Day-1、ヨーク
ヨーク駅。
キングスクロス駅とエディンバラ駅の中間にある古い駅。
ヨーク市内中心部の南西に設立されたこの駅は、隣にイギリス国立鉄道博物館。
少し歩けば、ヨーク大聖堂など多くの観光スポットなどがある。
まさにヨークの玄関口とも言える場所だ。
「ここまで来て、空港みたいなことはしないでよ?」
「やらないよ……たぶん」
僕の言葉に目を細めるスミスティーさん。
半眼とも言うべきか、じっとりと見つめていた彼女は1つため息。
「置いてくわよ?」と告げると、そのまま真っ直ぐ進んでいった。
「あっ、待ってよ」
少女に続くように階段を登る。
階段の途中には大きな時計があった。
イギリスさを感じるローマ数字。
時刻は16時を指していた。
階段を登り、歩道橋みたいな場所に到着。
駅のプラットフォームはこの橋で繋がっているみたいで、眼下には大きく曲がっているのが独特的なプラットホームを見ることが出来た。
「こっちよ」
着いてきて、と言わんばかりにどんどん進んでいくスミスティーさん。
彼女自身はもう見慣れているからだろうが、僕はこの駅で降りたのは初めて。
しかも、キングスクロスとは違い、時間にはかなりの余裕がある。
出来るなら、もう少しゆっくりしたいなと思った。
「今日から1ヶ月もいるのでしょう? いつでも来れるわ」
全て見通されていたのか。
スミスティーさんは少しだけ口角を上げいた。
「そうだね」
ヨーク駅の駅は19世紀末に建てられた歴史的な建造物だ。
駅には自動改札口が無く、駅員がいるだけ。
僕たちは『welcome』と書かれた扉をくぐり、建物を後にした。
駅を出た先にあったのは、大きなバスステーションだった。
何人かの観光客らしき団体がバスから降りているのが見える。
あれに乗れば、ヨーク観光が出来るのだろうか。
いつか乗ってみたいな。
「何してるの?」
そんな事を思っていると、いつか間にか、置いてきぼりにされていたみたいだ。
遠くにいるスミスティーさん。
バスを遠目に僕は少女の跡を追った。
ヨーク。
イングランド北部──ノース・ヨークシャーに位置する街。
人口は20万人程度で、面積はおおよそ270キロ平方メートル。
その歴史は長く紀元前7000年から人が住んでいたとか。
少なくとも古代ローマ時代には都市として機能しており、それ以降長く歴史の舞台になったとか。
まさにイギリスの古都とも言える。
街には多くの歴史的遺産が残されていると言われているが、まさにその通り。
街に出た直後、僕はすぐにその文化遺産を見ることが出来た。
城壁だ。
遠くまで、ずらりと伸びている。
街を取り囲むように築かれたこの城壁は1000年前に築かれたと聞いたが、今でもこうして残っているなんて。
「一応紹介するけど、ここが私が住んでいる街、ヨークよ」
スミスティーさんの説明を聞きながら、家を目指していく。
その説明はとてもわかりやすく、自分で調べた情報の何倍以上の知識を与えてくれた。
「何というか……日本の京都みたいな所だね」
「京都? ああ、日本の都市ことね」
「うん」
──いつかは行ってみたいわ。
そんな彼女の呟きを聞いて、僕たちはウーズ川と言う川(彼女が説明してくれた)を越え、街の中心部へと向かっていく。
歴史が古い建造物がいくつも立っており、しばらく歩いていると、右前の方に教会が見えた。
おそらく、あれがヨーク・ミンスターだろう。
この街のシンボルである巨大な教会。
確か北ヨーロッパ最大の寺院と言われており、その歴史も1000年以上とか。
まるでお城みたいだった。
「明日からはゆっくりと観光できるから、少し急ぐわよ」
「うん」
空を見てみれば、若干オレンジ色に染まってきている。
正面にある教会のような建物を左に曲がると、そこにはさまざまな色の建物がずっしりと立ち並んでいた。
石レンガの道。
建物にはローマ数字で書かれた時計や畑が見える。
そしてコンクリートの道路は無く、歩道と車道を黄色い線で分けている。
日本では滅多に見ることがない光景。
まさに『イギリスの住宅街』だ。
「来て」
テレビやタブレットの画面でしか見ることが出来なかった光景。
それが実際に目の前にある。
その事実に一種の感動を覚えてしまうが、現実は無情。
僕を置いて、少女は先に進んでいった。
残念、無念、また来週。
そんなフレーズが何処かから流れてくる。
いや、おそらく明日には来るのだろう。
「また来る……」
どこかのロボットのようなセリフを呟き、急いで彼女の後を思った。
これからしばらくは一緒に住むんだ。
心証を下げる訳にはいかない。
坂を登り、十字路を右折。
「ここよ」と足が止まったのは、それから数分経った後だった。
駅を出てから約十分、僕たちはようやく最終目的である彼女のホストファミリーの家に到着したらしい。
日本を出てから、一体どれくらいの時間が経っただろうか。
時差があるから正確には分からないが、僕の体内時計ではざっと20時間は経ってきた気がする。
とにかく長かった。
しかし、彼女が指す家を見て僕は怪訝に感じた。
「この家?」
「ええ」
白を基調とした3階建ての建物。
隣にある家と同じように屋根は鬼の角のようになっており、左側には煙突がある。
だけど、両隣りの家とは違い、目の前にあるのはガラスと白い文字だった。
その奥には多くの花が見える。
「花屋に見えるけど……」
「家が花屋を経営しているのよ。 入って」
鍵は掛かったいなかったようだ。
ガチャリと店の扉を開けば、ドアの上の付いていた鈴がリンと鳴った。
「早く来なさい」
「お、お邪魔します……」
店の奥に進んでいくスミスティーさん。
僕もその後を追うが、会計を超えた先でストップの声が掛かった。
「良い? 私が良いって言うまで、そこにいて」
「それは分かったけど……どうして?」
「良いから」
──それとも入れさせないわよ?
キリッと鋭い視線を向けるスミスティーさん、
それが冗談だとは分かってるいるものの、その脅しに身震いしてしまう。
「分かったよ」
「初めからそう答えれば良いのよ」
「……」
階段を登り、コンコンとノック音。
しばらくすると、ドアの向こうからもう1つの言葉が聞こえて来た。
僕には聞き取ることができないネイティブの英語だ。
声の主は彼女の母親なのだろうか?
聞こえてきた英語は、流暢な英語。
何と言っているのだろうか。
さっぱり分からない、
ただ、その声は優しさを持っている大人の声であった。
「入るわよ?」
扉の向こうから「ok」と聞こえてくる。
彼女は銀色のドアノブに手を掛けると、そのままドアを静かに開けた。
ここからだと中は見えない。
ただ、無惨にもドアは勢いよく閉まり、誰もない住宅街に取り残されてしまった。
「……」
時刻は夕方。
沈黙が僕を包む。
誰もいない花屋はシーンとしていた。
「それにしても……」
ここが今日から1ヶ月お世話になる家か。
ふと店を見渡して見れば、花屋らしく多くの花が展示されてあった。
ラベンダーにチューリップ。
アネモネに
知っていると言えば、このくらいだろうか。
もちろん、花びんに書かれてある商品名は全て英語表記だ。
「やってけるのかな……」
そんな事を思っていると、階段の先から「He's already here.Hurry up」と少女の英語も聞こえてきた。
スミスティーさんの声だろう。
イギリス人だけあって、その言葉も流暢だ。
「……」
1ヶ月である程度話せるようにする。
それが今回のイギリス留学の目的であったが、実際に生の英語を目の前で聞くと、本当に習得できるかどうか不安になってきた。
「上がってきて」と彼女からの許可が降りたのは、それから数分後の事であった。
一度部屋に戻ったのだろうか。
羽織っていた黒のフードは無く、白いワンピースの姿で再登場。
「段差は少し高いわ。 気をつけて」
「うん」
再び階段を登っていくスミスティーさん。
彼女に続くように僕も階段を登ろうと思ったが、ここで1つの問題が生じてしまった。
「……どうしよう」
キャリーバックだ。
僕はどうしようかと頭をフル回転させていると、上の方から「いつまで立っているのかしら?」と呆れたような声が聞こえてきた。
ここまで案内してくれた少女の声。
本当に上手くやっていけるかな?
不安を抱きながら、誰もない玄関で一礼して、真っ直ぐ奥へと進んだ。