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かっとびバナナブレッド

ネーブルの街の3番街の酒屋『酔いどれ兎』の依頼で、ハーブ酒の素材集めの仕事を完了させた俺は、ついでに店の帳簿の整理を手伝っていた。

雰囲気のいい店だったからサービスだぜ。


「悪いね。俺が骨折で入院するやら娘が不慣れやらで」


兎型獣人続(ワーラビット)の店主は左足にギプスをしている。

治療院で骨の位置を直して回復魔法も掛けて、あとはなるべく後遺症が残らないように慎重に様子を見ているっぽい。


「いや、問題ないッス。算術はそこそこなんで」


魔術そろばんをパチパチ弾きつつ、俺は言った。別に調子こいてるワケでもない。小さな酒屋の帳簿、それも店主が怪我をする前までは普通に整理されていたから大した作業でもなかった。


「あたしは苦手! 機織りの方が向いてたよっ」


「その内、慣れますよ?」


娘さんは離婚を期に機織りの作業所を辞めて実家の酒屋を継ぐことにしたらしい。


「継ぐなら継ぐで前以て言ってくれば算術の学校なりなんなりに通わせたんだがね。藪から棒に出戻りやがってっ。だからあんな吟遊詩人崩れはやめとけと」


「蒸す返さなくていいだろっ?!」


「まぁまぁ」


雲行きが怪しくなってきたので間に入ったりしつつ、それから小一時間程3人で魔術そろばんを弾き帳簿整理は済んだ。

仕事も済んで報酬ももらったのだが、お茶を頂くことになった。

といっても店主は足が悪いんで、お茶は俺が3人分淹れ、茶菓子は「保冷庫にいいのがある!」と娘さんが取りにいっていた。


「お待たせっ! これはお客さんにお酒のテイスティングしてもらう時のアテによく使うんだ」


「酒の? バナナブレッドですよね?」


娘さんが持ってきたのは四角く切られた、ひんやり冷えたバナナブレッドだった。ミントの香りも強いが・・


「まぁ食べてみてくれよ、マジヒコ君」


「ええ、頂きます」


菓子をアテに酒を飲むのが好きな人も確かにいるが、俺はそうでもなかった。

どうなんだろ? と思いつつフォークて1つ詰まんでみた。


「っ! あっ」


驚いた。帳簿整理で目が疲れていたけどシャキっとした! 砂糖を使ってない。バナナの甘味だけだ。一方でミントエッセンスが強く、生姜も使われていて、完全に酒のツマミ仕様だった。


「変わってますね??」


「『かっとびバナナブレッド』っていうだ。ミントで目が覚めたろ? 5番街のマジックスィーツショップが副業で出してる飲み屋関係向けの魔法抜きの菓子なんだ。内輪にしか広まってないが」


「マジヒコ君、冒険者ギルドで料理研究してるんだよね? レシピ聞きにいってみたら? 紹介状書くよ?」


「え? 別に研究してるワケでは」


娘さんには何も言っていなかっし、ちょっと語弊のある感じで焦ってしまったぜ。

ともかく、改めてかっとびバナナブレッドを見てみる。

内輪向けとはいえ商業化したレシピだし、どうかとも思うが、ネーブルの町の新しい名物になりそうな気もした。

俺は、紹介状を書いてもらうことにした。

5番街のマジックスィーツショップの名は『ダンシングケーキ』といった。



・・乗り合い馬車で3番街から5番街に移動し住所と簡単な地図を頼りに表通りから路地を1本入って先へ進むと、件のダンシングケーキはあった。

色の入った狭いガラス窓、小さな看板。狭いショーウィンドウには日の明かりに反応してポージングを変える仕様の魔法の飴細工の小妖精(ピクシー)の像が1つだけ置かれていた。



ピクシー像の精度は高かったが、いかにも常連と業務用しか相手にしない、という硬い店構えだった。


「渋めだ・・レシピの許可、取れるかな?」


食べたから再現はたぶん可能だが、辺境の賄いメニューとかじゃない。勝手にギルドに伝えるワケにもいかないぜ。


「おじゃまします」


ベル付きのドアを開けて中に入ると、


「ぴぴーっ!!」


「んぴーっ!!」


「んぴぷーーっっ!!!」


店内を翼を生やした多数のカップケーキ達が忙しなく鳴きながら乱舞していた。

それを小柄なフェザーフット族の少女? が魔法道具らしい虫取網を持って追い掛け回していた。

こちらにはすぐ気付かれた。


「君っ、ウチの店は夕方から営業なんだから! ドアを閉めてよっ、ケーキが逃げちゃうっ!!」


「あ~、了解ッス」


俺は自分は店に残ったまま、ドアを閉めた。フェザーフット族の若い娘が新しく店長になったとは聞いていた。この子か。


「君っ! てばっ。店は夕方から! 今、言ったでしょ?! 何?『賢さアップ大福餅』でも食べたいの??」


「いや、大福じゃなくて、酔いどれ兎さんの御紹介で、かっとびバナナブレッドのレシピを伺いたくて」


「はぁ? 最近の飲食業者は魔法使い風の格好流行ってるの??」


「俺は冒険者ギルドの魔術師でマジヒコ・ブックメイスといいます。趣味で珍しいレシピを集めてるんですよ」


ダンシングケーキの小さな店主は汗だくで虫取網を抱えながら、一瞬呆気に取られた。


「急に『暇な人』キターっ!!!」


「いやいやいやっ、わかりますけどっ。あー、そうッスね。手伝いましょうか?」


俺が提案すると、小さな店主は魔力だけで魔法道具らしいフリルの付いたバスケットを操って俺の手元に寄越した。


「そのバスケット! 食べ物をいい状態でたくさん保管できる魔法道具っ。中にどんどんブチ込んで! もったいないから攻撃はしないでっ!」


「了解ッス」


俺は左手に口を開けたバスケット。右手にはウワバミの腕輪から出した杖を構えた。


「・・ハチっ!」


捕獲魔法を唱えて、魔力でできた手錠付きの細鎖を放って飛ぶカップケーキを3つ纏めて取っ捕まえ、バスケットに放り込んでやった!


「ハチ! ハチ! ハチ! ハチ!」


俺は次々ケーキを捕獲していった。訓練以外で捕獲魔法をこんな連打することなかったな。

ケーキはものの数分で全て回収された。


「はぁ~~~っ、製菓錬成(せいかれんせい)を改良しようと思ったら暴走しちゃってさ。助かったよ、暇な人」


一息ついた俺達。小さな店主はハーブ水をコップ一杯出してくれた。


「マジヒコです。そんな暇でもないです!」


「何歳?」


「17ですが」


「私、16歳! あっはははっ! タメ口でいいよっ」


「・・・了解した」


「私の名前はニルカね! この店、伯母さんがやってたんだけど、急にパスされちゃってさっ」


「そりゃ、大変だったな」


そこから少し雑談して、かっとびバナナブレッドのレシピと公表の許可もあっさり取れた。


「マジヒコ、公表だけだからね? 権利はウチの店だよ。伝統だから! 他の店で好きに作ってはいいけどねっ」


「了解了解。じゃ、またな、ニルカ」


俺はダンシングケーキを後にした。そして・・



俺はギルドでレポート提出を済ませ、飲食部のキッチンでハッサクさん達ギルド職員相手にレシピの再現に取り掛かった。

砂糖を使わないことと、ミントエッセンスが多いこと、あとは生姜、ペカンナッツ、ヨーグルト少々、全粒粉少々・・と、コツも材料も複雑な物じゃなかった。

俺はサクッと焼成して、切り分けた。冷やして食べるのが本式のようだが、焼き立ても有りさ。


「どうぞ」


ギルド職員はワイワイ取り分けだした。


「ミントっ! やっばっ?」


「あー酒のアテ、ってわかるな」


「私、出す店行ったことある~」


「好きな味だっ」


変わった菓子だが、今回も好評で、よかった。


「いよいよ、レシピハンターとして認知されてきたみたいじゃん? マジヒコ君」


「無いッスね」


俺は例によってイジってきた事務のハッサクさんをいなして、改めてまだ熱いくらいの、かっとびバナナブレッドを一切れ口にいれた。

水分の多い生地だから、熱いと一段と柔らかく、ミントとバナナの香りが強い。ミントは清涼感があるがしかし熱々で、なんだか舌が混乱するような、目の冴える、マジカルなケーキだった。

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