第五十八話 俺は海水浴なんかに興味はない
夏休みにみんなで海に遊びに行くという話は聞いたのだけれど、そのみんなの中に俺も含まれていたのは何かの間違いなのではないかと思ってしまった。
誘ってもらえることは嬉しいのだけれど、正直に言って海に行ったところで俺が楽しめるのかというとそんな事は全く想像が出来なかった。他の男子が聞いたら怒ってしまうかもしれないけれど、俺からしてみたら鵜崎唯や髑髏沼愛華の水着姿が見れたからと言って特別嬉しいとは思えないし、鵜崎千雪にいたってはこの間まで小学生だったのだからそう言った対象ですらないのだ。
残念なことに唯菜ちゃんは肌が弱いので水着にはなれないという事なので俺の楽しみというものが無くなってしまっている事が確定しているわけなのだが、何かとんでもない奇跡が起こって俺の事を好きになってくれる可能性もあるのかもしれないという事だけは頭の片隅に置いておくことにしよう。
「政虎を説得できて良かったよ。普通に断られた時はどうしようかと思ったけどさ、なんであの状況で断ることなんて出来たんだよ」
「なんでって、お前は俺が海水浴に行って楽しめるようなタイプに見えるか?」
「見えはしないけどさ、案外お前ってむっつりスケベなところがあるから海に遊びに行くって言ったら喜んで参加すると思ってたからな。お前が普通に断った時には俺だけじゃなくて唯も愛華も千雪も驚いてたもんな。唯なんて泣きそうになってたの気付いたか」
「さすがに目の前であんな顔をされて気付かないことは無いだろ。でもさ、みんな俺の性格を知っているのに参加するって思ってた方が異常だって。去年だって一昨年だって俺は実家にも帰省しないで部屋に引きこもってたんだからな。たまにお前らと遊んだ時と買い物に行った時以外は外に出てなかったからな」
「ま、それはそれで引いたけどな。でも良かったよ。みんなで説得することが出来て一安心だな」
「みんなで説得、ね」
俺は例えお金を払わなくてもいいと言われても参加する気は全くなかった。行けば楽しいとは思うのだけれど、家で何もせずにダラダラとすることが出来る時間を犠牲にしてまで得るものなんて何も無いと思っていた。暑い中外に出ることに意味を見いだすことが出来ない俺のような人間がいるという事をこいつらは理解してくれていると思ったのだけれど、残念ながら俺のその考えは彼らの常識の中には全く存在しないのだ。
髑髏沼愛華も俺と同じ側の人間で参加なんてしないと思ってはいたのだけれど、鵜崎唯と鬼仏院右近の説得によりその信念を簡単に曲げて参加する事にしたのだ。別に俺はその事を批判するつもりなんて無いのだけれど、どうして考えが変わったのかは教えてもらいたいところであった。
「唯菜が参加するって聞いて考えを変える辺りがお前らしいと思うけどさ、そういうのってあんまり唯も良い気しないと思うからもう少し反応を変えた方が良いと思うぞ。その事で唯から刺されたりするなんてことは無いと思うけどさ、愛華とか千雪はお前のそんなところを見てドン引きしてたからな」
「お前らはすぐにドン引きするよな。俺は何もおかしいことなんてしてないと思うんだけどな」
鬼仏院右近の言う通りで俺が唯菜ちゃんもいるという事を聞いて態度を変えたのは良くない事だったかもしれない。でも、それは俺の本音を隠せなかったというものなのだから仕方のない事なのだ。誰だって自分の好きな人もいるとなったら参加しないわけにはいかないと思うだろう。何も無かったとしても参加はするべきだと俺は思うのだ。
「政虎とは結構長い付き合いになると思うけどさ、こうしてたまにはみんなで遊びに行くのも良いもんだと思うよ。いつか今回の事を思い出してさ、あの時参加しておいてよかったなって思う日が来ると思うしな」
「まあ、正直に言っちゃうとその考えは俺も理解出来るよ。でもさ、その時にはきっと別の良い思い出もあると思うんだよね。たった一回の海水浴がそんなにいい思い出になるとは思えないんだけどな」
「別に一回だけにしなくてもいいと思うよ。初日なんてそんなに海に入ってる時間も無いと思うからな。二日目とか三日目とかその辺で海を堪能したっていいと思うぜ。陸の孤島みたいな場所って言ってたから他にやることも無いと思うし」
「ちょっと待ってくれ。今お前は初日とか二日目とか三日目って言ったのか?」
「ああ、何をいまさらそんなこと言ってるんだよ。変なやつだな」
いやいやいや、俺はそんな話は聞いてないぞ。海水浴に行くという事しか知らないので勝手に日帰りだと思っていたのだけれどなんでそんな話になっているんだ。そもそもそんなに連泊するような金なんて持っていないのだが。よし、今からでも断ることにしよう。ちゃんと話を聞いていない俺も悪いとは思うけれど、そんな俺にちゃんと概要を説明していないこいつらも悪いのだ。俺だけが悪いと思われるかもしれないけれど、それはそれで俺は甘んじて受け入れることにしよう。
「そんなに何日も泊まるとか無理だよ。どこにとまるのかも知らないし、そんな金だって無いからな。テントだって無いしレンタカーだってそんなに長期間借りたらとんでもない金額になるだろ」
「あ、金の事なら心配しなくていいみたいだぞ。何でも千雪のお母さんの仕事の関係者が経営している旅館に泊まれるみたいで宿泊費も食事代も無料にしてくれるそうだぞ。その代わり帰宅後に旅館や海水浴場や町の事のレポートを書いて欲しいそうだ。今ではあまり観光客もいないような寂れた場所になってしまっているらしくてな、俺達の意見を聞いて今後どうして行ったらいいか考えたいそうなんだ。だから、金の事は心配しなくても良いって話だぞ。まあ、飲み物は自分たちで飼わないといけないとは思うけどさ、それくらいの負担だったら問題無いだろ?」
「宿はわかった。百歩譲ってそれを受け入れるとしよう。でもだ、そうなった場合車はどうするつもりなんだ。俺はそんなに詳しくはないけど、レンタカーをそんなに長い期間借りたら結構な金額になるんじゃないのか?」
「それも問題無いってさ。千雪のお父さんが買ったミニバンを自由に使っていいそうだ。保険とかも俺が対象になるプランに加入してくれるみたいだぞ」
「いや、さすがにそれはダメだと思うんだけど。お前だって初めて乗る車で不安とかあるんじゃないか?」
「まあ、多少はあるよ。でもさ、せっかく貸してくれるって言うんだから借りないともったいないだろ。それに、俺はこう見えても無事故無違反だからな」
鬼仏院右近は高校の卒業と同時に運転免許を取得していたはずだ。だが、実家に帰っている時もこっちにいる時もこいつが運転しているところを見た事が無い。免許を一発で撮ることが出来たと言っていたのでそれなりに技術はあるのだろうけど、そんな事も関係無く運転自体をしていないのであれば無事故無違反で当然なのではないかと思ってしまった。
そんなことを言ってもこいつはすぐに否定してくるだろうから何も言わないのだけれど、今回に関しては俺が普通でこいつら全員がおかしいのではないかと思っていた。
それにしても、女子の買い物って俺が思っているよりも時間がかかるものなんだな。
水着売り場で楽しそうにしている四人の姿を遠目に見ながら旅行当日に台風が直撃する方法を探していた。
魔法陣を使ってもどうにもならなさそうだとは思うのだけれど、自分の力以外の事にも頼ることの大切さを考えてしまっていたのだった。




