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グルムンドの壁。1/4


——と、一度は慌てて見たものの、デュエラのものさしから外れれば未だ巨大な岩壁は間近にはあらず——


「……マジでこのまま、あの馬鹿デカい断崖絶壁に突っ込む気かよ」


馬車の扉から外に出て御者台に立ったイミトは遠くでありながら近くに見える壮大な岸壁がんぺきを眺めながらに愚か者に愚か者の烙印らくいんを押すように尋ねる。


すると、

「あ、イミト様‼ 助けてくださいなのです‼ ク、クレア様の髪が絡まって逃がしてくれないので御座いますよ‼」


イミトの問いにクレアが答える間もなく、必死な声で荒げるデュエラ。御者台に座る彼女の体には、どうやら確かに彼女の太ももに陣取るクレアの髪が巻き付いているようで身動きの取れない様子。


「普通の道筋では人目に付く。和平調印式に向かう姫が、戦場の死神と恐れられるデュラハンの馬車に乗っていると知られるのは問題も多かろう」


しかしデュエラの懇願こんがんを意にも介さずにクレアはイミトの問いに答え、


「それに、あまり人の通らぬ山岳地帯を突っ切るのが刺客に襲われにくい上、速いであろうが」


「所で、食材の安全確保とやらは出来たのか」


答えの代償にと問いまで返す始末である。


「まぁ一応な。馬車の内壁に物体創生で固定してきた」


「にしても山岳地帯ね……この世界って土地の高低差が異様に大きくないか? ジャダの滝といい、この崖壁といい。遠近感が狂うったら」


いっそ清々しい程の無視具合にイミトも引きずられ、クレアの問いへの返答を優先させてしまう程。


「ふん、おおかた……どこぞの酔っ払いが酒臭い涎でも垂らしながら寝ぼけて作ったのであろうよ」

「ああ……それなら納得だ」



「お二方サマ……先ほどから無視は酷いので御座います、です……」


「おお、悪い悪いデュエラ。安心しろよ、クレアが大丈夫だって言ってんだ。たぶん問題ないだろ」


されど、再びのデュエラの嘆きにイミトはデュエラの存在を思い出し、彼女を安心させるべく笑い掛ける。


馬車の速度で突き抜ける風が慌ただしく時を語り、警告を打ち鳴らす一幕。


「イミト殿、クレア殿を止めてくれ‼ 流石にグルムントの壁を馬で登るなど頭が狂っているとしか思えん‼」


イミトを追ってきたように勢いよく扉を開き、顔を覗かせたカトレアも状況に警鐘けいしょうを鳴らす世界の声であったのだろう。


しかし——、

「グルムンドの壁?」


「——……遠い昔、ツアレストが幾つかの国に別れておった頃、壁の向こうの山岳に存在していた母国を守る為、壁を背に魔王の大軍と戦った勇敢な山の民の話よ。それを率いた者の名がグルムンドであった事からそう呼ばれておるらしい」


「ほへー、凄い方がいらっしゃったので御座いますですね」


仲間としては最古参の三人は、岸壁が間近に迫る危機的状況を危機とも思わぬ表情ぶり。散歩がてらに見えた光景に想いをせる穏やかな旅情の一路の風体であった。


「そのような観光案内をしている場合ではない‼ あそこは今、凶悪な魔物どもの巣窟そうくつなのです、たとえこの馬が壁を登れたとて危険すぎる‼」


それを見かねてカトレアは声を荒げるのだ。常識知らずをいさめるべくと扉から覗かせていた顔より先を捻り出し。


それでも、

「——確かに、トカゲさんや鳥さんがイッパイ居るみたいなのです」


「魔物じゃなけりゃ、卵とか入手しときたい所だな……」

「何を呑気のんきな……」


イミトやデュエラの楽観は止まらない。遠目にひたいに手をかざして遠くを眺めたデュエラと首に手を当てる面倒げなイミト。


そんな二人の態度にカトレアは、更なるいきどおりをたくわえているように瞼を閉じていて。


「ははは‼ 諦めよカトレア、我らの覇道に乗り上げたが貴様らの運の尽きよ‼」


だが、それらをすべからく吹き飛ばすように馬車の主導権を握る主犯格のクレアが笑い上げたのだ。そうなれば、カトレアに抗う術は強硬策しかない。


「戦いを避けらぬデュラハンの道なれば尚の事、己の望む戦に身を浸せい」

 「……降りたきゃ勝手に降りろって言いたいらしいぜ。どうするよ?」


「……っ‼」


上機嫌に笑む狂気の戦闘狂と、俺はここまで狂ってはいないからなと冷静を気取る悪童の言葉にひるむカトレアは、まさに時間を人質に取られているような苦悶くもんの表情。


答えを選ぶ余裕など——そもそもありはしないと自覚させれていて。

答えは既に決まっているのである。


そしてクレアは先ほどのゴキゲンを未だ維持したまま、楽しげに叫んだ。


「セティス、デュエラ‼ 丁度よい機会ぞ、此度こたびの崖の魔物のつゆ払い、貴様らの役目としよう‼」

「……え?」

「——呼んだ?」


背後に捕らえているデュエラと、馬車と並走してほうきで空を飛んでいるセティスを呼びつけて意表を突いた指示を出す。


それから語り、問うのである。


「足手まといは要らぬ。我らと共に行きたくば、ここで己の価値を示すが良い」


——貴様らに、修羅の道をく覚悟と気概きがいと力があるか、と。

するとクレアの指示を受けた二人の反応は実に対照的であった。


「ええ⁉ ワタクシサマ達だけで崖の魔物たちと戦うので御座いますですか⁉」

クレアの髪による拘束を解かれたデュエラは戸惑うばかりであったが、


「——なるほど、それは良い考え。先に行って始めとく」

セティスは対して考える事もなくおおむねを理解し、颯爽と箒の速度を上げて馬車の前方へと飛び去って行く。


「えええ⁉ セティス様、待ってくださいで、ます‼」


そんなセティスを目の当たりにし、遅れてデュエラも戸惑いながらイミトに慌ててクレアの頭部を託し、空中を歩行する魔法を用いて駆け出して追いかけ始める。


そんな二人の猛烈に先を走っていくそれぞれの背に、

「……本当に、あの崖を登りきるつもりなのか」


頬に一筋の冷や汗と眉根を寄せたいぶかしげな様子のカトレア。


すると、姫を守ると勇猛を気取っていたはずの彼女の未だ動揺の晴れぬ顔色に、クレアの頭部を左腕で抱えるイミトは腰に右手を当てて語るのだ。


「まぁ信じろよ、どうせ一度は死にかけた命だろ」

 「アンタは姫様を守る事だけ考えてればいい。俺も馬車の中の食材を守る事だけ考えてるから利害は一致するだろ?」


肩の力の抜けた吐息交じりの呆れ顔。

それは——楽観を極めた信頼か、或いは破滅主義者の諦観ていかんか。

カトレアには分からない。


「——信用したぞ、イミト殿」

「ふん。それは疑っておる者しか使わん言葉よな」


しかしカトレアは苦渋くじゅうの末に彼を見つめて自信が何よりも守らねばならぬと誓ったマリルティアンジュの下へ向かうべく扉の中に戻っていって。クレアに失笑を売りさばかせる。


その事について、イミトは言葉を重ねなかった。


「……そういやクレアさんよ。セティスの武器に必要な魔石はカトレアの件で使っちまってんだが、アイツどうやって戦うんだろうな」


それは不安がるカトレアの手前、敢えて口にしなかった疑問について考えていたからである。セティスの武器である銃に似た兵器は、昨日カトレアの負傷した命を救う為に用いた《《とある魔物》》の魔石を核に起動する兵器であったからだ。


その魔石を無くした今、彼女がどう戦うか不明瞭だという事実に対し、クレアの私見を問うイミト。

しかし——クレアは、いやクレアもであろうか。


「あ。ん。いや、アレだけの自信を持って行ったのだ。何かしらの手はあるのだろうよ」


セティスが用いるだろう戦闘手段が分からない。

ものの見事に失念していて。


「……『あ』って言ったけど、マジで忘れてたんじゃないよな」

「「……」」


二人のデュラハンは、遠くに行った二人の戦士の背中をジッと改めて見つめる。


——。


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