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グルムンドの壁。3/4

——。

それから先陣を切った二人の少女の力もあって、馬車を引く首切れ馬も何事もなくとは言えないかもしれないが巨大な崖を駆け上り始めた。


「セティス様、ソチラに行ったで御座います‼」


今も尚、空から飛行してきたり崖をいずって馬車を襲おうとしてくる魔物の群衆をデュエラが蹴飛ばし、


「分かってる。【鶴羽織ルートゥ・メラノッセ】」


イミトが叫んだバズーカ砲からライフルのような猟銃りょうじゅうに武器を変えたセティスが空を飛びながらに撃ち抜いて馬車を守る旅路。


この時、欠伸あくびが出る程に平和だったのは、馬車の内部だけであった。


「——……うさぎかめに、今度はつるで——まるで日本昔話だな」


「お次は『赤いきつね』か『緑のたぬき』かって所だな……」


「なんなのだ……彼女たちは一体……強すぎる」


小窓から見えるセティスが放ったであろう縦横無尽に駆け回る光の弾道を眺めながら、首の骨を鳴らすイミトとは対照的にカトレア・バーニディッシュは冷や汗を流していた。


自身も騎士として実力を自認し、国を守るかなめだと自負している。

武の道に生きれば、この国に存在する強者たちの名を聞く事も多い。


それでも彼女は知らなかった。尋常では無い程の勢いで狂ったほどに歯向かってくる魔物の群れを、いとも容易く撃退していく彼女らの名前を。



「それを聞くなら、まず自己紹介するのが礼儀じゃないか?」

「……?」


くつがえされていく常識に現実が揺らぐ空白くうはく旅情りょじょう、そこにイミトの唐突とも思える声が飛び、カトレアは言葉を理解出来ずにただ首を少しかたむける。


「あー色々と情報の収集とか整理が忙しくて聞くの忘れてたけど、その後、体の調子に違和感は無いかって話だ」


すると、そんなカトレアの表情に対し、ソファーの上で片足胡坐かたあしあぐら。右手を頬杖にイミトは改めて分かりづらかっただろう言葉を省みて、今度は解りやすいようにと再考し告げた。


そこでカトレアは再掲された言葉を聞き、なるほど確かにそれは聞かれてなかったなといった風体で自身のまなこを釘付けにしていた小窓から体を離し、マリルティアンジュの横のソファーへと戻って座り直す。


そして、彼女は胸に手を当てた。


かつてセティスが武器として使っていた魔物の魔石が埋め込まれた自身の胸に。



「……体の方の感覚に以前との差異は無い。兎も、今は静かにしている」



「静かにしてるって事は、アンタの中に兎は生きてるんだな」


「カトレア……」

そこから始まるイミトからの尋問に、傍らで話を聞いていたマリルティアンジュは不安げな表情を浮かべる。自身の護衛を務めるカトレアの体の異変を彼女は心より憂いていた。


既に多くの臣下を失っていた姫は、自身に忠義を尽くすカトレアまで失いたくは無いのだとカトレアの鎧に触れるのである。


そんなマリルティアンジュに、

「姫、ご心配なされないで下さい……私は、大丈夫です」


「で、でも……」


カトレアは優しく微笑みかけ、鎧に触れていては冷たかろうと彼女の手に己の手を重ねる。


——まだ私の温かみはあるのだと、信じて欲しいのだと。


そう告げるようにカトレアは憂ううるわしの姫の揺らぐ眼をジッと見つめて。


けれど、

「で、具体的には、どんな状態なんだよ。俺やクレアみたいに兎の魔物と協力関係にあるのか、それともカトレアさんの気合いで抑えつけてるだけなのか」


そんな事は関係ないと、待ち疲れた様子で溜息を吐きながらイミトが空気を切り裂いた。チラリと視線を送った小窓に映るのは、セティスの銃声とデュエラの蹴りにて撃沈されたのだろう空の獣が堕ちていく光景。


ただ擁護の言葉を紡ぐなら、任せる事を無言で了承したとて悠長ゆうちょうに遊んでばかりでは外で懸命に戦う彼女らに申し訳もなく、心が落ち着かず無駄話を急くのも致し方のない人情なのであろう。


片足胡坐に乗せていたイミトの右手の人差し指がピクリとうずく。


そうして話は本筋へと戻っていった。



「——あの時、私が魔獣に体を乗っ取られていたあの時……私は確かに現実ではない《《何処か》》で兎の魔物、ハイリ・クプ・ラビニカと何か話をしたように思う」


「そして……あまり褒められた行動では無いが言い争いの末に殴り合い、打ち勝ち、今は私の魔力で抑えているのだと、思う」


カトレアが語るのは過去の出来事。曖昧あいまいおぼろげな記憶を思い出しながら整理し、何とか伝えようと試みた精神世界での出来事。


思いが多い《《それ》》を受け、イミトは考えた。


「……ん。そうか、じゃあ戦闘要員としてカトレアさんは期待できないな」


あごに手を当てて少しうつむき、カトレアの語った過去の記憶に対して現状の表情や仕草、外の景色などの他の多様な情報に気を散らされないように瞳を降ろす。


「下手に戦いに参加してすきが生まれようもんなら、また兎がカトレアさんを乗っ取って暴れかねないんだろ。状況が安定するまで慎重に動かなきゃいけないかもな」


そこから流れるような視線の動きで考え得る限りの起こりうる可能性を仕分けするように脳裏に並べ、これからの行動に関する分岐路を組み立てていく。


 その様は——圧巻あっかんと言う他なかった。現実としては目の前で何一つ生まれてはいないが、イミトの神妙な雰囲気に彼の脳裏で幾つもの思考が生み出されていっているのだろう事は明白で。カトレアとマリルデュアンジェは彼が周囲に滲ませる集中力にゴクリと息を飲む。


けれど——、

「……確かに反論は出来ない。が、姫をお守りする為であれば私は躊躇ちゅうちょなく剣を振るうと伝えておく。この先——誰が相手になろうとも、だ」


例えそうだとしても、なし崩し的に未だ信用しかねる男に頼りになるばかりではいけないと自重するが如く、或いは自戒させるべく、女騎士カトレアは馬車の隅に置いていた剣の柄に手を伸ばすのだ。



「そうかい。肝にめいじておくよ」


無論それはイミトに対する警告でもある。己が最優先するもの為に、何か事が起きれば敵が貴方たちであろうと剣を抜く、と。


それを理解するイミトは、思考の為の集中を解き、肩の力を抜いて嗤った。

まるで——そんな日が来ると良いな、と他人事を語るように嗤うのだ。


そして彼は馬車のソファーから立ち上がり、彼女らを見下ろす。

「ああ、そうだ。兎は、アンタに名前を名乗ったりしなかったか?」


それから——あたかも今、思い出したような問いを装って名残惜しそうに彼女に聞うた。彼は、察していたのである。己の中で芽生えているうずきに。



「? いや……奴の名はハイリ・クプ・ラピニカでは無いのか? それがどうかしたのか?」


「何でもない。ちょっと興味があっただけだ」

「「……」」

もうじき——彼女が自分を呼ぶ事を。



「イミトよ。そろそろ戻れ、大物が来るぞ」

「ああ、今行く」


それが何故なぜかは彼自身にも不明瞭、たた心が疼き——そんな気がしたのだと彼は言うだろう。魂で繋がっているからか、或いは経験則から来る些末な勘か。


答えを知る者は、まだ居ないのである。


故に、カトレア・バーニディッシュも馬車からクレアの下へ向かおうとするイミトに申し訳なさそうに遠慮がちな声で話しかけ、尋ねるのであろう。


「イミト殿、イミト殿はクレア殿と繋がる際、何かしらの契約や術式を交わしたのか?」

「……良ければ、後で教鞭を振るって頂けないだろうか。参考にしたい」


彼女自身も不安だったのだ。胸にひそむ怪物の鼓動が、彼女を駆り立てる。

うつむき気味の懇願こんがんにイミトは体を向き直し、頭を掻きながら黒い天井を見た。


「俺自身はクレアに体を乗っ取られただけって感じなんだが、まぁそうだな——」


「俺とクレアは、相性が良かったんだよ。色々と」


——カトレアと重なる部分が僅かにでもある。出来るならば、もう少し時間をいてやりたいとは思いつつ、


「グズグズするでない‼」

「へいへい……あ、二人ともかがんで頭ぶつけないように気を付けろよ」


イミトは応えられることの少ない己の無知さから逃げる口実をクレアの呼びかけのせいにして改めて御者台の扉へと向かい、扉の取っ手に手を掛けた。


「魔力を解いて、この空間を元に戻すから」


扉を開くとそこにある光景は、崖を駆ける馬の尻。

不思議な事に扉の中には風は入って来なかった。


故にイミトの思い出したような言葉が明確に聞こえ、


「……? 分かった。姫、どうぞこちらへ」

「は、はい……」


カトレアたちに首をかしげさせる。

彼女達は失念していたのだ——今現在、なぜ自分たちがソファーの上に座れているのかを。あまりにも自然に不自然が行われていてしまっていたから。



「カトレアさんは姫の真後ろに居た方が良いぞ、【デス・ゾーン】解除」

「ちょっと待て、貴殿は何を——おおわ⁉」


そして思い出す。扉の縁を両手で掴み語ったイミトの言葉を理解する直前に、上が後ろで後ろが下で——扉からは風が入り込み、世界には重力という自然の法則がある事を。


「きゃああああ⁉」

「姫‼ 失礼します——ぐうっ‼」


扉から吹き入ってくる風は、これまでの静寂のせいで爆風に感じ、重力にさらされた体は馬車の後方へと堕ちる。


カトレアは咄嗟に姫を抱きかかえ、馬車の内壁へと叩きつけられたのだった。


——。


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