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昔風ポークビーンズ

目的の野営地に着く前に日が暮れだしてしまった。

疲れるが何か補助魔法を使うか? そんなことを考えていると、


(あんた、冒険者だよな?)


頭の中に声がした。テレパシーだ。人の声ではないっ。

俺は右腕のウワバミの腕輪から杖を取り出して構えた。


(そう構えるな、って。こっちはもう動けもしないし、何もしない。ちょっと仕事を頼まれてくれないか?)


(あからさまに怪しいが?)


こっちも念じて応えてみる。


(右手側に登ったの岩場の陰にいる。俺はアンデッドのスペクターだ。消えかけている。離れた位置から確認するといいよ)


(・・介錯か? 迷惑だ)


(悪いとは思うね)


それきり繋がっている感覚のあったテレパシーを切られてしまった。


「ったく」


こんな時に限って聖水や霊木(れいぼく)の灰のストックがしっかりあったりする。

俺は聖水の小瓶だけ用意して、件の岩場の陰が見える位置まで登り、覗いてみた。

・・いる。岩の陰に身を預けるようにして座り込んだ。霊体と骨の身体が一体になったアンデッドモンスター、スペクターだ。

随分古い鎧を着ている。口振りや固有の姿を残している所からすると、自我のはっきりした特殊な個体だろう。


(やぁ、こんばんは。生きてた頃はナナス・アシアという名の者だったよ)


またテレパシーを繋いできた。


(要件は?)


(遺品を故郷のザルテジンス郷に届けてほしいんだよ。私の軍刀と、許嫁から御守りに預かった髪留めを。報酬は古い物だが、銀貨5枚だ。悪くないだろう?)


「・・ジーン」


俺は音波魔法で周囲を探った。他のモンスターの気配は無い。霊体系のモノも引っ掛かる感じはなかった。

俺はナナスという名らしい、スペクターのいる岩場に降りた。


「俺はマジヒコ・ブックメイス。ナナス、急に里心がついた理由は? 消えるからか?」


直接話し掛けた。


「2年程前に、旅の司祭に浄化魔法を喰らって逃げたんだが、それ以来、段々自分が誰だったか思い出してさ。お陰でいよいよ消えかけてしまっているワケだが」


ナナスも口をまだきけたようだ。


「そうか。・・その鎧、昔あったトンチャ国の軍隊の鎧だろう? この辺りだと、ビセー戦役か? 80年は過ぎてる。随分掛かったな」


「トンチャ国はもう無いのかい?」


「ああ、ビセー戦役の後、滅びて、併合された国も60年くらい前に革命で分裂して、できた新しい国も今は2つに再統合された」


「そうか・・なんだか損した気分だ。ふふふっ。ああ・・マジヒコ。あとは頼んだよ。ザルテジンスの青峰(あおみね)亭が私の実家だよ。岩塩の利いた、ポークビーンズが定番だった。まだ、あるといいな・・・」


ナナス・アシアというスペクターは苦笑したような気配で夕陽の中で崩れ去り、軍刀、髪留め、古い銀貨5枚だけを遺していった。

俺は全て拾った。


「ザルテジンスはちょっと遠いが、もらった報酬の分の仕事はするぜ? ナナス・アシア」


と呟きつつ、俺は完全に日が沈む前に野営地に急ぐことにした。

ここで俺がアンデッドにされたら冗談にもならない。



野営地で一泊した俺は、ネーブル方面へ帰るのをやめて、一番近いヒポグリフの馬借のある拠点に向かった。

ザルテジンスは遠い上に山の上だ。陸路だと下手すると片道10日掛かる。そこからまた陸路でネーブルに戻るなんてのはちょっとナンセンスだった。

・・幸い天候に恵まれ、ヒポグリフが首から提げてる魔除けの効果か? 夜間飛行は避けて大人しく地上の野営地で休んだからか? 空のモンスター等にも襲われず、俺は翌日の昼前にはザルテジンス郷のある、ザルテジンス山を見下ろす所まで翔んでこれていた。


「意外と大きな郷だ!」


ザルテジンス山は鉱山とドワーフ族との交易で成り立つ郷だ。

程々の高さのザルテジンス山の山頂近くに石材の目立つ街が山肌に張り付くようにザルテジンス郷があった。

近付いて1周ぐるりと旋回すると、郷の外れのヒポグリフ馬借の番が魔力灯(まりょくとう)の明かりを降って離着場に誘導してくれた。

まだ子供の番だ。馬借の家の子だろう。

俺はすっかり扱いに慣れたヒポグリフを降下させた。

ヒポグリフと飛行用防寒着やゴーグル等の装備を一先ず預けて、馬借の連中に軽く聞き込みをすると、青峰亭はまだあった!

2度も郷内で移転したそうだが、とにかく行ってみると、どうも俺が行くより先に伝わっていたらしく、郷中から青峰亭の親族や関係者が集まって大歓迎されてしまった。


「よくぞ来たっ!」


「あ、はい。これが軍刀と髪留めです。軍刀には銘もあるですが・・」


取り敢えず渡す物は渡した。


「おおっ! 曾祖父さんの父さんの弟? だっけな? とにかく偉大な御先祖っ!! 国士だっ」


「偉大なナナス・アシア!」


「髪留めの主も探そう!」


「あたしの先祖じゃないかい?」


「誰だ誰だ?」


「とにかく呑もうっ!」


時代が過ぎ過ぎて誰が誰やらの様子だったが、そのまま宴会になり、その内、郷の役人や地元の識者等が確認を取ると、益々宴会の規模が大きくなり、しまい街中の人間が変わる変わる、英雄の帰還と結ばれなかった恋人達の慰めを祝ったり悼んだりしに来だして収拾がつかなくなってきた。


「悲恋はともかく英雄って・・たぶん、下士官が前線でわけもわからず玉砕しただけだと思うが」


俺は宴会を尻目に青峰亭の端の席で、1人でちびちびもう何杯目かのエールを飲んでいた。

岩塩の利いたポークビーンズとやらを頼んでみたいんだが、頼んでる人もいないし、タイミングを逸していた。もうメニューとして失くなったのか?


「皿、空だね。ツマミ、なんか頼む?」


串焼き片手にいつの間にか近くにいた馬借の子供が聞いてきた。


「岩塩の利いたポークビーンズってのあるか?」


「青峰亭でポークビーンズ? ・・あ、賄いのヤツだね。お兄ちゃん、(つう)だね! 頼んできてやるよっ」


馬借の子供は小走りに喧騒のカウンターの方に行って代わりに頼んでくれた。


「今は賄いだってさ、ナナス」


俺が呟くと、


「そんなもんかもなぁ」


隣で生身の呑気そうな若者の声がして、驚いて振り返ると誰もいなかった。



3日後、ヒポグリフでネーブルの街に俺は戻ってきた。

いつも通り公衆浴場、洗濯屋と寄ってからギルドに行ってレポートを提出すると、事務のハッサクさんに「安易にアンデッドと会話しない方がいい」と軽く説教されたりした。

その後は、例によってギルドの飲食部で、岩塩の利いた昔風のポークビーンズを再現してみせることになった。

ハッサクさんや他のギルドの職員も興味津々の様子だ。

材料はカットして軽く下茹でした岩塩漬けの塩豚、大豆、玉葱、胡椒、ローリエ、唐辛子、水。だけだった。

シンプルな料理だ。俺は圧力鍋で時短もした。そして出来上がった段で、誰かが「絶対合う」バゲットを持ってきたりもした。


「お~っ!!」


「無駄が無い!」


「ちゃんとした刑務所のメシみたいだ!」


「例えが悪いっ」


ギルド職員はワイワイしだしたが、


「どうぞ」


試食となった。


「素朴~」


「唐辛子はほんと気持ちだけ、って感じ」


「好きな味だっ」


中々好評。


「ザルテジンスの塩豚、名産になるんじゃないですかね?」


ハッサクさんに言ってみた。これは忘れられて欲しくないな。現地ではポークビーンズに関してはちょっと風化しつつあった。


「お? マジヒコ君が商品開発の人みたいなこと言ってる」


「思っただけですよ」


混ぜっ返されたのでちょっとムッとした俺は薄切りのバゲットで掬うようにして昔風のポークビーンズを口にいれた。

余計な飾りが無い味だ。風の中にあるようなザルテジンス郷の景色の良い墓を思い出した。

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