Day-3、日曜の朝
翌日の日曜日。
昨日約束した博物館に行く日だ。
しかし、空模様はあまり良くない。
悪いと言った方が良いだろう。
「晴れだったらな……」
朝食後、部屋に戻っていた僕は思わずそんな事を呟いてしまった。
どんよりとしていた曇り。
幸いな事に朝のニュースキャスターによれば、雨が降ることはないらしい。(和訳して貰った)
曇りが嫌なわけではない。
雨が降るよりかはマシだし日光が無いから涼しく、汗も掻かない。
温度的には楽だろう。
だけど──。
「曇りか……」
重いため息。
昨日のリンとの約束。
せっかくヨークの写真を撮るのに、空が曇りなのは少し嫌であった。
「そろそろ行くわよ」
ふと、スミスティーさんの声が聞こえてきた。
「……待って」
「まだ、考えているの?」
──時間の無駄よ。
扉の向こうから響く彼女の声。
「……」
分かっている。
スミスティーさんの言う通りだ。
文句を言ったところで何も変わらない。
天気を変えるのは神様のお仕事。
僕1人ではどうしようもない。
起きてしまった事を嘆くよりも、どうやって写真を撮るかのついて考えた方がよほどマシだろう。
頭では分かっている。
だけど文句も言いたくなるものだ。
せっかく写真を撮る約束をしたのに。
曇りだなんて。
残念だ。
だけど、どうしようもない。
「すぐに行くよ」と答え、ベットから立ち上がる。
それからスマホをポケットに突っ込み、シェルダーバックを肩に掛け、ゆっくりと扉を開けた。
「遅いわよ」
「ごめん」
廊下に立つスミスティーさん。
どのくらいの似たような服を持っているのだろうか。
服装は昨日とほとんど同じだ。
階段を降り、リビングへ。
2階の1番大きいこの部屋ではフミエさんが皿洗いをしていた。
「いってくるわ」
「いってきます」
「あら。いってらっしゃい」とフミエさんの声。
今日もハイテンションだった。
どうやったら、毎日そんな元気が湧くんだろう。
今度訊いてみようかな。
更に階段を降り、裏口から家を出る。
外に出てみれば、案の定、空はどんよりとした雲模様であった。
「場所は覚えてる?」
「一応ね」
3回も通った道だ。
それに夜にスマホのマップアプリで目を通したから、ある程度は頭の中に入ってある。
「なら、少し急ぐわよ」
そう言って早歩きになるスミスティーさん。
昨日もそうだが、外国人ってどうしてそんなに速く歩けるんだろう。
「待って」と駆け足で追いつく。
どんどん先に進む彼女と、それを必死で追いかける僕。
我ながらひどい構図だ。
もしこれがデートなら、すぐに別れ話が飛んでくるかもしれない。
ヨークに来てから3日。
ある程度は慣れてきたが、ここだけは空港から何1つ変わっていなかった。
昨日訪れたミュージアム・ガーデンズを通り過ぎ、ウーズ川を越える。
そう言えば……。
「あそこって、確か博物館が無かったけ?」
確か……ヨークシャー博物館だっけ?
昨日のスミスティーさんの説明をちゃんと聞いていたから、すぐに思い出す事ができた。
独特な建物と広場の提案が絶妙にマッチしていたのを思い出す。
綺麗な建物だったし、写真を取れば、喜ぶかな?
それに、博物館なら是非行ってみたい。
だけど、現実は残酷。
彼女は静かな声で告げた。
「今は閉館中よ」と。
「……閉館?」
「来年までお休みなの」
「そう……なんだ」
残念。
天候といい、ヨークシャー博物館と言い、今日はついていないな。
内心で不幸を嘆きながら、橋を渡る。
目的地の鉄道博物館は、この橋からそれなりに近い場所にあった。
ヨーク駅まで繋がる大通りの途中で右折。
公園のような広場の間に作られた小道を進み、橋を潜り抜ける。
それから真っ直ぐ歩けば、2つの大きな建物が見えてきた。
赤レンガで作られた2階建ての建物。
この建物こそがまさにイギリス国立鉄道博物館だ。
──国立鉄道博物館。
国が建てただけあって、まだ朝の10時だと言うのに、多くの観光客で賑わっている。
「大きいね」
「それは……国立博物館よ?」
日本にもいくつかの大きな鉄道博物館があるけど、果たしてここまで大きな博物館はあるのだろうか。
リン用に、とスマホでパシャパシャと建物の写真を撮っていると、スマホの画面にちょっと変わったものが写り込んだ。
「……あれは?」
「あれ?」
ちらっと指差す。
その先にあるのは、道の脇に停められてあった機関車の形をしたバスなような何か。
「ああ、ロード・トレインね。 この博物館とヨークミンスターの広場を往復してるのよ」
「そうなんだ」
ロード・トレイン。
列車型のバスか。
それにしても、なかなか見ることにないバスだ。
それこそ、遊園地に行けばお目にかかれるくらいの。
「面白いね」
「帰りはあれに乗って帰りましょう?」
「そうだね」
その会話を最後に、その場を後にする僕たち。
本当はもう少し写真を撮りたかったけど、いつでも撮れる時間はあるし、急がないと混んでしまう可能性もあった為、移動することになったのだ。
道を進み、小さな広場に入って行く。
この先を進めば博物館の館内だ。
「何見たい?」
「……えっ?」
「何が見たいのって訊いてるのよ」
「何って……何があるの?」
鉄道博物館なんて言ったことが無いから全然分からない、
一応、ホームページは見たけど、全部英語でまったく分からなかった。
等身大の鉄道の模型でも置いてあるのだろうか。
「任せるよ」
「そう……」
ふと、右手に暖かい感触。
何だろうと見てみれば、スミスティーさんに腕を掴められていた。
──着いてきなさい。
ぐいぐいと駆け足で進むスミスティーさん。
普段(まだ会って3日目だけど)とは大違い。
積極的というか、何というか。
ただ「待ってよ」とも言えず、僕は引っ張られるように館内へと進んでいった。