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第二話

 アルムベル王国の街、ローレンスの地下牢から抜け出したアレス。

 帝国の宮廷魔術師であるシンシアの手で記憶を蘇らせられ、彼は自分の愚かさを憎んだ。あの場でシンシアを殺さなかったのは、単純に時間が無かった事、そしてシンシアに対する複雑な思い。


「あの少女か……まさかあんな成長を遂げているとは……」


 アレスが初めて戦場に立ったのは十五の時。その時既に王位継承者として教育されていたが、周りの反対を押し切って自ら地獄へと足を向けた。その時、血にまみれる少女を見た。ローブを被った老人達に言われるがままに、騎士を葬っていく魔術師であろう少女。


 帝国への憎しみがより一層増した瞬間だった。そして同時に彼の心に炎が宿った瞬間。

 紛れもなく炎。その身を焦がす程に、彼は身の内に宿る炎を感じた。


 そして成長したシンシアと再会した彼だったが、今はまた別の問題に悩まされている。ある不穏分子によって内乱を誘発され、彼の祖国であるザスタリス王国は自滅の道を歩みだした。


 その不穏分子。正体不明の人物に、当然王族であるアレスは命を狙われ、交戦しながら森へと逃げ込み……今に至る。

 

 アレスはローレンスの地下牢から抜け出した後、一言詫びつつ馬を盗み街を出た。ザスタリスはこのローレンスから続く街道を三日三晩走りぬけば到着する。


 一体いつから記憶を失っていたのか。あれからどれくらいの時間が経ったのか。

 アレスは焦っていた。祖国へと置き去りにする事となった、自分の家族の身を案じて。


「……オルビス!」


 まだ十歳にもなっていない幼い弟の笑顔が脳裏に浮かんでくる。

 どうか無事で……と祈りながら馬を駆る。


 



 ※





 昼間にローレンスを立ち、既に今は真夜中。馬に跨り続けるアレスにも体力の限界は当然来る。それは馬も然り。だがもう少し、せめてこの先の関所まで、とアレスは馬を励ましながら駆り続けた。そして国境を守る堅牢な砦が、月夜で照らされ肉眼で確認出来た時、アレスは青ざめた。その砦から煙が上がっていたからである。


「……まさか」


 この砦も既に敵の手に落ちている?

 アレスは悪寒を感じつつも、警戒しつつ馬を降り、そこからは一人で静かに砦へと近づいていく。

 武器はある。ローレンスの地下牢の門番から盗んだ長剣。どうせなら弓も欲しかったが、焦っていた彼はそこまで頭が回らなかった。とりあえず剣さえあれば、戦う事が出来る。だが現実はそう甘くはない。


 砦の正門まで来た彼は、門から砦内部の様子を覗き見る。兵の姿は無い。死体も無い。あるのは所々から出ている火の手。しかしそれは火事では無く、焚火だという事が分かった。これ見よがしに煙をあちらこちらから立てている。


 明かに罠と分かる状況。しかしアレスは、堂々とその身を晒す事にした。兎にも角にも今は状況が知りたい。そこに敵が現れたなら、捕らえて吐かせればいいのだ。


 そう、そこに敵が現れたのなら……


「……? ミリア?」


 門から堂々と身を晒して砦へと入るアレス。そんな彼の前に現れたのは、幼馴染のミリアだった。平民だが、王族のアレスと幼い頃から秘密裡に剣の特訓をしあった仲。そんな彼女は現在ザスタリスの騎士隊に所属しているが、ここは国境。ミリアの管轄は王都内部だった筈だ。


「何故……ここに……」


 アレスは嫌な予感を抑えつつ、ミリアへと声を掛け続ける。しかし返答はない。そしてミリアと目があった時、背筋が凍った。ミリアの目は青白く光り、その手には既に抜き身の長剣が握られている。


「随分と遅いご帰還で。アレス王子。いえ、元王子」


 その時、勢いよく正門が締まり、ミリアの後方、高い壁の上に設けられた見張り台に人影が。

 月明りで逆光となり顔は確認出来ない。しかし魔術師風の男。


「誰だ……まさか……」


「えぇ、貴方の懸念されている通り……黒幕と言えば分かるでしょう」


 内乱を誘発した不穏分子、全く正体の分からなかった人物。それが今、目の前に居る。

 アレスは長剣へと手をかけるが、目の前のミリアが黒幕と名乗る男を守るように立ちふさがっている。


「貴様……ミリアに何をした……」


「元王子、いえ……私も彼女に見習ってアレスとお呼びしましょう。貴方は我々にとって非常に厄介な存在なのです。有能な騎士隊に囲まれ、それを看過したとしても貴方自身も相当の手練れ。暗殺しようにも貴方を殺せる程の暗殺者となれば調達するのも骨だ」


「答えろ! 彼女に何をした!」


 男はまるで演説をするかのように、月明りの下で神を象徴するかのように両手を左右に広げる。そしてその両手が光ったかと思えば、砦の奥からミリアと同じように青白い目をした騎士が。


「何をした、とおっしゃられても……彼らは目覚めたのです。この国の愚かな束縛から解放されたのです」


「……何?」


「彼らは望んでいます。この国が生まれ変わるのを。その意思の証明として……御覧なさい」


 男はアレスへと何かを指示した。そこには、巨大な十字架を抱える騎士達。数人がかりで十字架を立てるように運んでくる。


 アレスは一瞬、言葉を失った。そして絶望が彼に襲い掛かった。

 その十字架には、彼の弟、まだ幼いオルビスが磔にされていたのだ。


「馬鹿な……オルビス!」


 急ぎオルビスを助け出そうとするアレス。しかしミリアがそれを阻んだ。隙だらけのアレスの腹へと、ミリアの回し蹴りが撃ち込まれ、アレスはいとも簡単に転がされる。


 異常な力。人間が放った蹴りとは思えない程に強烈な衝撃。身に着けていた鎧も歪んでしまっている。


「ミリア……やはり、操られているのか……」


「人聞きの悪い……。ミリア嬢は自らの意思でここに居るのです。無能な王家に振り回されるのは、もうこりごりだと」


 明かに人間の力では無い。魔術で力を増幅させられている? アレスはミリアを警戒しつつ、オルビスの様子を探る。まだ息をしているように、胸が動いている。


 まだ……オルビスには息がある。


「……どうすればいい。ここで俺は……死ねばいいのか」


「ははっ、流石、物分かりが良い。いいでしょう、貴方の命さえ頂ければ、弟君は用無しだ。賢い貴方に免じて、命は保障しましょう」


 ゆっくり、ミリアがアレスへと近づいてくる。そしてアレスの眼前へと立ったミリアは、その剣を高く掲げる。


「ミリア……」


 その剣を構えるミリアを、アレスは目に焼き付けるように見つめた。ミリアは涙を流していた。魔術で操られても尚、その心は奪われてはいない。


『一つ忠告しておくぞ。魔道を扱う人間に心を奪われるな、漏れなく地獄に叩き落される』


 そんな時、シンシアのその言葉が脳裏に浮かぶ。

 ミリアは必至に抵抗している。なのに……自分が諦めてどうする。


 ミリアが剣を振り下ろした瞬間、アレスは寸での所で剣を躱した。そして地面を剣で叩かせると同時に足で抑え、ミリアを突き飛ばした。そのまま足で抑えていた剣を奪い取り、オルビスの元へと疾走する。


「オルビス……!」


 絶対に助けだす、この心は誰にも渡さない。

 だがその直後、アレスを襲う光の矢。


「……っ!」


 全身を焼かれるような熱。そして凄まじい衝撃で、再びアレスは地面を転がる。矢を放ったのは、他でもない、黒幕と名乗った男。


「約束は違えられたな。アレス殿」


 男が放ったのは魔術。そして次はその魔術を、弟のオルビスへと向ける。


「待て……待ってくれ!」


「目に焼き付けるといい。自分の愚かな行動のせいで死ぬことになった弟の姿を」


 容赦なくオルビスへと放たれる魔術。その光の矢は、十字架を木端微塵に破壊する。

 

「ぁ……あぁ! オルビス! そんな……そんな……」


 アレスは涙を流しながら、破壊された十字架を呆然と眺めた。蘇ってくるオルビスとの思い出。幼い弟の、屈託のない笑顔。まるで走馬灯のように脳内を駆け巡る。


 そしてそんなアレスの元へと短刀が投げ込まれた。

 さっさと自決しろ、そう言われたかのように、そして言われるがままに、アレスは短刀を取り……喉へと。


「オルビス……すまない……あの世でこの兄を……罵倒してくれ……」


 そして剣を突き立てようとした瞬間、真っ白な手が後ろからアレスを抱きしめた。

 耳元に聞こえる誰かの息遣い。


「言った筈だぞ……魔道を歩む者に心を奪われるなと」


 絶望の淵に居るアレスを後ろから抱きしめる者が居た。


 およそこの場には居ない筈の人物。それはシンシア・アルベイン。帝国の宮廷魔術師、いや、元宮廷魔術師。


「何故……ここに……」


「立て、あの世に行っても弟は待っていないぞ。私が攫ってしまったからな。可愛い弟だ、私の抱き枕にしてしまおう」


 その言葉を言うと同時に、姿を消すシンシア。

 一瞬の出来事に、その様子を観察していた男は目を丸くする。


「馬鹿な……今のは帝国の……?! 何故生きている? 処刑されたのではなかったのか?!」


 アレスの体に力がみなぎる。

 それは魔術か、アレス自身の力か。

 その身を見えない何かで包み込まれたかのように守られている。


 それと同時に、その場に居た騎士達の目が通常へと戻った。

 そして意識を取り戻すなり、騎士達は自分達の本当の敵へと目を向ける。


「待て……馬鹿な……私の魔術が……解かれただと?! 魂に直接呪詛を刻んだのに……こんな、あっさりと……こんな、こんな事が……」


 騎士としての誇り、それを踏みにじられた騎士達の怒りの前に、男に成す術はない。


 

 


 

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