Day-2、観光②とアイス
ミュージアム・ガーデンズを出て、ウーズ川を渡たること数分。
しばらく歩いていると、昔ながらの高級感がある建物が見えてくる。
ヨーク駅だ。
駅の周囲にはかなり豪華な造りの建物があり、左側にはどこまでも続く長い城壁。
それなりの広さを持つ駅前のターミナルには、大勢の観光客が集まっていた。
「何してるの?」
そんな声が聞こえたと思えば、「えっ?」と前を見る。
だけど、目の前に少女の姿はない。
「あれ……」
──どこ行った?
ひんやりと背中が冷える。
迷子になったかもしれないという焦り。
だけど、スミスティーさんの姿がすぐに見つけられた。
奥だ。
道路を越えた先にある路上の上にポツンと立っているワンピースの少女。
その距離はかなり遠い。
周りの景色を見ていて、歩くスピードが遅くなってしまったせいだろう。
僕は走って、彼女のもとに向かった。
「迷子にならないでよ?」
少しキツめの口調。
「ごめん」と謝れば、「行くわよ」と先に進むスミスティーさん。
これじゃあ、昨日の二の舞だ。
「お店はこっちよ」
「うん」
遅れないようにしないと。
せっかくヨーク駅にやってきたのに、あんまり観光できずにその場を去る。
ターミナルを超え、大通りを真っ直ぐに進めば、坂が見えてきた。
下に行くにつれ、左側にカーブしていく坂道。
しばらく歩けば、交差点が姿を現した。
十字路になっていて、かなり大きい。
右側と真っ直ぐには住宅街があり、左側には門みたいな建物が見える。
「こっちよ」
そう言って、彼女が選んたのは右だった。
「右ね」
見慣れぬ大通りを真っ直ぐ進む。
3階建ての赤い建物がズラリと並ぶ大通り。
何台の車が行き交い、英語を話す現地の人とすれ違う。
道中、左側には教会が、右側にはホテルみたいな豪華な建物があった。
「あと、どのくらい?」
「もう少しよ」
一体、どこにあるんだろう。
近いと聞いたけど、彼女にとっての『近い』と僕にとっての『近い』は大違い。
もしかしたら、もっと歩くかもしれない。
「ん」とぶっきらぼうな返事をして、彼女の後ろを歩く。
お腹にある違和感を感じたのは、そんな時だった。
「……」
なんと言えばいいのだろうか。
まるで掃除機に吸い込まれたような感覚。
空っぽになったような感じだ。
空腹。
今にもお腹が鳴りそうだ。
かなり歩いたせいだろう。
僕はなるべく音が出ないよう手で押さえる。
しかし無惨にも、ギュルルと音は漏れてしまった。
「……」
聞こえてないだろうか。
僕はチラリとイギリス少女の顔を見る。
だけど、彼女の視線の先にあるのは、小さな建物。
どうやら気が付いていないらしい。
それから、クレセント通りと呼ばれる大きな道を渡り、真っ直ぐ進むこと約3分。
再び、十字路が見えてきた時にスミスティーさんの足は止まった。
「この店よ」と。
「ここ?」
「そうよ。 イタリア料理のレストラン」
──おすすめよ。
そう言って、微笑みを浮かべる少女。
いつもの冷たい感じは無く、可愛らしい女の子のような雰囲気だ。
イギリスには美人が多いと聞くけど、改めて実感する事が出来る。
そして、そんな美少女とこれから1ヶ月以上も一緒に住むという事も。
期待と嬉しさ、そして仲良くしたいという下心。
いろんな感情が僕の中で渦巻く。
「どうしたの?」
「いや、すごいなと思って……」
誤魔化すように店の外観を見てみる。
このイタリアのレストランは全体的に青を基調としていた。
店の名前だろうか。
テントには、英語ではない謎の言語(スミスティーさん曰くイタリア語らしい)で書かれており、その隣には”food&wine”の文字がある。
「あんまり人はいないみたいだね」
有名だから混むと聞いていたが、見た感じ混んでいるようには見えない。
「これからどんどん混むのよ」
──Let’s go inside ?
そう言って、青い扉を開け、店内に入るスミスティーさん。
僕も彼女に続くように店内に足を踏み入れた。
***
そして時は過ぎ、午後の1時。
スパゲッティを食べ終えた僕たちは、イースト・マウント・ロードと呼ばれる店の近くにあった住宅通りを歩いていた。
「どこに向かってるの?」
「行けば分かるわ」
どこまでも広がる道路。
聞いた話によれば、この先にはプレイ・パークと呼ばれる大きな公園があるらしい。
一体どういった場所なのか。
気になる所だ。
「こっち?」
「そうよ」
人がほとんどいない通りを歩く事、約5分。
住宅の間に緑に染まる木々が見えてきた。
人工的に植えられた木々。
おそらく、あそこがプレイパークという公園だろう。
公園の中にある広い芝生にはいくつかの遊具があり、隣には大きな学校の校舎が見えた。
それと何かのイベントをやっているのだろうか。
視界の端っこでは家族連れやカップルなど大勢の人で賑わっていた。
公園の中にある小さなベンチに座る僕たち。
目の前に大きな広場がある。
グラウンドといえば良いのだろうか。
さっき行ったミュージアム・ガーデンズとはまた違った形の広場だ。
そして、スミスティーさんの口が開いたのはそんな時だった。
「これからどうする予定なの?」と。
「……予定?」
「何処か行きたい場所があるの?」
続けて質問される。
「無くは無いけど……」
行きたい場所か。
ヨークって何があるんだろう。
大聖堂には行ってみたい。
だけど、ヨーク駅もまだ見てないし、その隣にある博物館も気になる。
候補が多すぎて、どれを言うべきか。
いろいろと迷う。
「たくさんあるけど……」
「例えば?」
「えっと……」
とりあえず、行きたい場所を次々と口に出してみる。
最初の方は静かに聞いていたスミスティーさんもやがて眉を顰めて言った。
「多すぎよ」と。
「そうかな」
「そうよ」
「そっか……」
もう少し厳選してから、家を出れば良かったな。
ちょっと後悔。
「……とりあえず、駅に行く?」
「あれ?」
「あそこにある列」と指す。
すると、彼女もわかったのか、思い出したかのような声を出した。
「今日ってその日だったのね」
「その日?」
「アイスクリームが売ってるのよ。 貴方もいる?」
アイスクリーム?
ビーチとかなら見たことあるけど、公園でも売ってるんだ。
シェリーの質問に、僕は「うん」と頷いた。
「そう。 じゃあ、行きましょう。 無くなるかも……」
「分かった」
席を立ち、列が出来てる方へ向かう。
公園内にあるアイスクリームの屋台。
公園に遊びに来ただろうカップルや家族連れが小さな列を作っていた。
時間にしてだいたい5分くらいだろうか。
ギリギリ両手で数えるくらいの人の量だ。
「いくらするの?」
「2ポンドで足りるわ」
「ありがとう」
財布から2枚のコインを取り出す。
12角形の硬貨だ。
外側は金色で内側は銀。
コインの表には有名そうな人物が描かれており、裏には花の絵がある。
「そろそろよ」
「あっ……」
コインに夢中になってしまっていたようだ。
順番が回ってくるみたい。
「どれにするの?」とスミスティーさん。
一緒に英語で伝えてくれるのだろうか?
そんな事を思いながら「チョコはあるの?」と質問。
返答はyesだった。
「じゃあ、チョコでお願いします」
「……次からは自分でやるのよ?」
そう言って、屋台にいるおじさんに英語で注文する彼女。
「お金」
「あっ、はい」
板の上に置く。
その直後、店員の大きな手がコインの上に被さり、それから茶色のアイスクリームが渡された。
大きなアイスクリームだ。
日本では考えられないような大きさ。
ビッグサイズと言えば良いのだろうか。
250円程度でこの大きさだ。
流石海外。
あまりにも量の多さに、僕は開いた口が閉じなかった。
「食べないの?」
ストロベリー味だろうか。
ペロペロと赤いアイスクリームを舐めている彼女。
なんと言えばいいんだろう。
いつもは深窓の令嬢みたいな雰囲気だったから、ちょっと新鮮だ。
「溶けるわよ?」
「……そうだね」
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
今は夏。
気温はかなり高い。
故に早く食べないと、手がベタついてしまう。
「いただきます」
イギリスで食べる初めてのアイスクリーム。
チョコレート味のアイスは甘くて、ちょっと冷たかった。