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死の象徴。2/4


「暗殺……組織?」


そんな唐突に饒舌じょうぜつに語り始めた虚言に、首を傾げるセティス。


まだ真偽を決められる程の情報は無い——普段から無機質で鉄面皮てつめんぴな表情の彼女だが、その感情は彼女の瞳にそう映っていた。


するとその時、空気を読まずと思える程のタイミングで、


『……よくもまぁ、そんなホラを容易く並べられるものよ』

『黙ってろ。似たようなもんだろ、あのクソ共の暗躍っぷりは。そういうラノベを死ぬちょっと前に呼んだんだよ』


イミトの脳裏にクレアの言葉。念話である。


文字だけ見れば、本当にイミトの虚言を台無しにしかねないタイミングではあったが、それでも——さして問題は無い。


それは、

「……言語が変わった。そういう手を使えるんだ」

「『……』」


この時のクレアが念話に用いた言語は、ツアレスト王国の言葉であるツアレス文字ではなく、かつてイミトが住んで居た世界の言葉であったからである。


しかしながら、その言語の変更は言うまでもなく疑念を生む。

聞かれたくない事であるから言葉を変えたのだろう、と。



「まぁな。クレアは仕方ないとして基本的に俺の事情にお前らを巻き込みたくないんだ。悪いが、そこは勘弁してくれ」


懐疑に揺れるセティスの瞳に、イミトは頭を掻きながら自嘲の苦笑い。


目線の先には、クレアがデュエラと共に居る御者台に繋がる扉。恐らくだが、念話を使ったのはクレアの嫌がらせであったのだろうと思うイミトである。


その場を何とか乗り切ったイミトはセティスの視線を浴びながら次の言葉を待った。



そして沈黙が再び訪れる事も無く、次に言葉を放ったのは、


「——つまりイミト……様は、噂に聞く東方の忍びの一族なのですか?」


一国の姫君、マリルティアンジュその人である。

不安げな眼差しで、国家間の諜報活動を憂うような瞳。


彼女もまた、イミトの虚言にとって面倒な人物であることは間違いない。


「忍びっていうのとは少し違うな。もっと品の無い傭兵集団みたいなもんだ」


いやいや心配なさるな姫君よ、イミトはマリルティアンジュの不安に対し、肩の力を抜いて楽天的な声を流して誤魔化すばかり。


すると、意外にもここに来てイミトにとって比喩としての追い風が生まれる。


「ふむ。東方には様々な武闘派組織があると聞いています。その中の一部ということなのでしょうか」


武闘派の騎士であるカトレア・バーニディッシュ。彼女は、イミトが知らぬ東方の国について聞き及んでいる情報を漏らしながら、それが彼にとって有利になるとは知らぬままにイミトに問いを詰めたのだ


僥倖ぎょうこう、僥倖である。


「まぁな。家族の為にそこで働いてたんだが、そいつらも死んじまったからフラリと旅に出て、迷子になってる内にクレアと出会ったんだよ」


内から溢れ出そうな笑いを抑えながら、後は頷くだけで良いのだと様々な事柄の説明を省略し、クレアとの出会いまで虚実の過去話を進めるイミト。なまじ真実も含まれているのでタチが悪い。



だが、ここに来てイミトはおかしな発言をした。


「これで満足か? 個人的に良く出来た作り話だと思うんだがな」



「「「……」」」

まるで、無駄な時間をご苦労様と言わんばかりの飄々《ひょうひょう》とした物言いで、イミトの過去話に耳を寄せていた三人の人物の心を裏切り捨てる。



イミトには、思惑があったのだ。

「いや、どうせ本当のことを言っても信じないだろ、お前ら」


「それは誠意と態度による。そういうもの」


「いいや、人は信じたいものしか信じない生き物さ。それに、作り話だって言う事が俺なりの誠意って奴でね」


そして、そうすべきという彼曰くの彼なりの『誠意』もあったのだ。


彼はいぶかしげな三人の視線を浴びながら小窓を眺めつつ右手に黒い渦を灯らせる。

創り出したのは、一枚の黒い紙のようなものであった。


「——ちょっと待ってろ。ここをこうやってこう、んで、こうやってこうやる……っと」

「ほら、折り鶴」



それから黒い紙を折り曲げ、作り出したのは一羽の黒い折り鶴で。


「「「……」」」

その折り鶴の意図する所が分からない一行を困惑させる。


「俺が生まれた国じゃ、これを千羽ほど作って死んだ奴や病気の奴に祈りを込めるんだ」


「心安らかに過ごせるようにとか、苦しみを分かち合うって意味を込めてな」

「とは言っても、黒千羽は縁起が悪いと思うが」


創り、作り出した紙切れ工芸にまつわる文化風習の説明をしながらセティスに折り鶴を手渡すイミト。彼はつるにその場に居る者たちの注目を集めながら再び自嘲の笑みを浮かべ立ち上がる。



向かう先は、近くにあった二階建て馬車の梯子はしご


そう——、彼は逃げようとしたのだ。この場から。


「どうせ喋らないんだったら暇潰しにこれでも折ってろ。紙は魔力で作っといてやるから。気晴らしにもなるだろうし」


「だいたい……俺の事を知りたきゃ有料だ。対価を払え、タダ飯喰らいの穀潰し共が」


まさに逆ギレと言った風体で罵詈雑言をグチグチと漏らしながら自分が座っていたソファーの上に積み上げていく黒い魔力で創った正方形の紙の束。


「俺は二階の方で昼飯の用意をしてくる。何かあったら呼べ、トイレに行きたきゃクレアに言え、以上。解散」


「「「……」」」

一切の反論を許さぬ勢いで彼は梯子はしごの一段目に足を掛け、颯爽さっそうとその場を去っていく。

その勢いに、残された者たちは呆ける他はなく、



「逃げられた……やっぱり謎の男」

やがて我に返って、途方にも暮れた。


「えっと……取り敢えず、この折り鶴とかいうの、折ってみる?」


イミトが去り、気まずさが増すばかりの車内。セティスは周りをおもんばかり、ぎこちなく話を振ってみた。そして他の彼女らもまた、


「しかし、やり方が……」

「その……イミト様が作った物を分解してみれば、もしかしたら分かるかもしれませんね」


何となく残る気まずさを払拭ふっしょくすべく、ぎこちなく言葉をつむいでいくのである。


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