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プロローグ①

私も異世界転移してチート能力でウハウハしたいです。

でもこの主人公にチートはあげないつもりです。

「クスクス……お兄さん、そんなところで何をしているんですかぁ?」


 不意に後ろから聞こえたその声は、まるで春風に揺られる鈴の音のように軽やかに僕の耳を撫でた。

 腕の中に抱えていたシロが不思議そうに顔を上げ、にゃあと鳴いた。

 後ろを振り返ると、こんな自殺の名所として有名な山中に似つかわしくないフリル満載の中性ヨーロピアンな黒っぽい服を身にまとった少女が岩の上に腰掛けながら、薄い笑みを顔に張り付けてこちらを眺めていた。いや、少女と表現するのも不適切かもしれない。もはや幼女と言っても良いくらい、その女の子は幼く見えた。

 こんな幼い子がどうしてこのような場所に1人でいるのだろう。親と一緒ではないのだろうか。いや、仮に親と一緒だったとしても何の気休めにもならないだろう。ここは親子連れで訪れるようなまったり観光スポットではないのだ。その場合、この子に待ち受けている未来は「心」と「中」ということになるだろうから。


「きみ、は……いったい?」


 心の中の動揺を抑えきれずにかろうじてそれだけを口にすると、目の前の女の子はおかしそうにクスクスと笑った。


「お人よしなんですねぇ、お兄さん。心配しなくても私は()()()()じゃあないですよ。そんなことより」


 心を読まれたかのような返答に唖然としていると、ヒュンッという風の音がして、女の子の姿が掻き消えた。


「これ、いったい何をしようとしていたんですかぁ?」


 声の聞こえる方へ再度振り返る。すると今まで岩に座っていた女の子がいつの間にか背後へ回っており、何かを手に持って立っていた。いや、正確には立ってはいない。輪のついたロープを手にして宙に浮かんでいたのだ。

 僕は夢を見ているのだろうか。

 心の中で独りごちる。

 さすがにいろいろとおかしすぎるし非現実すぎる。こんなところに女の子がいるわけがないし、その女の子が僕に話しかけてくるはずもないし、もしも万が一の確率でそんなことがあったとしても目の前で女の子が掻き消える確率と、その女の子が自分の背後にワープして舞空術を披露する確率は間違いなくゼロだろう。

 そんなことを考えながら呆けていたのが悪かったのか。僕は無意識のうちに半歩後ずさりしており、それによってバランスが崩れ、おわぁっと間抜けな声を漏らしながら背中から激しく地面に叩きつけられた。肺の中の空気が一気に吐き出される。

 シロは華麗に宙返りをして胸の上に着地を決めた。やはりネコは高性能である。良いよなぁ。可愛いし、身体能力は高いし。

 踏み台にしていた切り株は鈍い音を立てて地面を転がっていった。


「いてて……」


 強打した箇所をさすりながら体を起こす。幸いにも地面はかなり柔らかく、服が派手に汚れこそしたものの怪我はしなかった。もっとも、怪我をしたところで今さらさしたる問題ではないが。


「そんな慌てなくてもいいじゃないですかぁ」


 女の子は心底おかしそうに喉を鳴らし、木の枝に結び付けていたロープをくいっと引っ張った。ロープは粘土製のようにいとも簡単にプチンと切れた。口があんぐりと開いてしまう。

 そんなバカな。そのロープは自分の体重にも耐えられるように考えて太いのを買ったのだ。どんな腕力をしていれば可能なんだろうか。

 目を見開く僕の前で女の子はふわりと地面に舞い降りた。それは羽毛のように静かな着地だったけれど、やはりスカートは長すぎた。すそから空気をはらんで大きくめくれ上がる。フリルが帳を下ろすまでのわずかな間、黒っぽいペチコートからすらりと伸びる、それとは対照的な白磁のような脚が露わになった。思わず目が行ってしまう。悲しいかな、男性のさがである。

 彼女は閉じていた瞼をゆるゆると上げると、


「ねえ、こんなに幼い女の子の下着を覗いて何を喜んでるんですかぁ? ほんとどうしようもないお兄さんですねぇ」


 挑発するような上目遣い。じりじりとにじり寄ってくる。女の子は未だ尻もちをついたままの僕に顔を近づけてきて囁いた。


「……へ・ん・た・い」

「おひょぁぁあああああ!」


 嫌な震えが背筋を駆け上り、奇声を上げながら後ずさりをした。シロが「なぜ置いていくし!」みたいな表情でこちらを追いかけてきて、足の間に隠れた。


「ななな、なんなんだよ、君は! 僕はロリコンじゃないし、仮にそうだとしても性犯罪者として晒上げられるのはまっぴらごめんだよ!」

「うふふ……面白い人ですねぇ」


 ゴスロリ幼女は再びクスクスと笑った。

 いったい何なんだよこの子供は!

 混乱が激しく加速する。初めはどこかの没落した元お金持ちの子供が迷子になっているのではとも思ったが、よくよく考えればこの令和の時代にいくらお金持ちだからってこんな格好で毎日を過ごしている人なんていないだろう。それに妙に落ち着き払っていて人を食ったような態度なんて見た目の幼さとはかけ離れている。彼女の顔が人形のように整っていたことも逆に不気味さを増幅させていたのかもしれない。得体のしれない目の前の女の子に、優希の恐怖は募るばかりである。


「……あらあら、少しからかいすぎましたかねぇ。いけないいけない。私はお兄さんに用があって来たんですよぉ」


 ぴんっと伸ばした人差し指を顎に当てて、かわいらしい顔をやや傾けて少し考え込んだ後に、女の子はそう言った。


「……用?」


 喉がカラカラだ。


「ねえお兄さん。さっきはコレで何をしようとしていたんですかぁ?」


 そう言って掲げたのは、さっきちぎったロープ。先端には人の頭が通るくらいの輪っかが作ってある。明らかにそのロープは首吊り用だった。


「……そ、れは」

「死ぬつもりだったんですよねぇ? この世に未練とかないんですかぁ?」

「未練、か。そりゃあ無いとは言わないけど。でもこれ以上生きていても辛いだけだから……。というかそれはこっちの事情だろう。君に僕を止める筋合いはないはずだ」

「いえいえ~。私あなたと関係ないですし。自殺を止める理由なんてありますぅ?」


 満面の笑みで否定する。本当に何なんだよ。だったらもう放っておいてくれ。


「まああと少しだけ話を聞いてくださいよぅ。用があるって言ったじゃないですかぁ」

「じゃあさっさと言いなよ。なんなんだよ」

「そんな急かさないでくださいよ~。早漏さんは嫌われますよぅ?」

「嫌ってくれる相手がそもそもいないよ! さっさと要件を言えよ!」


 いちいち癪に障る言い方をしてくる奴だ。作り物のように綺麗な顔で、鈴を転がすように甘く響く声で、男子高校生みたいな下ネタを初対面の人間相手に吐いてくる幼女とか意味が分からない。しかし彼女から聞いた話の内容は、それ以上に訳が分からない代物だった。


「しょうがないですねぇ。じゃあお兄さん、あなたが捨てようとしているその命、私に預けてくれませんか?」

「は?」


 これ以外の返答が浮かばない。100人いたら100人がそう返答するだろう。初対面にも関わらす命を預けてくれって、いったいどういうことなのか。それは自殺を止めるのと何が違うのだろうか。


「いえね、お兄さんには異世界に転移してほしいのです」


 絶句した。

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