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第一話

【この小説は香月よう子様主催《春にはじまる恋物語企画》参加作品です】

 突然の事だった。

 その日はガルト帝国の第一王子、その誕生パーティー。その席で王子が何と酒に毒を盛られたのだ。

 しかし宮廷魔術師である私の、迅速かつ確実な素晴らしい応急手当のおかげで王子は一命を取り留めた。普通ならば私には賞賛の嵐だろう。しかしいつも世界は予想外な方へと転びやすい。


「君にはこの国から去ってもらう」


 王子を救った後日、突然国王陛下の使いからそう告げられた。

 当然何故だと喚く私に、その使いは一言。


「君は王子毒殺未遂の容疑がかけられた。私も信じたくはない……が、既に陛下はそう思っておられる」


 そんな馬鹿な。

 王子を毒殺して私に何の得がある? 今の私があるのは王子の支援があるからだというのに。


 私はハメられたのか?

 きっと私をハメた奴は女だ、そうに違いない。王子と仲良くおしゃべりしてる私を見て、嫉妬の炎に駆られたに違いない。それで王子の酒に毒を盛り、私に助けさせる。それでか……どうりで王族を毒殺しようとするわりには単純な毒だと思ったんだ。


「処刑では無く追放だ。これまでの功績を考慮した上での処罰。寛大な国王に感謝するがいい」


 ……待て、自分の息子を毒殺されそうになったというのに、その実行犯を処刑せずに追放だけ?

 そこにも違和感を感じる。まさか……国王もグルなのか? 私をハメた奴に言いくるめられている? 処刑ではなく追放なのは、罪悪感からか?


「シンシア・アルベイン、宮廷魔術師の任を解く。田舎で静かに暮らせ」


「えぇ……そうさせてもらいます……」


 歯を食いしばりながら、額から血管が飛び出しそうなくらいに私はブチギレ寸前の自分を抑え込む。

 宮廷魔術師として、この国で十年間従事してきた。幾度もこの国を窮地から救ってきた。国民からは英雄とすら言われている、この私が……国外追放。


 私がやけくそになって国を攻撃しはじめるのでは……とでも思ったのだろうか。国王の使いは私へ薄い、手の平サイズの金属の板を手渡してきた。それは分かる者にしか分からない、貴重な金属。この薄っぺらい板一枚で、城のような屋敷を買って釣りがくるほどの値がする。


「ではな」


 そのまま国王の使いは私の前から姿を消し……私も程なくして国から姿を消した。


 もうこんな国どうでもいい。あいつの言う通り……どこかド田舎で静かに暮らそう。私は犬と本さえあればそれでいい。


 私は自由だ。もう……何者も私を縛り付ける事は出来ないのだ。




 と、思っていたらアッサリどっかの国の騎士に掴まりました。






 ※






 《ガルド帝国の西、アルムベル王国領地内》


 堅牢な牢屋の中に放り込まれる私。

 勿論宮廷魔術師たる私は、騎士の百人や二百人、一瞬で葬る事が出来る。ならば何故大人しく捕まったのかと言えば、道に迷ってしまったからだ。とりあえずどこぞの街なり村なりに連れてきてほしかった。


 私の目論見通り、ここは中々に賑わっている街。私はその街の地下牢へと放り込まれた。

 さて……顔と姿を変えて逃げるか。牢屋の鍵もかなり古臭い、なんだったら錆びついていて、魔術を使うまでもなく壊せそうだ。


「……あんた……誰だ……?」


 その時、同じ牢屋にもう一人、別の男が居る事に気付いた。いくら薄暗いとはいえ、気配が無さすぎる。いきなり声を掛けられた私はびっくりして、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。おばけは嫌いだ。


「だ、誰だ、お前……」


「今俺がそれを聞いたんだが……」


 私は光を生み出す魔術……何気にかなりの高等技術だが、それを牢屋の中で蝋燭の光のように灯す。

 男は騎士風。薄汚れた鎧に、泥にまみれたブロンドの長髪、髭もっさもさ。


「……お前……騎士か?」


「あぁ、そうらしい」


「そう……らしい? そういう言い方も珍しいな」


「記憶が無いんだ。気付いたらこの牢屋で……泥にまみれていた」


 頭をド突かれて記憶が消し飛んだのか。

 私は警戒しながら近づき、男をよくよく観察してみる。鎧に紋章が刻まれていた。しかし泥で良く見えない。


「名前も憶えてないのか?」


「あぁ。自分の事は何も……」


()()()()は?」


「弟が居るんだ。まだ幼いが……可愛い盛りの……」


「その弟の名前は?」


「オルビス……」


 オルビス……?

 よくある名前だ。しかし……私の頭の中に一番に思い浮かんだオルビス君は、ガルド帝国の天敵、ザスタリス王国の王子。


 私はなんとなく、男の鎧に触れて刻まれた紋章についていた泥を指で落としてみる。するとそこには、ザスタリス王族であることを示す物が。


「……お前……」


「どうした……俺の事を……知っているのか?」


 こいつ……ザスタリスの第一王子、アレス・ザスタリスか。

 髭モッサモサで一見そうは見えないが……かなりの美男子だと話題になっていた筈だ。


「記憶が無くなる前……少しでも思い出せないか?」


「……そうだな。森の中を……走っていたような気がする。誰かに追われて……」


 第一王子が一人で森の中を走る理由……しかも鎧を着て。

 散歩にしては厚着すぎる。直近で帝国とザスタリスで大きないざこざは無かった。と言う事はもっと別の……。


 そういえば……ザスタリスでは内乱が活発になっていると報告を受けた事がある。内乱に巻き込まれて第一王子自ら出陣、その結果記憶を無くして彷徨ったあげく、ここに辿り着いたと。


 まあ、全く無い話では無いが……。


「何か……気付いたなら教えてくれ。俺は一体……誰なんだ。記憶が無いのがここまで恐ろしい事だとは……俺は一体……」


「……私は魔術師だ。やろうと思えば貴方の記憶を蘇らせる事も出来る。でも……失敗すれば最悪死ぬ。どうする?」


 男はハッとした顔で私の顔を見てくる。初めて目が合った。そして男は唾を飲み込み……


「……美しい……」


「……あ?」


「君は……何処かの姫君か? こんなにも美しい女性が居るなんて……」


 ……記憶と一緒に目も腐ってしまったのだろうか。

 可哀想に。


「一つ忠告しておくぞ。魔道を扱う人間に心を奪われるな、漏れなく地獄に叩き落される」


「……あぁ、別に構わん。今も中々の地獄だ……」


 再び俯く顔。男は静かな声で「やってくれ」とだけ告げてくる。

 私はそっと男の頭に触れ、記憶の蘇生を試みる。


 分かっている、この男は私が居た帝国の天敵、その国の王子。

 宮廷魔術師だった私の顔も知っているかもしれない。何度か私は戦場に立ち、騎士を葬ってきた。

 まだ何も知らない子供だった私は、何の違和感もなく人の命を奪った。祖国の敵は悪魔だと信じて。


「……っ!」


 頭の中を搔きまわされているような感覚に陥っているのだろう。

 唸る男。拳を握り締め、耐えようとする。


 このまま殺す事も出来る。

 私が帝国の宮廷魔術師だと知れば、今度はこちらの命を狙ってくる。


 まあ、いいか。

 今となっては祖国に対して何の感情も浮かんでこない。

 私にとって、その程度の国。その程度の国のために……私はこの男の同胞の命を奪ったのだ。


 この男が記憶を取り戻した末に私の命を欲したのなら……潔く差し出そう。

 それが私に出来る唯一の償いだろう。ただ私は死にたがっているような気もするが。


「……どうだ。気分は」


 記憶の蘇生が完了した。

 男は静かに顔をあげ、再び私の顔を見定める。

 先程とは打って変わって聡明な顔つきになる男。


「……戻らねば……」


 男はそういうなり格子に近づくと、鍵を勢いよく蹴りあげる。

 すると一撃で格子の扉は破壊された。それを潜り、外に出る男。

 私も同じように潜り抜けると、男は背中を向けたまま


「礼は言います。だが……次に会った時、私は貴方を殺さねばならない。シンシア・アルベイン」


 そのまま男は地下から去っていった。名前までバレてしまったか。


 程なくして見張りが騒ぐ声が聞こえたが、一瞬だけだ。

 少し時間を置いて私も地上へと続く階段を昇ると、そこには見張りが二人程倒れていた。装備していたであろう武器は奪われている。


「王子の癖に……中々面白い人生歩んでるな」


 あの男になら殺されてもいいかもしれない。


 どこか私の中で、そう思う自分が居た。




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[良い点] もう、なんすか! 気になるじゃないですか! 気になる! どうなるんでしょう?
[良い点] おもしろい始まりです。続きが気になりました。
[良い点] スタートから良作の予感! 敵同士だけど心の通いあいがあった出会いからの記憶回復後に背中を向ける騎士の男らしさにドキドキが止まらない! 敵だけど振り向いて顔をみたら殺すなどと言えなくなるとい…
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