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Day-1、部屋とお土産


「はい。 ここがあなたのお部屋よ」


「あ、ありがとうございます」


イギリス──スミスティー宅にホームステイする間、僕が寝泊まりする部屋だと案内されたのは、3階の奥にある一室だった。

フミエさんからは「狭くて汚い部屋だけど、ごめんね」と言われたけど、日本の──うさぎ小屋とも言われいる小さな自室と比較してみれば、充分な広さであった。


「凄い……」


緑色のカーテンに、差し込む上下に分かれた白い光。

高級そうなベットと大きな木の机。

部屋の広さだけでも、僕の部屋の倍以上はある。

にも関わらず、窓から見える光景、部屋の明るさ、そして置いてある家具と、この部屋にある全てが僕の部屋を上回っていた。


「あの……」


「何かしら?」


「僕、今日からずっとここに住んで良いですか?」


僕の何気ない言葉がツボに入ったのか、フミエさんは大笑いした。

でも、意外に真面目な話、もし住めるならこんな部屋に住んでみたい。

僕はそんな事を考えていると、フミエさんは「そうね……」とある提案をした。


「じゃあ、晃介君がキャシーちゃんのフィアンセになるなら考えても良いわよ」


「フィアンセ……」


何を言ってるんだ?

フィアンセ→婚約者

単語の意味は知っているが、僕は理解が出来なかった。

フミエさんはそんな僕を見て、追い討ちをかけるように告げる。


「もし、フィアンセじゃなくて、お婿さんになるなら永久に使って良いわよ?」


「えっと……すごいですね」


僕の謎めいた返答に、フミエさんはもう一度大笑いした。

彼女は「ごめんごめん」と謝りながら、一つくしゃみをする。

その姿は今頃日本でせんべいを食べているだろう人物とよく似ていた。


「それにしても、本当に友人なんですね」


「友人って……咲ちゃんの事?」


まだ笑いが止まらないのか、声が若干震えている。


「はい……」


咲ちゃんとは母さんのことだ。

母さんからは親友の家に泊まらせると聞いた時は、「母さんなんかに親友がいるのか?」って、思ったけど……。


今のフミエさんはいつもの母さんにそっくりであった。

それこそ、僕が「確かに馬が合いそうだな」と思うくらいに。


「まあ、長い付き合いだからね」


母さんから聞いた話では、2人は大学生の同級生だったらしい。

その後、母さんは育児の為に日本に留まり、フミエさんは研究の為にイギリスに飛び立った。

別れた2人だが、今もこうして時々連絡を取り合ったりしている。

今回、僕がイギリスに行けたのも、母さんとフミエさんとの仲の良さだったからだろう。


「とにかく、何かあったらすぐに教えてね」


「ありがとうございます」


フミエさんは「じゃあ」とリビングに戻ろうとしたが、その足は数歩進んだ所で止まった。


「そうそう」と再び僕の元に向かってくるホストマザー。

一体、何の用だろうか。


「貴方って英語の勉強をする訳でここに来たじゃない?」


「はい」


ついつい忘れてしまいそうだが、その通りである。

英語学習。

そして、それを訊いてきたという事は──。


「英語中心の生活ですよね?」


やはり1ヶ月で上達する為には、英語オンリーの生活になるしかないのだろう。

無理矢理英語だけを使用して、技能を向上させる。

果たして、それで上手くいくのだろうか。

不安でしかなかった。


「それについてなんだけど……私達とのコミュニケーションも簡単な英語にした方が良い? それとも、このまま日本語で続ける?」


──私達はどちらでも良いわよ。

と後付けするフミエさん。


「……少しだけ考えさせてください」


すぐには決められない。

本当なら、迷わず「日本語でお願いします」と言いたい。

異国の地で、わざわざ母国が使える場所がある。

なぜ、自らの手でそれを失われなければならないのか。

そんな考えを浮かべて。


でも、それだとダメな気がする。

結局、それはただの甘えだ。

ここに来て日本語を使うなら、わざわざイギリスに来る必要がない。

だけど、まだ日常生活を全て英語にするのには少し躊躇する。


だから、時間が欲しい。

少しだけでも良い。

英語の渦に入っていく為の準備期間を。


「……考えるの?」


僕の返答が面白かったのか。

クスクスと笑うフミエさん。


「でも、良かった」


──ここで日本語にしてなんて言われたら、“少し”距離を空けてたから。


「……」


どのくらいの『少し』だろうか。

いつもとは変わらないフミエさん。

だけど、なんと言えば良いのだろうか。

一瞬だけ、別人ような気がした。


「じゃあ、明日に返事を聞いて良い?」


「はい」


フミエさんは僕の答えを予測してしたのか、いつもの笑みを浮かべると、「じゃあ、改めてよろしくね?」と手を差し出した。


「よろしくお願いします」


「あと、ちなみにだけど……」


「はい?」


まだ、何か言い忘れたことがあるのかな?

耳を傾け、続きの言葉を待つ。

しかし、掛けられた言葉は予想外のものだった。


「隣の部屋はキャシーちゃんだからね?」


「……はい?」


ん?

さっきの真面目な空気は何処へ行ったのだろうか。

何かを企むようなニヤけた笑みを浮かべているフミエさん。

その姿はまるで小悪魔みたいだ。


「もし良かったら、襲っちゃても良いのよ?」


「……」


不純異性交友。

学校でも禁止とは名言されていないけど、白い目で見られる。

そんな不良な行為を親が認めるって……。


やっぱり文化の違いなのかな?

イギリスではなんと呼ばれているのだろうか。

意外と許させれそうな気がする。


それはともかく、あのスミスティさんが聞いたら、間違いなくまずい単語だ。

やばいと言うレベルではない。


「キャシーちゃん? 隣室のよしみで晃介君と仲良くしてね?」


「……」


言っちゃった。

鎮まりかえる廊下。


ガチャリ……。

部屋の扉が不気味な音を立ててゆっくりと開く。


何だろう。

ホラー映画を見ているような気分だ。


「……ママ?」


部屋から出て来たスミスティーさん。

静かな顔だが、そのおでこには青筋が立っている。


「……」


間違いなく怒っていらっしゃる。


ここに居たら僕まで被害を受けてしまうだろう。

だとしたら、取るべき行動はたった1つ。


「あはは」と苦笑い。

そして逃げるように「失礼します」と扉を閉めた。

その後、扉の奥からはフミエさんとスミスティーさんのやりとりが聞こえてきたが、僕は何も聞いていない。

叫び声のようなものが聞こえて来たが、僕は何も聞いていない。


「まあ、いろいろとやっていくか」


母娘のバトルを

部屋の隅っこに置いてあったキャリーバックを取り寄せる。


「これは重いわけだ……」


生活用品、本、充電器、宿題。

キャリーバックに入れていた物を次々と取り出す。


どのくらいの時間が経っただろうか。

取り出すだけでもそれなりの時が過ぎた気がする。


「これで最後かな……」


バックの底に見えたのは2つの紙袋だった。


「何これ?」


2つの紙袋。

片方は軽いが、もう片方は何が入っているんだろうか。

とても重い。


「あっ、お土産か」


──すっかり忘れていた。

日本からのお土産。

これからお世話になる為の感謝の意。

ちらりと紙袋を覗いてみると、そこにはそれぞれの紙が入っていた。

片方──軽い方には『フミエ用』と書かれた手紙が、もう片方には『キャシーちゃんへ』と書かれてある。


「渡さないとな……」


──はっきり言うとめんどくさい。

だけど、ここで渡さないで明日になるともっと面倒な事になる。


「持ってくか……」


重いけど、仕方ない。

両手に紙袋を持ち、部屋を後にする。

そんな時だった──。


「あっ……」


たまたま部屋から出て来たスミスティーさんと遭遇してしまった。


「……何?」


不機嫌だ……。

それもそっか。

さっきフミエさんと激しいバトルをしていたし。


「……」


どうしよう。

そのままやり過ごすか。


小さく一礼。

そして階段を降りようとするが、それは叶わなかった。


「止まりなさい」


「はい」


まるでプログラムされているかのように、体が勝手に動く。


「それは?」


「あっ……これは日本からのお土産。 僕のお母さんがフミエさんに渡せって……」


僕はそう言って両手を差し出す。


「……」


無言でジッと見つめるスミスティーさん。

なんと言えば良いのだろうか。

まるで何かを見定めているような視線だ。


「……私のは、これね?」


「えっ、はい」


──そうです。

ゆっくりと左手を伸せば、スミスティーさんは静かに受け取った。


「重いのね」


そんな感想を口にしているが、表情はいつも通り。

全く重くなさそうだ。


「おやすみなさい──」


「あっ、はい」


静かに告げ、部屋に戻るスミスティーさん。

扉が閉まる時、何かを言っていたような気がしたが、何も聞こえなかった。


「……」


長い息を吐き、リビングに向かう。


「……軽い」


物理的か、精神的かは分からない。

ただ、檻から解放された鳥のような感覚で僕は階段を駆け降りた。



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