第七十話 お兄さんの良さを見付けるなんて無理だよ
一緒にいたらお兄さんの良さがわかるよってお姉ちゃんは言っていたけれど、私にはお兄さんの良さが全く理解出来なかった。車での移動中もこうして一緒に遊んでいる今もお兄さんが私に気を使ってくれているのはわかるんだけど、それは全て私のために気を使っているという事ではなく桜さんがいるから中学生の女の子にも優しい自分をアピールしているだけなんじゃないかと思う。そう思ったのは、移動中も休憩中も旅館に着いた時も海に向かう時もお兄さんが私に何か優しくしてくれた時にお兄さんが見ていたのは私ではなく桜さんだったからだ。
なんでお兄さんがそんなに桜さんの事を好きになっているのかわからないし、それと同じくらいお姉ちゃんがお兄さんの事を好きになっているのかもわからない。お兄さんのどこにそんなに惹かれる要素があるのかわからないまま時間だけが過ぎていったのだけれど、今回のこの旅行でお姉ちゃんは『千雪もきっと政虎の事を好きになるよ』なんて言っていたけれど、わたしはそんな事にはならないという自信だけはある。お兄さんの事を私が好きになるなんて右近君と両想いになること以上にありえないと思っているのだ。
「お兄さんってなんでそんなに桜さんの事が好きなんですか?」
私の突然の質問にお兄さんは挙動不審になっていた。水着姿の私を見てもそんなリアクションが無かったなという事に対してもちょっとイラっとしちゃったけど別にそんな事はどうでもいい。よくよく考えてみたんだけど、お兄さんにそういう風に見られることの方が気持ち悪く感じてしまうからだ。
「お兄さんって、移動中も休憩中も旅館に着いてからも桜さんの事を良く見てますよね。どうしてそんなに桜さんの事が気になるんですか。失礼な話かもしれないですけど、見た目だけで言えば桜さんよりも愛華ちゃんの方が美人だと思うしお姉ちゃんのほうが可愛いと思うんですよ。桜さんって美人ってよりは可愛いって感じでもあると思うんですけど、可愛いっていうよりは美人って感じでもあると思うんですよね。優しさだってお姉ちゃんの方がお兄さんに対して優しいし料理だって上手だと思うんですよ。桜さんってたまにきついところもありますけど、愛華ちゃんみたいに辛辣って程でもないですよね。そんな桜さんのどんなところをそこまで好きになってるんですか?」
「別に俺は見た目とか性格とかそういうのだけで好きになってるわけじゃないし。千雪ちゃんにはわからないかもしれないけど、一目見た時に運命ってやつを感じたんだ。何がそう思わせたのかわからないけど、俺の運命の人はこの人しかいないって思っちゃったんだ」
「なんか、その発想って拗らせすぎてストーカーみたいですよね。でも、桜さんに付きまとっていたストーカーを撃退したのってお兄さんだって聞いてるんですけど、なんでそんな事したお兄さんは桜さんに相手にされてないんですかね。誰がどう見ても桜さんが惚れているのってお兄さんじゃなくて右近君だと思うんですよ。そりゃ、お兄さんと右近君を比べてみたらお兄さんを選ぶのなんてお姉ちゃんくらいだと思いますし、どっちも選ばないのは愛華ちゃんくらいだと思いますよ。でも、ストーカーから守ってもらったって恩を感じているはずの桜さんまでお兄さんに対して一切恋愛感情を抱いていないってのはおかしいんじゃないかって思わないんですか?」
こんな事を二人っきりの場で言うのは普通じゃないと私はちゃんと理解している。こんなことを言われてもお兄さんを困らせるだけだってのはわかっている。それでも、私はお兄さんが本当はどう思っているのかを聞いてみたい。その答え次第では、お姉ちゃんが言っていたことを理解出来るかもしれないという期待があるのだ。
「まあ、それは仕方ないことだと思うよ。右近って男の俺から見てもそれくらい凄いやつだってわかるからな。誰にでも優しいし気配りだって出来るし記憶力だっていいし羨ましさを通り越してしまうくらい性格も良いんだよ。その上、誰がどう見たっていい男だからな。センスだっていいし、俺と同じものを着てたって一流ブランドとコピー品くらい違うって思われることもあるからな。それくらい右近って凄い男なんだよ。ちょっとストーカーから助けたくらいで俺の評価が逆転する事も無いってのは俺が一番良く知っているんだよ。俺が唯菜ちゃんの事を好きだってのはこれからだって変わっちゃいけないと思うんだ。千雪ちゃんは右近って誰とでも付き合うってのは知ってるよな?」
「はい、知ってますよ。最近も毎日のように新しい彼女が出来てたのも知ってます。でも、私とか桜さんとは付き合えないって言ってました。私の場合は年齢的にダメだって言われましたけど」
「じゃあさ、右近が唯菜と付き合えないのは何でか知ってるのかな?」
「ハッキリと聞いたわけじゃないですけど、お兄さんが桜さんの事を好きだからってのは聞きました。お兄さんが好きな人とは付き合えないって右近君に言われたって桜さんが教えてくれたんです」
「仮にだよ。俺が唯菜ちゃん以外の人を好きになったとするよ。そうしたら唯菜ちゃんは右近と付き合えるようになると思うんだ。でも、それって本来の意味で付き合うってのじゃなくて他の人と同じように半日だけの交際で終わってしまうと思うんだよね。俺としてはこんなに好きになった唯菜ちゃんが右近の彼女たちの一人で終わってほしくないんだ。そんなので満足してもらいたくないんだよ。どうせだったら、一年でも一か月でも一週間でもいいから右近の特別な人になってもらいたいって思ってるんだよ。でも、そう思っていても俺は唯菜ちゃんの事より好きになれる相手が思い浮かばないんだ」
「お兄さんの考えてることは何となくわかりますけど、全然理解出来ないです。私から見ても右近君は優しいしいい男だと思いますよ。思いますけど、どんなに頑張ったって桜さんは右近君の特別な人にはなれないと思います。お兄さんがどんなに頑張って右近君を説得したとしても、今の感じだと右近君が本当に女の人を好きになることなんてないと思いますよ」
お兄さんは自分が右近君に好かれているという子は気付いていないんだろうな。たぶん、右近君がお兄さんに優しくしているのは親友として優しくしているって思ってるんだろうな。本当の事を言ったとしても、お兄さんはそれを信じたりなんてしないだろうし、右近君だって私の言った事を適当に流しちゃうんだろうな。
私としては、右近君と愛華ちゃんのカップルとか見てみたいと思うんだけど、ただの偽装カップルのまま終わってしまいそうだよな。お姉ちゃんと右近君はずっとこのまま友達でありライバルであるという関係が続きそうだけど、お姉ちゃんとお兄さんが付き合っても右近君は普通に祝福してくれそうだよね。そうなったら桜さんも喜んでくれそうだけど、愛華ちゃんはどうなんだろうな。
もうちょっとお兄さんの事を聞いてみても良いかもしれないね。二人きりでこんな話をする機会なんて当分ないだろうし、せっかく私がこうして水着姿を披露しているのに何も言ってくれないのも腹立たしいからね。
「せっかく海に来たんだし、もう少し海で遊んでいきましょうよ。お兄さんは千雪と遊ぶよりも旅館でゆっくりしてる方が良いですか?」
お兄さんは私の質問に答えるのに少し間をあけていたんだけど、それって帰りたいって言ってるのと何も変わらないって事なのにな。私と一緒にいるよりも旅館で桜さんを見ていたいって事なのかな。
お兄さんの良さなんって全然理解出来ないよ。




