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Day-2、観光①


「迷わないでよ?」


──この辺は似たような場所が多いから。


例の大噴火から20分後。

僕たちはヨークの住宅街の中を歩いていた。

左右に広がるのは、某魔法学校映画の冒頭で出てきたような3階建ての住宅群。


遠くには教会の塔らしいきものがちょっとだけ見えていた。

おそらく、あそこがヨーク・ミンスターだろう。

思ったより近いな。


「それで……どこに行く予定なの?」


「何処でも良いわ」


──行きたい場所が無いなら、適当にヨーク定番の観光地を案内するけど。

ぶっきらぼうな態度で呟くスミスティーさん。

案内するって言うけど、もし彼女がバスガイドだったら、即アウトであろうな。


「どうするのか?」


「とりあえず駅に行きたいなと思う」


「ヨーク駅の事?」


「うん」


昨日は忙しくて、全然見れなかったから。

それに、駅の近くには大きな鉄道博物館があると聞く。

鉄道の知識はそんなには無いが、行ってきたと思った。


「そう……」


──ならこっちよ。

そう言って、大通りを右折するスミスティーさん。


左右を高い家に囲まれた通り。

思ったよりも人はそんなにいないが、通りに停まっている車はとても多い。

それに道中には小さなショップや小売場が開いてある。


しばらく歩いていると、右側に自然豊かな公園が見えてきた。


「こんな場所があったんだ……」


全然、気付かなかった。

昨日はスミスティーさんに着いていくことで精一杯だったから。

しかも、よく周りを見渡してみれば、近くにはミンスターへの入り口もある。


「……もっと見ておけばよかったな」


余裕がなかったとは言え、ちょっとだけ後悔した。

しかし、ここは一体どんな場所なのだろうか。

気になり、少し足を踏み入れてみる。


「ミュージアム・ガーデンズ」


この公園の名前だろうか。

スミスティーさんの言葉が聞こえて来たのは、そんな時だった。


「19世紀に作られた公園よ。 ピクニックで訪れる人が多いの。 この公園の先に進めば、教会や博物館があるわ」


「そうなんだ……」


流石、地元なだけあって詳しい。

僕は遠目で公園の中を見ていると、隣から「行く?」と声を掛けられた。


「行ってみたいけど……無料だよね?」


「……有料だったらどうするの?」


スミスティーさんの冷たい声が響いた。


「えっ?」


「有料だったら行かないの?」


「いや、そんな事ないよ!」


慌てて──そして即座に否定。

だけど、彼女の冷たい雰囲気は変わらない。


僕の発言が逆鱗に触れてしまったのだろう。


よく考えてみれば、公園が有料なわけが無い。

それにさっきの言い方だと、有料だと行かないと捉えてしまうも分からなくはない。


無料だと行くけど、お金が掛かるなら行かない、と。


いろいろと言いたいことはあるが、怒らせてしまったら、まずやることは1つ。


「ごめん」


そう言って、頭を下げる。

ここからまた一言二言と言われるのだろう。

だけど、スミスティーさんは首を横に振っていた。


「いえ……私も言い過ぎたわ」


──shall we go.

いつものドライな声。

先ほどの氷のような冷たさは消えていた。


「うん」


気を取り戻して、公園に入っていく。

入り口は左側に2階建ての塔のような建物があり、その姿はまるで城の門のようだった。


ミュージアム・ガーデンズ。

多くの人が訪れる公園と聞いたけど、一体どんな光景なのか。

わくわくとしながら、坂になった道を進んでいく。


左右に並べられている木々。

日光が葉のカーテンで遮られ、まるで自然の中を歩いているようだ。


坂道をしばらく歩いていると、右側に石で作られた塔のような物が見えてきた。

石レンガの建物だ。

壁の一部には十字の穴がある。


「あれは?」


「あれ?」


──ああ、多角塔のことね。

静かに告げるスミスティーさん。


多角塔って言うんだ。

英語だとなんて言うんだろ?

Many corner Towerとか?


意外とあってそう。

……いや、絶対に違うな。

そんなくだらない事を考えていると、スミスティーさんはボソッと呟いた。


「ローマ時代に作られた防御壁の1つよ」


「防御壁?」


何それ?

首を傾げていると、彼女は「着いてきて」と僕の手を掴んで歩き始めた。


「えっ?」


掴まれた腕。

美少女に腕を掴まれた。

本来なら、滅多にない事に喜ぶべきなんだろうけど、相手はあのスミスティーさん。

ギュッと鷲掴みにされた右腕はちょっと痛い。


「ここ」


そう言って、多角塔の目の前で立ち止まる。

ふと、視界を動かしてみれば、建物の近くに赤い文字で書かれた何かがあった。


説明文だろうか?

書かれてある言語は英語だ。


「The Multangular Tower……これで多角塔って言うんだ」


Many corner Towerじゃないんだね。

そんな事を思いながら、出来る限りで、説明文を訳してみる。


This tower formed the north west corner of the Roman.

この建物は位置していた……北西の方角に。 ローマの。

legionary ……


「レギオナリー? 何これ?」


こんな言葉あるんだ。

まったく分からん。

そう思っていると、隣から「軍団よ」と答えが聞こえてきた。


「軍団……アーミーじゃなくて?」


「日本語にも同義語があるでしょう?」


──それと同じよ。

それだけ告げると口を閉じてしまった。


「ありがとう」とお礼を言い、自分なりに翻訳を再開する。

The Roman legionary fortress of eboracum.

ローマの軍団の砦……


「エボラカム?」


「地名よ」


「そうなんだ」


It was built about 300A.D. On the site of an older and simpler tower the larger stonework at the top is medieval.


「……」


何これ?

何ヵ所かは理解できる。

だけどここまで来るとただの呪文にしか見えない。

どうしよう。

せっかく良いところまで行ったのに。


過去の自分を恨みたくなる。

英語なんて翻訳機を使えば良いと思っていた自分を。

そんな時だった──。


「……和訳するけど?」


隣から天使のような囁きが聞こえてきた。

思いがけぬ扶助。

僕は時を待たずに「お願いします」と頭を下げる。


──wait a little.


「はい」


説明文に顔を近づけるスミスティーさん。

かなり近い。

看板からも、そして僕からも。


良い匂いだな……。


いやいや、何考えているんだ。

思いっきり首を振って、不敬な思考を消し去る。

彼女の口が開いたのは、その直後だった。


「この塔はローマ軍団がエボラクムの北西の方角に位置していました。 これは紀元前300年頃の建物でより古く単純な造りの建物があった場所に建築され、

塔の上部のより大きな石の建物は中世時代に付け加えられました……これで良いかしら?」


「うん。 ありがとう」


さすがネイティブ。

考えていた3倍の速さで、それも僕よりも正確に訳す。


果たして、このくらいの英語力を1ヶ月で習得できるか?

改めて、不安に思う。

やるしかないんだけど。


「良いのよ」とそっけない返事。


「じゃあ、行きましょう?」


「うん」


多角塔から離れ、そのまま中へと進んでいく。


中心部にある公園に到着すると、そこにはたくさんの人が集まっていた。

ゆったりのした時間に中で、芝生の上で横になったり、ベンチに座って談笑したり、広場にいる動物の写真を撮ったりと。

観光客か、それとも地元の人なのかは分からない。


ただ、ここにいるみんなが僕の分からない言葉を話している。


「凄い人混みだね」


そんな言葉が漏れてしまった。


「休日だからよ」


「そうなんだ……」


休日か……。

そもそも、今日って何日だっけ?

帰ったらリンに訊いておこう。


そんな事を思いながら、広場の中を真っ直ぐ進む。

右側にポツンと立つ長い歴史を持てそうな大きな建物があった。


「あれは?」


「ヨークシャー博物館よ」


──Do you go there ?

何故か英語で告げるスミスティーさん。


それにしても博物館か。

何があるんだろう。

教会が近くにあるからキリスト系かな?


そんな事を思いながら広場の上に立っている白い建物を見る。

入り口には既に何人かの人が集まっていた。

気になる。

気になるけど──。


「明日にするよ」と僕は首を横に振った。


「……どうして?」


「全部英語でしょう? 時間がかかりそうだし、もう昼の時間だからさ。 明日、英和辞典を持ってきてから行くことにするよ」


ついでに英語ノートも。

リンに教えてもらったことは活用しないと。


「そう……じゃあ、明日もここに来るのね?」


「うん。 ごめんだけど……」


「別に良いわよ。 それよりもお腹空いたんでしょう? 近くに美味しいイタリア料理のレストランがあるけど……行ってみない?」


いつもの無愛想さは何処へ言ったのか。

この時のスミスティーさんはいつもよりもかなり口数が多かった。


「レストラン?」


「そうよ」


美味しいイタリア料理か。

ピザとかパスタは好きな食べ物の1つだ。

僕は「そこにしよう」と即答した。


「決まりね。 急ぎましょう。 あそこは直ぐに混むのよ」


「それは大変だ」


待つのはあまり好きじゃない。


「着いてきて」


そう言った彼女の足は早い。

歩いているはずなのに走っているみたいだ。


「待ってよ」と僕も小走りで彼女の後を追った。

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