもしれないですね」
何か特別な力があるかもしれないという言葉を聞いて、俺の脳裏に浮かんだのはあの時に見た魔法陣とぬいぐるみだった。いまだにあれが何だったのか俺にはわからないけれど、何か俺達には理解出来ないような事をしていたのではないかという事だけは理解出来ていた。鬼仏院右近も口にこそ出さないけれど、鵜崎唯の事はそれなりに警戒しているところが見て取れる。その証拠になるかはわからないが、鵜崎唯の作った料理を食べる時は必ず俺が一口食べるまで待っているのだ。
「何か特別な力って、魔術とか?」
「魔術って、お兄さんは漫画とかゲームが好きすぎですよ。お姉ちゃんがそういうの使えたらお兄さんの気持ちを桜さんから自分の方へ向けるようにすると思いますよ。その方が楽だと思うし、お姉ちゃんも自分が好きな人が他の人の事ばかり考えてるって思わなくて済むと思いますからね。でも、なんでお兄さんってそんなに桜さんの事が好きでお姉ちゃんの事を好きじゃないんですか?」
「なんでって言われてもな、こればっかりは美味く説明することが出来ないと思うよ。自分でもどうしてそこまで唯菜ちゃんの事が好きなのかわかってないし」
「じゃあ、お姉ちゃんの事が好きじゃない理由はわかってるんですか?」
俺は思わず息をのんでしまったのだが、それは千雪ちゃんにとっても想定内だったようで彼女の表情は一切変わることが無かった。ガスランタンの淡い光にぼんやりと照らされているその表情は俺に何かを問いかけるようではなく、ただ俺の言葉を待っているという風に感じる取れたのだ。
どれくらいの間沈黙が続いたのかわからないが、俺の中ではその時間が永遠に続いてしまっているのではないかと感じていた。俺が何か言うまで絶対に何も言わないという意思を感じさせる強い眼差しに俺は何度も負けそうになったのだが、俺が鵜崎唯を好きになれない理由が魔法陣とぬいぐるみだなんて言って理化してもらえるとは思えない。もしかしたら、千雪ちゃんもその事を知っていて俺に共感してくれるのかもしれないけれど、そうではなく千雪ちゃんも鵜崎唯と同じ側の人間だったらどうなるのだろうという思いが少なからず俺の中にあった。その思いが、俺の判断を迷わせているのだ。
「お兄さんが見たその魔法陣とぬいぐるみって、どんな感じだったんですか?」
千雪ちゃんは俺の言った事を肯定も否定もせず淡々と状況を理解してくれようとしていた。俺は魔法陣を見たのが一瞬だったのでどのような感じだったのかまでは思い出せなかったのだが、千雪ちゃんの言葉の一つ一つを聞いてそんな感じだったような気がしてきた。
「それって、本当に魔法陣だったんですかね。千雪はその状況を見てないのでわかりませんけど、それって何のための魔法陣だったんですかね。右近君とかお兄さんを呪うとかそういう感じでもないでしょうし。もしかしたら、お兄さんの健康を祈願するための儀式だったのかもしれないですよ。そう考えると、魔法陣があるのにお兄さんを部屋に誘ったって事の説明も付くと思いますからね」
「そう言われるとそうかもしれないって思うけどさ、奏だったら説明くらいしてくれてもいいんじゃないかなって思うんだよね。たとえそれが本当の事じゃなくても俺達が怖がらないような理由を言ってくれればいいと思うんだよな」
「俺達って、もしかして右近君もお姉ちゃんの事を怖がってたりするの?」
「たぶんな。さすがにあの状況で魔法陣を見たら右近でもひいちゃうんだと思うよ。あの時以来右近から鵜崎唯の話題が極端に出なくなったからな。一緒にいる時は普通に話してるのとかも見るんだけどさ、鵜崎唯がいない時ってあんまり話題に出なくなってるんだよな」
そもそも、俺と一緒にいる時に鬼仏院右近が誰か他の女の話をする子なんて滅多にないのだ。俺から質問をしたら答えてはくれるけれど、基本的に鬼仏院右近が俺に女の話をする事は無い。それでも、あの魔法陣を見るまでは鵜崎唯や髑髏沼愛華の話題を良く出していたような気もするんだよな。
あの魔法陣を見た時にどう思ったのか寝る前にでも聞いてみようかなと思うのだけれど、その事で俺の知らなかった事実を知る可能性もあるわけで、やっぱり聞かない方が良いのかもしれないという思いが少しずつ強くなってはいるのであった。




