③
太陽ーー異世界でも太陽と呼んでいいのだろうかーーが正中し、今が昼ごろなんだなと認識する。道が整備されているからか上等な馬車だからなのか現代日本人の自分でも乗り心地の悪さは感じなかった。間違いなく自分より上の立場の人間と馬車の中ふたりきりで緊張するかもなどと考えたが杞憂でジョニーは砕けた、というかそんなに堅苦しくない態度や喋り方で、相手が聞きたいこと、自分が聞きたいことも豊富にあり、会話が途切れることはなかった。
馬車に乗り込み開口一番に
「実は今日はすばらしい出会いがある予感がしてね。予定を丸一日遅らせて今日はその出会いがあるまで馬車を走らせると決めていたんだよ。こんなに早く会えてとても嬉しいよ。私の予感は当たるんだ。」
驚きながらもあいづちを打つおれに問いかける。
「私の予感通りジョージ君と出会えたし、さらに同じ馬車に乗った。もう私たちは友達だよ。だから私のことはジョニーと呼び捨ててくれて構わないし、私も君のことをジョージと呼ばせてもらってもいいかね?」
距離の詰め方はエグいが変なところはちゃんとしている。そういえば御者ーー使用人だったが彼がキースとしか名乗らなかったためおれもジョージとのみ名乗ったのだが、苗字(家名?)はこの世界では一般庶民にもあるものなのだろうか。それとも上流階級みたいな一族にしかないのだろうか。どうでもいいが。
「もちろんです、ジョニーさん。よろしくお願いします。」
と笑みを返すといたく嬉しそうにそれじゃあジョージのこといろいろ教えてもらおうかな聞きたいことがあったらなんでも答えるよーと言ってくれておれは考える。
どこまでどう言ったらいいものだろうか。おそらくジョニーはありのまま今起こったことを話すぜといって話しても信じてくれるだろうが、おそらくおれのケースは一般的にはありえないことだろうし易々と話してしまってもいいものなのだろうか。しかし嘘をつくとか変な脚色をして話して後でボロがでて不審感のようなものを抱かれるのも困る。うーんと首を360度傾けて考えているとジョニーは優しくて話しにくいとか話したくないこととかがあったら言う言わないはジョージに任せるよそのかわりに分からない部分を私が妄想してしまうことは許してほしいと笑ってくれる。ジョニーは変人だが優しい。だから思い切ってせめて嘘のないように話そう。伏せたほうがいいかもしれない内容は言うまい。そう思って口を開くと簡単な言葉しかでてこなかった。
「実は今の私は本当に何もない状態で今いるここの国のことやこの社会のこと、文化のこと、常識的な一般通念に至るまで本当に分からないのです。金銭ももっていないし宿もないし頼れる人もなく、ただこれからこの世界で生きていきたいので…困りすぎて困っているんです。」
自分の表現力のなさに呆れてしまう。コミュニケーション能力ってやつが足りないんだなと痛感させられる。
「すると君は…いやよそう。…そうだな、じゃあしばらく君の生活は私が面倒をみるよ。宿も食べ物も服も手配しよう。ある程度のお金も定期的に渡すからそれでしばらく生活してみて、ゆっくり周りのことを知っていくといいよ。どうだい?」
ジョニーは優しすぎておれは心配になる。ここまで初対面の訳の分からない男を目にかけてくれて心配してくて普通なら裏がありそうだとか思ってしまうのだろうが、ここまでの彼の変わりものっぷりからするに100%の善意だろう。おれが恐れているのはおれ自身には彼が思ってるような価値はなくって、またおれからジョニーに対してなにも返すことができないんじゃないかということでまた考えすぎてしまい口ごもっていると
「遠慮する必要はないよ。君は友人だ。だから私は君の世話を焼くし、それを君がありがたいと感じてくれるだけで嬉しい。特別な見返りを求めたりはしないが、君がなにかを私に返そうとおもってくれるのも嬉しいが、それも慌てる必要はないだろう?私の友達でいてくれることが1番私にとっては嬉しいことなんだ。」
続けて
「ここまで君の様子をみてたぶん君が誠意のある人なんだろうと感じたし、そんなジョージとわたしが仲良くしたいと思っている。それで十分じゃないか?たぶん君は先のこととか現状のこととか重く考えすぎているんじゃないかな。どうせ泊まる宿もないんだったら今日だけウチに泊まるつもりで来てくれるといい。それがずっと続くだけさ」
そうだ。やっぱりおれは考えすぎていてそれを前進しない言い訳にしているのだ。寄る辺がないのだから目先の好意にすがればいいしそのあとのことはそのとき考えればいいのだ。まずはこの世界で生きこの世界のことを知らなくては。ジョニーの目を見据える。
「ご厚意痛みいります。それに甘えさせていただいてよろしいでしょうか。それから…しばらく貴方のお世話になりたいと考えています。どうかよろしくお願いいたします。」
ずるずるとなし崩しのように甘えるのとキッチリ甘えるのとでは違うとおれは考えていてそれに従って行動する。この変わりものの優しい友人に対しては精一杯のおれを見せないといけないだろう。
「もちろんだ。こちらこそよろしく頼むよ。それからその堅苦しい話し方もやめてほしい。私たちは友達なのだから」
ニコリと笑って手を差し出してくれておれはその手を握り返す。ほぼ反射のように握手をしたがこの世界でも友好の証的な意味あいのある行為のようでよかった。
「幸い私は金には困っていなくてね。ちょっとした商会をやっているのだがーーー」
とそこからはちょっとしたこの世界のこととジョニーのこと、おれには非常に価値のある世間話のようなものを続けた。
時計がないので正確にはわからないが、2時間は経過しただろうか。そのころにジョニーの屋敷に到着した。
「でっか…」
屋敷の様も異様そのものではあったが、やはりその広大さには言葉を失うのみだった。