開拓村の茸のドリア
俺はマジヒコ・ブックメイス。人間族、17歳、男、レベル11の魔術師だ。特別な力は無い。
強いて言えば地図を見るのと釣りと料理が多少は得意、ってくらいか?
実家は魔法道具屋だが、兄貴が店を継いだからなんとなく冒険者ギルドで仕事してる。
体力普通で、座学と魔法がそこそこ得意だから気がつくとこんな感じだったぜ・・
そんな俺は今日、とある田舎の森にいた。
『彼らはこの森で鹿等を取りたいと言っている』
ゴブリン語でゴブリン達を連れたゴブリンリーダーの男に話し掛ける。
『ダメだ。この森は狩りをし易いように、他のモンスターを排除して、計画的に俺達が鹿等を狩っている。余分に狩っていい鹿等は無い。殺されたくなかったら村に引き込もって〇〇〇を✕✕✕でもしてろっ!』
憤慨してすんごいこと言いだすゴブリンリーダー。
「ゴブリン達はなんて言ってるっ」
開拓者のリーダーの男が食い気味に聞いてくる。
「ここは自分達が手を掛けて管理してるからダメだ。だけど話し合う用意はあるよ? とのことです」
俺は、茸のドリアが意外と美味いという噂の田舎の開拓村にたまたま来ていたのだが、そこでうっかりゴブリン語がわかるばっかりに通訳に引っ張り出されていた。
「予定より移住希望者や産まれる子供が多くて冬の食料が足りない。鹿等を売ってくれないか? と聞いてくれっ。ダメなら退治してもいいんだがなっ」
『・・話し合おうじゃないか、鹿等を買い取る用意がある、または他に狩り場の当てはないか? 教えてほしい。と言っている』
『俺達も冬の食料はカツカツだ。鹿等は売らない。この辺りでどうしても食料がほしいなら西の洞窟のスライムでも狩って腐ったゼリー肉でも喰ってろ! この〇〇〇な✕✕✕の人間どもめっ』
えーと、俺、開拓村の人間じゃないし、帰っていいかな? 辛くなってきたんどけど?
「マジヒコ君! 相手はなんと言ってきてるっ」
「あ~・・そうですね。ニュアンスが難しいですね。ローカルなアクセントもありますから」
考えろ。考えろ俺っ。この辺りは元々ゴブリン達のテリトリーだ。ゴブリン族のコミュニティが3つもある!
「・・西の洞窟にスライムが群生しているそうです。冒険者ギルドも把握はしていますね。浅い領域は概ねスライムが出る以外はどうってことないです」
「倒したスライムの腐ったゼリー肉なんて食えるかっ」
「いやいやっ、じゃなくて。スライムを倒すとそこそこの確率でスライムグミとか、たまに属性の石を落とすんで、それを集めて人間達同士の商売や物々交換で食料を得たらと勧めてるみたいですよ?」
「・・なるほど。鹿等を狩るのもスライムを狩るのも大差無いか」
そんなことないと思うが? それでも開拓者のリーダーは納得したようでゴブリン達との話し合いは一先ず上手くいった。
木をそのまま組んだだけの簡素な家が並ぶ開拓村に戻ると、開拓村に出資している商人のヤゴチエが一軒だけある宿屋のヤゴチエ専用になっている一番大きな部屋で歓待してくれた。
と言っても件の茸のドリアのランチセットを奢ってくれてだけだったが。
一応秘書らしいハーフエルフの女性も控えてはいたが、ぽってり太った商人のオジサンとランチってのも微妙なところだ。
「いやぁっ、助かったよ! マジヒコ君っ。この開拓村は出資はしてみたものの思った程金にならなくてねっ。名物は近くで取れる茸のドリアくらいのもんだよ。まぁこんな田舎にわざわざ食べに来るような物好きはあまりいないようだけどね! はははっ」
「そッスね・・」
物好き、ここにいるぜっ。まぁ別の仕事で近くに来たついでだけどさ。
「しかし、魔術師である必要はないですが、通訳は1人くらい置いといた方がいいんじゃないですか?」
茸のドリア、美味いことは美味いが、これ、材料とレシピがあれば自分で作れるヤツだな。
「まぁね。ただ、ここだけの話し、私はここの権利を別の商人に売って引き上げようと思っててね! 損切りってヤツだよっ。はははっ」
「そッスか・・」
この開拓村、開拓計画破綻気味だから心配ではあるな。拠点にしているネーブル町のギルドに寄ったら現状のレポート提出しといてやろう。
「大体、田舎に移住したら上手くいく、っていう安易な発想自体、どうかと思うんだよ? ゴブリン族とはいえ現地住人もいるのに」
ヤゴチエは飽きてるらしい茸のドリアの食事もそこそこに火燐マッチを擦ってパイプ煙草に火を付けようとしたが、湿っているらしく上手く点かなかった。
ギルドの資料によるとコイツが言い出しっぺな気はしたが、最初からある程度村が発達したら権利を売り抜けるつもりだったのかもしれないな。と思いつつ、
「エル」
俺は抑制した火炎魔法でヤゴチエのパイプ煙草に火を点けてやった。
ハーフエルフの秘書が無言で部屋の窓を開けて網戸をピシャッと締めた。
この人、煙草嫌いなんだろう・・
「おっ、ありがとう、マジヒコ君。そう言えば君は魔術師だったね」
「ですよ。湿った火燐マッチよりかは上手く火を起こせますよ?」
「大したもんだっ、はははっ」
俺も合わせて、ヘラヘラ笑っておいた。無名の初級魔術師なんてこんなもんだ。
5日後、魔除けの効いた野営地をいくつか経由してネーブルの町に着いた。
俺は公衆浴場に寄ってから洗濯屋に仕事着のローブ等を預け、私服でネーブルの冒険者ギルドに開拓村のレポートを提出したんだが、ギルドの事務員の女性、ハッサクさんに驚かれた。
「え? なんか誤記載ありました?」
「この開拓村、一昨日滅びたようですよ? ゴブリンと抗争になって!」
「抗争? なんで??」
スライムの素材収集、やっぱマズかったか?? 俺のせい???
「出資者だったヤゴチエ氏が権利を売った相手の筋が悪くて、すぐ近くのゴブリン達を一掃して財宝や農地や狩り場なんかを奪えっ、て村の男達をけしかけちゃったみたいで、その後はもう、襲われたゴブリン達とは別のコミュニティからも増援がきちゃって・・」
「あちゃ~」
短絡的過ぎる!
「今回の件は完全に人間側の侵略なんで、管轄の領主とギルドも調停に入って不問になったけど、特に男性の入植者はほぼ壊滅だったみたい」
「あ~・・その権利者は?」
「それもややこしいから不問。開拓村の残った資産はその権利者とゴブリンと領主の三者で山分けになったんだって! 山賊だよっ」
義憤に駆られてるらしいハッサクさん。
「・・・わかりました。残念でしたね」
俺じゃなんともならない。教訓としては、まともな法治が無い上にトラブル含みの権利が絡んだようなややこしい件に、俺みたいなモブが下手に絡むべきじゃない、ってことか。
後は・・
その日の午後、ネーブルのギルドの飲食部のキッチンで、俺は食べた記憶を頼りに開拓村の茸のドリアを再現してみせた。
「お~、これが!」
「微妙に有名だったよねっ」
「2度と食べられなくなったと思ったけど・・」
ハッサクさんを含む、この街のギルド職員達は珍しがった。
「レシピは正確じゃないかもしれないが、俺の奢り!」
「じゃ、頂きまーす!」
「あっ、実家の御馳走みたいな感じ!」
「好きな味だっ」
「マジヒコ君、ちょいちょいギルドに料理のレシピ拾ってくるよね?」
ニヤニヤしているハッサクさん。
「別に料理好きでもないんですけどね」
「何、そのスタンス~」
ハッサクさん以外のギルド職員にも笑われてしまったが、それっきりになってしまったレシピを残すのはわりと好きだ。
今回は、供養、というか、モブなりにもうちょい上手くやれなかったかな、っていう後悔もあった。
金持ちの煙草に火を点けてご機嫌伺うくらいのモブ魔術師だがこれくらいはするさ。
匙で1口、口に運ぶと、チーズと米の向こうの、茸の旨味と、隠し味の煎った木の実風味が沁みた。