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Day-1、キングス・クロス駅


ロンドン・ヒースロー空港からキングスクロス駅に行く方法は沢山ある。

地下鉄や特急などの電車だけではない。

バスにタクシーと言う手段もある。

時間が許せば、徒歩も。

でも、やっぱり1番使用されているのは電車であろうだろう。


実際、僕たちが使ったのは地下鉄であった。

ピカデリー線と言うらしい。

しかしこの地下鉄。

地下鉄にも関わらず、地上を走っていた。


ガタンゴトンと街の中を走る電車。

しばらくすると、テレビや映画でよく登場するロンドンの街並みが視界に入った。


「凄い……」


目の前に広がるロンドンの街並み。

ビッグ・ベンや、多くの観光客を乗せて走っている2階建ての赤いバス。

言わずと知れたロンドンの風物詩を見るだけで、僕はすごくワクワクした。

それも、本来の目的を忘れるほどに。


「そろそろ着くわ」


「うん」


電車に乗る事、約1時間。

キングス・クロス・セント・パンクラス駅で下車し、地上に上がれば、そこにあるのはキングスクロス駅。

イギリス最大級のターミナル駅で、1日の平均乗降者数は約200万人。

また歴史ある駅舎はイギリス建造指定1級に認定されているとか。


「こっち」


──ついて来て。

そう言って、スミスティーさんは“9”から“11”番線改札方面へと進んでいった。


「それにしても、混雑しているな……」


さすが、キングスクロス駅。

イギリスの各地方からやってきた多くの人々が、僕らの周りを行き交う。

観光客や会社員。

もしかしたら、僕のような日本人もいるかもしれない。


「少し寄り道するわよ?」


「良いけど……」


彼女はそう言うと、いきなり歩くスピードを速めた。

時間はまだあるけど、一体どこへ向かうのだろうか。


「待ってよ」


駆け足で彼女の後を追う。

しばらく歩いていると、ふと奥の方で人だかりが出来ているのが視界に入った。

まるで何かのショーでもやっているのだろうか。

1つの塊が半円になっている。


「……」


イベント?

それにしては、音楽も声も聞こえない。

有名な観光スポットでもあるのだろうか。

僕は首を傾げながら、彼女に着いていく。


人だかりの正体はすぐに分かった。

レンガの壁に『PLATFORM 9 3/4』と書かれた黒いプレートが貼ってあり、その下には壁に突き刺すようの半分だけのワゴンが設置されていた。


「ああ。 この駅だったんだ」


すっかり、忘れてた。

僕は一人で納得しながら、奥へと進んでいく。


ワゴンの周りには、平日にもかかわらず、写真撮影をする為に多くの観光客が並んでいた。

確か映画だと、壁じゃ無くてホームの柱に突っ込んで行ったよな。

僕は数年前に同級生と見た映画を思い出す。


しばらく見ていると、列が動く。

どうやら次の観光客は相当なファンらしい。


赤いマフラーを身につけた若い外国人がカートの持ち手を掴むんで、前のめりになる。

その姿は本当に、壁に吸い込まれているようだった。


「撮る?」


鞄からデジカメを取り出す少女。


「どうしよう……」


今、ここで撮るべきか。

僕は並んでいる列と、現在の時間を交互に見た。

出発時間まではまだ時間がある。

並べば、撮れるだろう。

でも──。


「今は辞めておくよ」


「良いの?」


「うん」


どうせ撮るなら、もっとゆっくりして撮りたい。

それに、おそらくここに来る時間もあるだろうし。


「そう……」


興味を無くしたのか。

デジカメを鞄の中に戻そうとする。


彼女の言葉を聞いた僕は驚いたが、それ以上に僕を心配してくれるのかな?と言う彼女なりの優しさを感じる。


──ありがとう。

そう思えば、自然と感謝の言葉が漏れていた。


「……そう」


同じ返答。

スミスティーさんは顔を俯せながら、デジカメをポーチの中に丁寧にしまう。


「折角用意してくれたのに、ごめんね」


「私はいつでも来れるから別に良いわ……じゃあ、早く行きましょう」


彼女はようやく顔を上げると、僕のキャリーバックの持ち手を掴み、逃げるように先にどんどん進んで行く。


「怒らせちゃったかな……」


あとで謝っておかないと。

何が怒られせたか知りたいけど、これ以上考えるのは辞めておこう。

有名な観光スポットを後にし、まっすぐ彼女の後を追っていく。


しばらく歩くと、そこに広がっていたのは、まさに巨大な駅であった。

アーチ型の天井はガラス張りであり、眼下に広がる歴史ある伝統的な風情を持ついくつものプラットフォーム。


「映画そっくりだ」


各プラットフォームを結ぶ橋を渡る。

劇中で主人公が特急のチケットを貰ったあの橋だ。

多くの通行人で賑わっている。

もしかしたら、この中に魔法学園に行く生徒がいるかもしれない。


「まさかね……」


僕はそんな感想を抱きながら、まっすぐ8番ホームに向かう。

エディンバラ着の列車が動き出したのは、それからまもなくだった。



***



特急に乗ること約2時間。

車内から見える景色は、綺麗な田園風景だった。

日本には滅多に見られない光景。

改めて、僕はイギリスにいることを実感することになった。


ここから目的地まではあとどのくらいなのだろうか。

地図で見た時からかなり離れているなと思っていたが、まさかここまでとは。

随分と長い旅だ。


僕は「暇つぶしに」と家でダウンロードしていた映画──世界的に有名なファンタジー小説を映画した作品をもう一度見ていたが、1作目の最後──主人公と仲間が別れてしまった所で、僕の愛用のタブレットはそのパワーを使い果たしてしまった。

無念だ。

残念としか言えない。

だけど、キミはよくやったよ。


「……」


さて次は何をしようか。

スマホは充電切れ。

タブレットも先ほど全ての電力を使い果たしてしまった。

Wi-Fi設備が整っている特急。

しかし、それを使える端末がない。

暇という文字が、僕を容赦なく襲った。


退屈。

外の景色は変わらず草原のまま。

何か話そうかなと思い、隣を見てみるが、スミスティーさんは静かに小説を読んでいた。

しかし、なんだろうか。

銀髪少女の読書姿。

その姿は辺りの風景もマッチしていて、とても神秘的に見える。

まるで1つの絵のようだ。


性格さえ、あれじゃなければな……。

ついつい、そんな事を思ってしまう。

彼女がジッーと見ている事に気付かずに。


「変なことを思ってない?」


「いやっ……」


なんで分かったの?

ちょっと怖い。

でも、ここで何も言わないのは肯定を無言の肯定だ。

僕はすぐさま続きの言葉を言った。


「何の本を読んでるのかなって……」


「……言う必要があるの?」


重い一撃。

正論すぎて何も言えなかった。


「……」


沈黙がその場を制す。

ふと視線を外に向けてみれば、ちょうど川を越えていた。


「……蝿の王よ」


「えっ、ああ……そうなんだ」


蝿の王。

名前は聞いたことがある。

確か無人島のお話だったけ?

流れ着いた少年たちが互いに争いあい、殺し合う話。

読んだことがないので、詳しい内容は知らなかった。


「面白い?」


「そうね。 下らない話をするよりかは面白いわ」


「ごめん……」


再び沈黙。

目の前の少女は既に本の世界に入っている。


暇だ。

やることが無い。


「一通り見ておくか……」


僕は少しでも良い印象を見せるために、英会話の本を開いた。

100ページくらいの本。


パラパラとページを捲る。

本が初心者向けの内容ということもあり、書かれていることも簡単だった。

英語での挨拶。

道の尋ね方。

家での会話など。

よくある日常会話のコミュニケーションのやり方が載っている。


全て覚えなくてはいけないのだろうか。

少なくとも夏休み後のテスト、そして10月にある英語の検定を合格しなくてはならないらしい。


「面倒だな……」


ため息。

しばらく本を眺めている。

そんな時だった。

目の前に座っていた彼女がいきなり立ち上がった。


一体、どうしたのだろうか。

声を掛けようとしたが、その口が開くことは無かった。


荷物を取り出したのだ。

「そろそろ着くわよ」と僕にそれを渡す。


「ああ、ありがとう」


もう着くのか。

思ったより、早かった。

そんな事を思いながら、本を閉じて、ポイッとリュックの中にしまう。


駅から家までどのくらい掛かるのだろうか。

質問しようと思い、スミスティーさんの方に視線を移す。

しかし、彼女はまだ本を読んでいた。


「……」


ギリギリまで読むつもりなのか、

ジーッと見ていると、ふと彼女の視線が上がった。


「何かしら?」とどこか呆れたような声。

「何でもないよ」と答えるが、彼女はしばらく僕の顔を見ていた。


「本当だって……」


「そう……」


興味を失ったのか。

あるいは、読書の方が優先度が高かったのか。

スミスティーさんは再び本に視線を移した。


黙って着いていけばいいや。

そう思った僕はペットボトルの水をガブ飲み。

美味しかった。


それから5分も経たない頃だろうか。

ボーッと外の風景を眺めていると、車内アナウンスが流れた。


『Will arrive soon──Thank you for using.』


「……」


おそらく車掌からのアナウンス。

何と言っているのだろうか。

僕にはさっぱり分からない。

ただ、時々聞こえる『thank you 』や『York 』と言う言葉から、そろそろ到着するだろうと言うことは予測できた。


「そろそろか……」


「そうよ」


彼女は読んでいたページにしおりを挟み、鞄にしまう。

外の風景も草原から都市に移り変わっていく。


いよいよ到着するのだろう。

アナウンスだけではあまり実感が湧かなかったが、いざ、都市を目にすると少しドキドキしてきた。


もう一度アナウンス。

席を立ち、扉の近くに移動する。


列車がゆっくりと減速する。

いよいよ駅に停車するのだろう。

ふと扉の窓に視線を向ければ、ホームには多くの観光客が集まっているのが見えた。


やがて電車が停車し、扉が開く。


「降りるわよ」


「うん」


スミスティーさんに続き、僕もプラットホームへ降りる。

電車に乗る人と降りる人で行き交うホーム。

幸いことにも、僕たちの降りた乗車口にはあまり人はいなかった。


「ここが……ヨーク駅か」


「そうよ」


イギリスにてから約3時間。

これから1ヶ月間、僕がお世話になる街ヨーク。

その入り口とも言える大きな駅ヨーク駅に僕は下車した。


いよいよ僕のイギリス生活が始まろうとしていた。

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