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ジョニーの屋敷を目の当たりにしたおれはしばらくとにかく広いとしか考えられなかった。敷地の広さで言えばジョージの実家ーー小さい庭と駐車場もあるたぶん普通の広さの家だがそれが50軒は建つだろうか。もちろん全容がみえないのでそこまで広くはないかも知れないし、逆に100軒くらい建つかもしれない。建物自体は西洋式のバロックだかルネサンス様式だかの感じで、大きいもので大小(小といってもデカい)3棟ある。あとは小屋のようなものがあたり散在している。ここまでは普通のメチャクチャ大金持ちの家なのだがこの屋敷を異様たらしめているのは庭で、巨大な建物を囲むように花壇に花が植えてあるのだがあとは全部畑。畑畑畑馬車の通れる広い道畑畑といった感じだ。土に鍬をいれている人も見える。奥の方には川もながれててその近くでは田んぼもやっているそうな。
呆気にとられているおれをみてジョニーはうれしそうだ。
「すごいだろう?まあいろいろ自慢したいこともあるんだが先にお茶でもしないか?準備してあるんだ。その間に食事もつくってもらおう。」
人との出会いがあるという予感だけでその日の仕事を全てキャンセルし少なくとも2時間以上の距離を馬車にのりさらにいつ帰るのかそもそもその出会いがあるのかもわからないのにお茶の準備をしていたということに気づきやはりかなりの変人だと思う。しかしバスのなかでの話ぶりからして自分の予感や直感にはすごく自信があって、特に今回に関しては根拠はないが確信があったらしい。やはり変わっている。
馬車を建物近くまで寄せるととまり、キースが戸を開けてくれてジョニーに続いておりると今度は屋敷の戸が開き女性がでてくる。ゆるくウェーブのついた長い金髪は綺麗で整った顔立ち、白いドレスがとてもにあっている。おれに一瞥くれて微笑む。綺麗だ。
「おかえりなさい。ようこそいらっしゃいました。…素敵な出会いがあったみたいね。」
その声も美しくて聞き惚れてると挨拶を忘れそうになりいけないいけないと慌てて名乗り頭をさげる。これからお世話になることも漏らさず伝える。
「こちらこそよろしくお願いいたします。アンと申します。…お茶を準備してありますの。よかったらいかがですか?」
と彼女がいうとジョニーも今しがた私も言ったところなんだよーといってそれから3人で屋敷にあがる。キースはこれから休憩らしく一緒にどうだとジョニーが声をかけていたがやんわりと断っていてありがとうと言って別れた。屋敷のなかはやっぱり広くて天井も高くて使い切れるんだろうかっていうくらい部屋がある。豪奢な階段は登らずに少し歩いたところで先頭をいくアンが足を止めそばの部屋の扉をあける。ここが応接室?のようだ。
「まあ気楽にかけてくれ」
自身も座りながら着席を促され座ると机の上にはクッキーだかビスケットだかとか猫が食べる様なサイズのケーキみたいなやつとかが準備されている。縦長の恐らく大理石的な材質の机で高級感も重厚感もすごくって100人のっても大丈夫そうだ。長辺を挟むように置かれているソファは革張りでこれまた庶民には腰かけづらい印象だ。ありがとうございますといって座るとソファの弾力はおれの尻を包み込むけど飲み込むようなことはなくってとても座り心地がいい。白を基調とした清潔感と格式の高さを感じさせる部屋で外に面している壁には大きな窓があり気持ちのいい光をとりこんでいる。他にもいろいろ家具らしきものがあるがおれに用途がわかるのは暖炉くらいだ。
素敵な屋敷ですねーなんていって話しているがおれの目線は窓に注がれる。恐らくガラス的なものだろうと思うがそれが窓に組み込まれて存在してるってことは珪砂みたいな鉱物とそれを高温度で加工するための技術と知識があって正しくとりあつかう文化もあるってことは実はそんなに文化とか文明が発達してる証拠にはならないらしいって世界史の授業で習ったが、ポイントは庶民にどのくらい普及しているかとかそのガラスの透明度とからしくておれは今回ガラスの透明度に目を奪われていた。とてもきれいでそのままの外の景色が見える。ふつうに現代のガラスみたいだ。話しながらチラッチラッ目をやってたことに当然ジョニーは気付いて、しかもさすが商人というべきかおれが窓の外ではなく窓そのものを見ていたことを理解している。
「窓のーーガラスとかの何かが変わっているかな?そんなに派手なものではないと思うが。」
おれはガラスと言ったことに驚く。ガラスは固有名詞とかじゃなかったと思うがガラスという状態の名称がもとの世界と変わらないのも不思議だと感じてあることを閃いてきいてみた。
「いえ、透明度がすごく高くてきれいだなと思っていたところです。それよりこの枠の部分は木製ですよね?」
「そうだよ。檜だったと思うけど。」
「ひのき…そうなんですね!」
もしかして1200番の言っていた『ご理解いただけるように翻訳される』というのがはたらいているのだろうか。たぶんそうだろう。ここまで特になにも感じずに会話していたがそういった部分に気づいいたことに何だか楽しくなる。ガラスを硝子ではなくガラスと呼んだことも気になるなと思っていたらアンが準備がおわったのかノックして返事をまって部屋に入る。香りからすると紅茶のようでやっぱりお茶って緑茶ではない。おれは日本人の庶民すぎる。
「いい香りですね」
と言うと良かったですーわたしの好みで選ばせてせいただきました味もお口に合うといいんですけどーといって微笑んでくれる。ジョニーもなんだか安心した様子だ。アンがカップに紅茶を注ぐ段階までいくと注ぎながらお砂糖とミルクはいかがですかーといってきておれは断りながら翻訳の力を確信する。砂糖って言葉もそうだし何よりおれは牛乳のことをミルクっていわないけどコーヒーとかに入れるやつはなんとなくミルクって呼んでしまうタチでおそらくそれが反映されているのだろう。きっとこの飲み物の名前も紅茶だ。
促されて紅茶を飲むと鼻を抜ける葉っぱの香りも素敵だし味も美味しくって舌の奥で感じる全然いやじゃ無い渋みとか美味しい紅茶だなって思うが、なにより何もはいっていないお腹にあたたかくてやわらかい液体がつるんと入っていくのが気持ちよくてその温度で胃の形が分かりそうな気がするのがなんといっても気持ちよい。
「おいしい…です…」
ほっこりとこぼした言葉にジョニーが口を開く。
「よかったよかった。私は紅茶を飲むときはこれしか飲まなくてね。気に入ってくれて嬉しいよ。このお菓子たちも食べてやってくれ。アンを含めたこの屋敷で働く者皆でつくったんだ。味は保証しよう。」
もしかして今日出会う予定だった友人のためだろうか。
「いやですわ旦那様。お口にあうか様子をみてからお伝えしようとおもっていたのに。」
少し照れたような顔も可憐だ…。
「いやなに。ジョージに気を遣わせてしまうとかいう心配は無用だ。わたしはこれらが美味しいことを知っているからね。」
じゃあいただいてみますねウフフといって1番無難そうなクッキーを食べてみるとうまい。紅茶に負けず小麦の香りがしっかり通って焼き加減も最高だ。ゴクリと飲み込んでやや口内の余韻を楽しんでからそこに紅茶を流し込む。
「めちゃくちゃおいしいです。こんなにおいしいもの食べたことがありません。」
「それは夜食がもっと楽しみになるな。同じものを美味しく食べれるというのは幸せだね。」
と言いながらジョニーも紅茶を飲んで部屋の入り口近くで控えていたアンに声をかけて隣に座らせていっしょに話す。そういえばと2人の関係が気になって聞いてみた。
「アンは使用人のひとりだよ。私のことを慕ってくれていてここで働いてもらっているんだ。」
「はい。ここで働くものは皆、旦那様をお慕い申し上げております。」
ジョニーの言葉に素敵な職場だなーと思っていたらアンの言葉ともに彼に送った熱っぽい視線にすべてを悟る。おれは脈ナシのようだ。
馬車の中でもジョニーとは散々話したが今度はアンを交えて屋敷のことや屋敷ではたらく人たちのことなど、話題は尽きなかった。
ちなみにジョニーは使用人からモテモテのようだ。