第三十四話 私は日常的にナンパされてしまう
私が知らない男性に話しかけられることはたまにあるのだ。平たく言えば、ナンパされてしまう事が多いのだけれど、なぜかその場面を柊政虎に目撃されることが多い。何故かあいつは私に見つかっていないと思って隠れているのだが、物陰に隠れていてもその異様な雰囲気ですぐに分かってしまうのだ。
私は元来優しい性格なのでいきなりナンパされたとしても無碍に扱ったりはしないのだけれど、それをいい方向に解釈してしまう人が多いというのが現実なのだ。そもそも、相手の事を何も考えずに自分の都合だけでナンパをしてくるような男に優しさを見せてしまうと勝手に好意だと解釈されても仕方ないのかもしれないな。
「お姉さんみたいに綺麗な人と一緒にご飯を食べることが出来たら僕の一生の思い出になると思うんですよ。だから、もしお姉さんさえよければ僕と一緒に何か食べに行きませんか?」
「私は知らない人と一緒に食事をとることは出来ないんだ。知らない人に食べている姿を見られるというのがとても苦痛であるんだよ。申し訳ないですが私はあなたと一緒に食事に行くことは出来ないです」
「じゃ、じゃあ、食事がダメならカラオケとかどうですか。僕って歌手を目指していたこともあるんで歌には自信があるんですよ。僕の歌をお姉さんに聞いてもらえたらもう一度歌手を目指そうかなって思えそうなんで一緒にカラオケに行ってもらえませんか?」
「申し訳ないですが、私はカラオケが好きじゃないんです。そもそも歌を聞くこと自体そこまで好きじゃないですし、その上素人の歌を聞かされてもなんとも思わないと思うんですよ。なのでカラオケも一緒に行けないです」
「そ、それだったら、あそこの公園にベンチがあるんで座ってお話しませんか。お互いに相手の事を知ることが出来ればお友達になれるかもしれないですし」
「すいません。私は別に友達とか欲しくないです。友達なんて二人もいればいいって思ってますから。もういいですか?」
「えっと、それじゃあ」
ろくに会話もしたことない初めて会った人間にここまで積極的になれるというのはどういう精神構造をしているのだろう。私はとてもじゃないがこの人みたいに知らない人に話しかけることなんて出来るはずがない、この人くらいの積極性があれば私の人生は今とは違うものになっていたと思うのだけれど、私は今の人生でおおむね満足しているのだ。私が社交的で誰とでも仲良くなれるような性格だったとしたら、今みたいに唯ちゃんと一緒に過ごすことなんて出来なかったんじゃないかと思ってしまうからだ。
「じゃあ、せめて握手してもらえませんか。お姉さんと握手してもらえたらそれだけで満足ですから」
「いや、いきなりそう言うのはちょっと」
「良いじゃないですか。握手くらい。別に減るものでもないんですし」
「そう言われましても、握手する理由がないですし」
「理由ならあるじゃないですか、こうして僕とお姉さんが知り合った記念に握手しましょうよ」
この人はいったい何を言っているのだろう。私と出会った記念に握手をしたいなんて言われているけど、この人とは出会ったというよりもたまたま買い物に行く途中で遭遇しただけなんだよな。もしかしたら、この人の生活圏もこの辺なのかもしれないし、そうだとしたらまた今みたいに遭遇してしまう可能性だってあるんだろうな。ここで握手なんてしてしまったら、遭遇するたびに何か言われてしまいそうでちょっと嫌かも。
いつもならこの辺のタイミングで柊政虎が出てきて相手を言いくるめてくれるのだけれど、今日はいつもよりも出てくるのが遅いな。別に柊政虎に助けてもらいたいと思っているわけではないのだけれど、このしつこい人はたぶん私が何を言っても聞き入れてくれないと思うんだよな。感謝はしないけど、早く助けに来てくれてもいいんだぞ。
チラリと柊政虎が隠れている場所を見てみたのだけれど、先程まで柊政虎が隠れていた場所から不穏な気配が完全に無くなっていた。もの音すらしないし誰かが隠れている様子もない。この目の前の人に気を取られている隙に柊政虎がいなくなってしまったのだと思うと、私はほんの少しだけ落胆していたのかもしれない。いつもは何の役にも立たないでくの坊ではあるのだけれど、今みたいに私がナンパされて困っている時には助けてくれたりもするんだけどな。
なるべくならこの人を傷付けたくなかったんだけど、柊政虎がいなくなったんなら仕方ないよね。それに、知らない女の人に気軽に話しかけるような人のメンタルがどうなっても私には関係ないか。中にはナンパされるのが好きな人がいるのかもしれないけど、知らない人に話しかけられるのがストレスだって人もたくさんいるかもしれないしね。よし。
「ハッキリ言いますけど」
「ごめん、まった。お待たせ」
私が目の前の人に対して良くない言葉を発しようとしたその瞬間、私の後ろからとっても不快な感じで柊政虎が話しかけてきた。たぶん、唯ちゃんだったら笑顔で振り返ってしまうんだろうけど、私は何となく不愉快な思いをしていたので若干睨みながらゆっくりと振り返ってしまった。
私の後ろにはいなくなったと思っていた柊政虎が立っていた。声とどんよりとした空気感でそこにいるのが柊政虎だという事は気付いていたのだけれど、実際にこの目で確認するまでは違う人かもしれないという思いも少しはあったのだ。
だが、そこにいるのは当然のように柊政虎なのであった。




