第七十五話 俺に対する印象というのは良くなかったんだろうな
旅館に戻った俺と千雪ちゃんを出迎えてくれたのは右近と唯菜ちゃんだった。なんだか二人の距離感が今までと違うように見えるのだけれど、何かあったのだろうか。
「海は楽しかったかい?」
「うん、凄く楽しかったよ。でも、お兄さんの体力が無くてほとんど千雪が一人で遊んでたみたいな感じだったかも。明日は右近君も一緒に海に行くんだよね?」
「一緒に海にはいくけど、俺と唯菜は海には入らないよ。見てるだけになるかな」
「ええ、そうなんだ。でも、海に入れないんだから仕方ないよね。パラソルとかもたくさんあったからあんまり無理しないで千雪たちの事を見守っていてね。お兄さんじゃあんまり役に立たないかもしれないからね」
「そんな事ないと思うよ。政虎はダメなところも多いけど意外と頼りになる男だから千雪たちの事も守ってくれると思うよ」
「それは何となくわかってるけどさ、お兄さんっていざという時にしか頼りにならなさそうだからあんまり信用出来ないんだよね」
鬼仏院右近は俺をかばうような事を言ってくれて入るのだけれど、その言葉は褒めているようで素直に褒めていないようにしか思えないのだ。まあ、俺の事を手放しで褒めるなんて無理だとは思うので嫌な気はしないのだけれど、もう少しどこか良いところを探して褒めてくれてもいいんじゃないかな。お前の隣にいるのは唯菜ちゃんだって知ってるはずだよな。
その後も俺を褒めているようであまり褒めていない感じのやり取りは続いていた。俺は特に口を挟む気も無かったのだけれど、唯菜ちゃんも俺がいるからなのか右近のすぐ後ろに隠れて俺と視線が重ならないように身構えていた。そんなに警戒しなくても俺から唯菜ちゃんに話しかけたりなんてしないから安心して欲しいんだけど、きっとそんな思いは唯菜ちゃんに届くことは無いんだろうな。
「ところで、お二人はこれからどこかに出かける予定なんですか?」
「そうそう、旅館の裏手の山道を登った先に滝があるって聞いたんでそれを見に行こうかなって思ってたんだよ。唯と愛華はまだ疲れてるみたいで返事が無かったんで唯菜と二人で見に行ってみようかなってね。千雪ちゃんと政虎も行くかい?」
「俺は遠慮しとくよ。さすがに海に入って疲れちゃってるし、シャワーも浴びたいからな」
「そうですね。千雪も今は遠慮しときますよ。でも、晩御飯を食べた後だったら一緒に行ってもいいですよ。夜の方が蛍とか見れるかもしれないですし」
「え、蛍とかいるの。私ちょっと見てみたいかも」
千雪ちゃんの言った蛍という言葉に反応したのは唯菜ちゃんだった。あんまり虫が得意ではないようなことを言っていたような気がするのだけれど、蛍は別物なのだろう。近くで見なければ虫っぽくないという事もあるのだろうが、俺は蛍の実物を間近で見た事が無いのでどんな感じなのか想像もつかない。小さい時に図鑑で見たような気もするんだけど、その時は完璧に無視なんだなという事が理解出来るようなフォルムだったように思えた。
「たぶん今くらいの時期なら見れると思いますよ。最近は山の方に誰も入ってないみたいですし簡単に見つかるんじゃないですかね。でも、あんまり近くまで行ってみることは出来ないと思いますよ。蛍がいるところまで道が無いんで対岸から見る形になると思いますけど。お姉ちゃんに聞けば蛍が良く見える場所まで案内してもらえるんじゃないかな」
「唯ちゃんに聞いてみようかな。ねえ、右近は蛍を見たいって思ったりしないの?」
「見てみたいとは思うけどさ、夜の山道ってちょっと危険じゃないかな。知ってる道ならまだしも知らない道とか危ないと思うよ」
右近の言う通りでいきなり夜に行くというのは危ないように思えた。それでも、唯菜ちゃんはなぜか行く気満々のようだ。千雪ちゃんも蛍を見に行きたそうにしているのだけれど唯菜ちゃんに比べたらそこまで行きたそうには見えない。
「政虎はどうするのかな。蛍を見に行きたいって思ってるのか?」
「せっかくなんで見てみたいような気もするんだけど、ご飯を食べた後だったら疲れて眠くなってるかもしれないんだよな。それに、俺が一緒に行っても良いものなのかって思うんだ」
「そんな事ないって。政虎君も行ってみようよ。右近君と政虎君が一緒に行ってくれたら安心だと思うし」
意外な事に唯菜ちゃんが俺に向かって話しかけてくれたのだ。それに話しかけるだけではなく俺の手まで握ってくれているのだ。今までになかったことに驚いた俺は変な声が出てしまいそうになったのをグッとこらえていた。それを見ている右近は何とも言えない複雑な顔をしているのだが、その顔を見る限りこんな事をして欲しいと唯菜ちゃんに頼んだわけではないという事はわかった。
「どうかな。せっかくだしみんなで見に行きたいって思うんだけど、やっぱり政虎君は疲れてるから行きたくないかな?」
「そんなに遅くならないんだったらいいけど」
「良かった。政虎君も一緒の方が思い出も作れていいなって思ったんだよね。それと、私って小さい時に見た映画が忘れられなくて、その映画に出てた蛍を一度生で見てみたいなって思ってたんだ。蛍が見れるってわかっただけでもここに来た甲斐があったなって思うよ。それに、政虎君って私が思っていたよりも怖い人じゃないかもって思えたのも良かったな。愛ちゃんと言い合ってるところはちょっと怖いなって思う事もあるけど、千雪ちゃんに優しくしているところとか見るといいお兄さんなのかなって思うからね」
「そうなんですよ。お兄さんは基本的にはいい人ではないと思うんですけど、本当はいい人なんですよ。千雪にもお姉ちゃんにも優しいですからね。桜さんにも優しくしてると思うんですけど、それはちょっと度が過ぎてるところもあったんで怖いって思われても仕方ないのかもしれないですよね。お兄さんはそういうところをもう少し考えた方が良いと思いますよ」
やはり、俺の事を素直に褒めるつもりはないという事だろう。だが、半ば強制的だったとはいえ千雪ちゃんと一緒に行動してた事が俺のプラスになるという事にわかってよかったと思う。千雪ちゃんと遊ぶのは学校が終わってからが多かったので唯菜ちゃんは俺達がどんな風に遊んでいるのかもわかっていなかったんだろうな。別に特別な事なんて何もしていないのだけれど、それでも印象を変えることが出来るくらいにはなっていたという事なんだろうな。普通に遊んでいただけで印象が少し良くなるって、俺はいったいどんな風に思われていたんだろうな。大体予想は出来るんだけど、それを考えると悲しくなるのでやめておこう。




