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プロローグ②

 異世界転移なんて、ある意味でこの世にめちゃくちゃありふれていて、ある意味でこの世では絶対あり得ない、そんなものだろう。一昔前ほど流行ってはないにしろ、未だにライトノベルの一大ジャンルである異世界転生あるいは転移。あまりにもたくさんの作品が作られすぎて、一般の人からは「なるぜ系」などと乱暴なくくりで呼ばれるまでになったほどだ。

 しかしそれはあくまでフィクションでの話。リアル異世界転移なんて世界中のオタクが夢想し、そして一人たりとも叶えらずに諦める永遠の夢なのだ。


「いやいや、そんなラノベじゃあるまいし」


 テンプレ回答をかました優希を誰が責められよう。


「物語の登場人物は、『それが物語である』ということに気づくことってできないじゃないですかぁ。『終われない物語』って知ってます?」

「あれはたしかに面白かったけど、でもあれは、」

「ともかくですねぇ。私はお兄さんに異世界に行ってもらいたいのですよ!」

「なんでだよ。あんたは崩壊寸前の異世界の神かなんかなのか?」


 異世界転生と言えばトラック転生か神による転生が主流である。おそらく、きっと、メイビー。


「私ですかぁ? あぁそうですねぇ、自己紹介がまだでしたねぇ。私はシャルロッテ。ロッテと呼んでくださいね~。そして神ではなくてぇ、なんと、悪魔なんですよぉ」

「いや、悪魔って」


 目の前の子供はあくまで人間で、悪魔には全く見えなかった。悪魔ならば頭からは角が生えていて、背中からはコウモリのような翼が生えていて、お尻からは矢印のような尻尾が生えていなければならないだろう。

 そう思った優希は指摘する。やれやれみたいな仕草をするロッテのバカにするようなため息。


「そのアホみたいなイメージって人間が勝手に作り上げたものなんですけどねぇ? まあいいでしょう。……これでどうですか?」


 両眼を瞑ってムムムと何やら力む。

 なんということでしょう。頭からは角が、背中からは翼が、ドレスの腰のあたりからは尻尾が生えてきた。これでは目の前の女の子が悪魔だと認めざるを得ないではないか。


「まさか……本物だなんて。いや、しかし……」


 超常現象を目の当たりにして、優希は激しく動揺した。今まで信じてきた価値観を根本から揺さぶられるのだから当然かもしれなかった。


「こほん。お兄さん、そろそろ続きを話していいですか?」


 いつまでもあうあう言っている優希にそう声がかけられる。


「ああ、悪い。それで、君が仮に悪魔だったとして、その悪魔が何の目的で僕を異世界に?」

「仮に、ではなくそうなんですけどねぇ。まあいいです。これはただのお遊びなんですよぉ。なにか重大な使命でもあると勘違いしました?」


 可愛らしく頭を傾ける。


「でも残念でしたーぁ! あなたはそんな選ばれた人間じゃないですからねぇ、異世界にテキトーに飛ばされていろんな出来事に巻き込まれる様子を眺めて楽しみたいという娯楽のコマにしかなれないんですよ~」


 ロッテはまたもや愉快そうにクスクスと笑った。悪魔だと知ってから見ると、その表情は邪悪さが含まれているようにも見え……ないな、やっぱり。しかし角と翼と尻尾があるからには悪魔なのは間違いない。

 優希はため息をつく。


「残念ながらお断りだ。僕は今すぐ死にたいんだよ。これ以上みじめで辛い思いをする前に。悪いけど他を当たってくれ」

「そうですかぁ。でも縊死(いし)ってすっごく苦しいんですよぉ? 知ってますかぁ?」

「いやいや、そんなわけないじゃん。比較的簡単に苦しまず死ねるってネットに書いてあったし」

「それって本当に経験者が書いているんですかね。エアプじゃないんですかぁ?」


 ネットに書いてある自称専門家の意見なんて居酒屋の酔っ払いの愚痴程度の価値しかありませんのに、などと言っているロッテに言い返す。


「経験者が書いている方がホラーでしょうよ! というかだったらあんたは何なんだよ。悪魔なのに人間の苦しみが分かるのかよ?」

「まあそりゃぁ悪魔ですしぃ? 私、そういうの得意なんですよぉ。首吊りをした人間から伝わってくる感情って、痛みとか苦しみとか後悔とかでいっぱいなんですよねぇ。当然ですよねえ、失敗したら窒息して苦しむだけですし、成功しても首の骨を折るんですもん。苦しくないわけがないじゃないですかぁ」

「くそ……じゃあどうすれば」


 いくら死ぬ間際だからといっても優希は苦しい思いをしたくはなかった。

 世の中に存在する麻酔薬とかをうまく悪用すれば眠るように逝けるのかもしれないが、一般人には不可能な方法だ。だから自分でも出来得る手段の中で一番マシそうな首吊りを選んだのだった。


「そこでこれです」


 悪魔が手のひらを上に向けて何か念じると、光が集まってきた。そしてそれがひときわ明るく光ってから徐々に暗くなり、ついには消えたとき、そこにはコルクで栓をされた試験管のようなものが浮いていた。中では緑の液体が波打っている。


「これはですねぇ、私特性の毒薬なんですよぉ。一瓶飲み干すとグッスリと安らかな永眠にいざなわれること請け負いです」

「それをどうするつもりだ?」

「見せびらかすだけというのも悪魔みたいじゃないですかぁ。ま、私悪魔ですけどねぇ。ええ、もちろん差し上げますよ。私との契約に乗ってくれるならねぇ?」


 にたぁとした笑みがロッテの顔中に広がる。「ような」のつかない、本家本元の悪魔の笑みだ。トイレをした後でない人間ならばちびっていたかもしれない。

 契約ってのはあれだろう。さっき言っていた「異世界転移」とかいうやつだ。まあいいさ。転移後すぐに薬を飲めばいい。死体の場所が日本か異世界かの違いになるだけだ。

 そんな思考を読み取ったかのように、


「あ~、さすがにそれは勘弁してほしいですねぇ。いつでも死ねるのだから少しくらい頑張ってから死んでくださいよぉ。じゃないと手間暇かけた私の苦労が浮かばれません。どうしても無理なら、その時は止めませんけどねぇ」

「なんで考えていること分かるんだよ!」

「さっきも言ったでしょう? 私そういうの得意なんです。ま、お兄さんの場合はそれ以前に顔に出てますけどねぇ」


 ドヤ顔で勝ち誇ったような笑みを浮かべて見下してくるゴスロリ悪魔。

 くそ、むかつく。これもどうせ読まれているんだろうが。

 とりあえずそれは置いておこう。

 冷静に考えてみると、ロッテからの提案は荒唐無稽な話ではあるが、もうなんか全てがいろいろと無茶苦茶なので、一周まわって信じるしかない。だから契約とやらも、その条件によっては受けてもいいかもしれない。

 ロッテの持っている薬が本当に彼女の言う通りの効能があるなら、それは優希にとって非常に魅力的であった。


「どういう条件での異世界転移なのか、話だけは聞いてやるよ」


 そう言って近くの石の上に座った優希に対して、幼女はやれやれというように首を振った。

 膝の上にシロが乗ってきて、二人の顔を見つめてからにゃあと鳴いた。

 穏やかな風が緑の映える木々の葉をざわめかせ、ロッテの漆黒の髪の毛をなびかせた。

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