後日談 ~お嬢様方とのお茶会~
記憶が戻ってみると風景が一辺していた。決して悪い意味ではないけども、記憶が無い時よりもザスタリスという国がどういう国か、改めて再認識した。
そう、この国は騎士の国。古典的な戦い方で、魔道士の大群や近代兵器の猛攻を耐えきった稀な国。
彼らが武器にするのは、剣に槍に盾、あとは精々超年代物の大砲とかくらいだろう。だが彼らの本懐は剣での決着。
そう、剣でだ。この国では……その剣での決着という古き悪しき伝統が根付きすぎている……っ!
「何をしているのっ! お立ちなさい! サンドラ!」
庭で剣を振るうお嬢様二人。本日は快晴、絶好のお茶日和……なのに、何故かお嬢様二人による決闘が勃発していた。ちなみに私は行儀よくテーブルで紅茶を啜っている。
「貴方はそれでもザスタリスの騎士ですか! サンドラ!」
いえ、違います。
サンドラちゃんは至って大人しい典型的な本の虫だ。私も帝国の本は読み漁ったが、ザスタリスにはまた違った方面での本が揃っている。帝国では基本的に神だの悪魔だのは、魔道の触媒程度にしか認知されていない。だがザスタリスでは、神や悪魔にドラマがある。神の子が悪魔に恋をした事で、ザスタリスの起源が語られているのだ。騎士の国なのだからもっと清廉な物語が展開されるかと思いきや……。
まあ、そんなこんなで私はザスタリスの本に興味を示した所、大書庫を管理する名家の娘……サンドラちゃんが特別に大書庫を案内してくれたのだ。そこから私と彼女の繋がりが産まれた。記憶を失ってる間の出来事だが。
「申し訳ありません……アリス様。私にこの剣は重すぎて……」
「まったく情けない! 重すぎるのは当たり前の事なのです! さあ、立ちなさい!」
んで、何故この二人が決闘するに至ったのか。それは気の強いアリスちゃんの意見に、サンドラちゃんが軽く反論した所から始まった。
『ザスタリスの騎士たる者、命を捨てる覚悟で戦場に向かうのは当然の事ですわ』
『……そうでしょうか。私は、守るべき者が故郷に居る、その事自体が力になると思います。ですから命を捨てる覚悟を、そう軽々に……』
何故にお嬢様三人のお茶会で、そんな血生臭い話になったかと言えば……私のせいだ。記憶が戻った事を二人に打ち明け、帝国においてのザスタリスの印象はどうだったのか……という話題になったのだ。そこで私は自らの手で騎士を葬った事があると懺悔を混ぜて告白。二人は多少なり私の事は聞いていたんだろう。しかし私本人からそれを聞くと、やはり驚くわけで。
そこで先程の台詞をアリスちゃんが言い放ったのだ。恐らくあの台詞は私を気遣っての事だろう。お前が殺したのは騎士だ、奴らは死ぬ覚悟で戦地に行った、だから気に病む必要はない、みたいな。
それに対し、サンドラちゃんは別の視点で私を気遣ってくれた。私にも故郷に大切な人が居る、だから死ぬわけにはいかなかった、だから騎士と戦い葬った。それは騎士も同じ事。互いに生きる為に戦っただけなのだと。
「サンドラ、立ちなさい! 貴方はそれでも……あのアンジェリス家の長女ですか!」
「……そうです。大書庫を管理する家柄の娘として、私は物事において柔軟でなければなりません。ですから私は、先程の発言を撤回する気はございません」
流石は騎士の国。まさか可愛いお嬢様までもが脳筋……いや、ここまで負けず嫌いだったとは。
しかしどうする。もうカップの紅茶は飲み干してしまった。おかわりを要求していい空気ではないし……。仕方ない、止めるか……。
私は席を立ち、もうフラフラのサンドラちゃんから長剣をそっと取り上げる。簡単に奪える程に、サンドラちゃんはもう立つのもやっとの状態。元々が大書庫を管理する家柄なのだ。戦争より情報処理専門だろう。
「シンシア様……? およしになってください! これは私の闘いです!」
「おだまり。もう紅茶が空なんだ、暇で仕方ない」
長剣は腕にずっしり来る。私とて帝国では宮廷魔導士だった。剣の類の稽古は受けている……が、それはあくまで儀礼的な扱いのみで、剣もこんなゴッツイ代物では無かった。
「シンシア……。女と女の勝負に割って入るという事は……それ相応の覚悟を持っての事でしょうね」
「男が聞いたらチビりそうな台詞は止せ。そんな重い話題にするな、少なくとも……私が戦場に出た時は命を賭けるだの故郷の家族だの、考えてる暇も無かった。私はそんな重い覚悟で戦場に立ったわけじゃない」
「……貴方、自分の言ってる事が理解できていて? それは散っていった騎士達を侮辱する発言ですわ」
「そいつらにはもう謝ったよ。竜星の学院の奴らと戦った時、私が召喚した戦船は撃ち落とされてしまった。再召喚するには時間もかかるし、したとしてもまた落されるのが目に見えてる。そんな時、私の耳に……聞こえたんだ。私が殺した騎士の声が」
「……一体、何を……」
三年前、ザスタリスを潰そうと内乱を誘発させて、その上一万の軍勢を率いた竜星の学院を私が叩き潰した。勿論生半可な戦いでは無かった。スキーズブラズニルを落とされた時、死を覚悟した。
「あそこの平原は私が子供の頃、この国の騎士と戦った所と同じ場所だ。切り札を落とされた時、私の耳に聞こえる筈もない声が聞こえてきた」
重い長剣を撫でながら、指先に滲む赤い血を眺める。切れ味のいい長剣。こんな剣でお茶会の場を決闘場にするなど、流石騎士の国。っていうか危ねえな、おい。
「その声はこの国の騎士、私が殺した騎士達の声だった。お迎えが来たのかと思ったよ。それはそれで当然の報いだと思った。自分が大した覚悟も知識も無く、葬った人間達に恨まれている事は百も承知。でも死を覚悟した時、聞こえてきた声は、そんな私の気持ちを踏みにじる物だった」
「……戦場に残っていた騎士達の霊魂? 貴方はそれを聞いたと?」
「無い話じゃない。仮説だが帝国では魂の存在は、一応ある……とされている。実際、霊魂を利用した召喚術も存在してる。古代魔法だがな」
自分の指から出た血を、そっと舐めとった。しかしそれでも、私の指先からは血は流れ出てくる。
「奴らは言った。戦わせてくれと。ザスタリスと帝国の戦争で、私を守れなかった無念を晴らしたいと」
「…………」
「帝国兵が聞いたら腹を抱えて笑うだろうが、私はあの時守られていたんだ。自分が殺した騎士達に。私が必死こいて、殺さなきゃ殺されると泣きべそかきながら走ってたのに、騎士達は私を殺す気など微塵も無かったんだ。それどころか、帝国の手から私を救おうとしてくれていた」
「……それを……貴方はどう思いますの? 騎士達を、愚かだと笑いますか?」
三年前の捻くれた性格の私だったら、愚かだと思ったかもしれない。
でもあの時、竜星の学院との戦の最中、オルビスが乱入して来た時、騎士達の気持ちが分かった気がした。
「笑わない。戦場で子供は殺さない、それを綺麗事だと断言する奴は、生ぬるい地獄しか見てない奴だ。たとえ子供が国を滅する火力の魔道を保持していても、決して殺さない、それ以外の解決策を必ず見つけるという騎士達の覚悟を、私は三年前のあの日、ようやく理解出来た」
目の前にオルビスが飛び込んできた時、何が何でも守らねばと思った。オルビスが死ねば、帝国とザスタリスは泥沼の戦争に突入していただろう。いや、そんな小難しい話より、ただ単純に……
「子供は希望そのものだ。だから私は、自分の恥も承知で、その場に居た騎士の霊魂に形を与えた。そしたら奴ら、なんて言ったと思う?」
「なんて……言いましたの?」
「……今度こそ守るのだ、我らが姫君を……。あいつらにとって、私はお姫様だったらしい」
ひとしきり語った後、アリスちゃんは剣を納め、地面に座りこむサンドラちゃんを抱きかけるように起こすと、そのまま再びお茶会のテーブルへと。
「シンシア、指見せない。何で切ってるの、貴方」
「つい……」
「つい、で怪我をしていいのは子供だけよ。貴方はもう……大人なんだから」
指先に何やら血止め……のような薬を塗られ、布で包まれる。ザスタリスのお嬢様は常に血止めを携行しているのか。背筋が震えるな……。
「それで……貴方、一度死んだんでしょう?」
「……! アリス様!」
当然の疑問をアリスは私に尋ねてくる。ザスタリスの騎士に守られながら、何故死んだのか。
「……竜星の学院、一万人相手だと騎士だけじゃ流石に手が回らなくて……自分の心臓を生贄にして、また戦船を召喚したんだ。戦いが終わった後、契約通りに心臓を持っていかれた。それだけだ」
「子供は希望だから……? オルビス様を守るため?」
「言っただろ、私は戦争に必要な覚悟も知識も大して持ってない。ただ必死だっただけだ」
「……そう。紅茶、おかわりは?」
「いただきます」
※
お嬢様方とのお茶会を終えて、侍女と共に私室へと戻る途中……アレスの部下であるオディナが私の前へと立ちはだかった。アレスよりも少し年下くらいの青年。だが帝国との戦に、この男も参戦していたらしい。そんな男が突然私の前に現れたのだ。思わず怯えてしまう私を誰が責められようか。
「えっ、何?」
「見事な仲裁でした。余程割って入ろうかと思いましたが」
「やめとけよ、チビるぞ、この国の女……物騒すぎるだろ」
「仰る通りで」
鼻で笑いながら、オディナは続きは俺が送ると侍女を下がらせた。どうやら私と一緒に歩きたいらしい。アレスに見られたらどうしよう。修羅場とかにならないだろうか。
「失礼だとは思いましたが、先程の話……立ち聞きしてしまいました」
「本当に失礼だな、騎士にあるまじき行為だぞっ」
「反省してます。所で……私にも御教授願いたいのですが、よろしいですか?」
「嫌だ」
「私はずっと疑問だったのです、帝国からの和平の提案が」
嫌だ言うたやん、勝手に語り出すなっ!
「帝国との兵力差は歴然。あちらには貴方のような魔導士が他にも多数存在していると」
「あぁ、私より余程タチ悪い奴がゴロゴロ居る」
「それなのに、何故和平なのですか? 帝国ならザスタリスを攻め落とせた筈です」
こいつも根っからの脳筋だな。考えている事が手に取るように分かる。
「お前等は最初から最後まで剣やら槍やらで戦うんだろ? たとえ潰される目前でも」
「ええ、それが騎士の道だと信じております故」
「だが帝国側はそう考えなかった。そんな人種が存在してるなんて思えなかったからな」
「……というと?」
私とオディナは廊下を歩きつつ、時折外から聞こえてくる小鳥の声に耳を傾けながら。
「帝国は私のような魔導士を多数前線に送って、その上、近代兵器の類まで大量に投入してたんだ。普通の国ならそれで落とせる。だがザスタリスはその猛攻に耐えきったんだ」
「……首の皮一枚、繋がった状態で……でしたが。帝国の力は本物だった。何度、私は死を覚悟した事か」
「それでも耐えきった事に変わりないだろ。もう一度、同じ戦力を投入すれば落とせたかもしれない。だが帝国も帝国だけに敵が多い。落とすべき国はザスタリスだけじゃない」
「つまり……他にも敵が居たから、ザスタリスは除外されたと? しかしそれで和平を結ぶのは……」
「和平を結んだのはザスタリスだからだ。猛攻に耐えきった古典的な戦いしか出来ない国。だが考えてみろ、もしその古典的な戦いしか出来ない奴らが、魔道を学んだり近代兵器の扱いを知ったらどうなる」
帝国の、あの国王の爺が危惧したのはそこだ。
ザスタリスの人間は根本からして帝国人とは違う。剣だけで近代兵器に向かい、破壊出来るだけの技術を持っている。そんな奴らが帝国の兵器を鹵獲して使いだしたら。ザスタリスの人間にとってすれば、そんな事、死んでもしないだろう。だが帝国側からしてみれば、しない方が馬鹿みたいな考え方だ。
「要は根本的に鍛え方が違うザスタリスが戦法を変えたら……帝国を潰せずとも、大打撃を与える存在にはなる。ザスタリスにその気があろうが無かろうが、帝国からしてみれば驚異に見えていたんだ」
「……それは私達を買い被りすぎです。我々はそこまでの柔軟さは持ち合わせていない。だからこそ、竜星の学院にいいように使われ、内乱など引き起こさせてしまった」
「まあ、そこは考え方次第だな。お前等男共はそのままイノシシみたいに突っ込んでりゃいい。今度、私がその気のある女に魔道を指導してやるよ。突っ込みたい男の我儘に振り回されるのは癪だが、泥まみれで地べたを這いずるお嬢様なんて見たくないしな」
オディナの拳が硬く握りしめられる。そのまま自分の手の平を潰すくらいに。
こいつは見ているんだろう。地べたに倒れる女の姿を。救えなかった女の存在を。
「シンシア様、貴方は我々にとって英雄だ。だがそれは……私の中の騎士の心が、それを否定するのです。貴方に英雄のような戦いなど、させるべきでは無かった、貴方はもっと……庭で紅茶を飲んでる方が……」
廊下で立ち止まり、ザスタリスの女が聞いたらキレ散らかすような事を平然と言ってのける男。
私の事を弱者扱いする事は間違ってない。私は元々、ただの小娘だったんだから。ただ、少々魔道の才能が人よりあっただけの。だが
「私はお前が思ってるような、清廉潔白でも清楚でも、ましてや聖女でもない。お前等が騎士として死にたいのと同じで、私にだって拘りはある。まあ、でも……この国に来てからは、お嬢様とお茶するのも悪くないって思えてるよ。帝国より空気は綺麗だし、男は誠実な馬鹿が多いからな」
「それは……褒めてるのですか?」
思わず声を出して笑ってしまった。
オディナの表情がおあずけを食らった子犬のようだったから。
「最高の褒め言葉だよ。帝国ではこう言うんだ」
「……絶対嘘だ」
拗ねるオディナのお尻を撫でまわして慰めるのも、まあ悪くない。
そんな風に思える程には、私は救われている。