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アウーリア五跡大平原。1/3


そして暫くの時が過ぎゆき、


「ああー、湯の熱が血肉にみるぅ……」


黒い魔力で作られたへいの向こう側から、イミトの気の抜けた声と湯煙が昇る。



「まさか魔石からの召喚魔法まで使いこなしてしまうとはな……」


「あー、要は武器を作るのと同じで、魔石を核に魔力で魔物を作るって理屈だろ? 生き物の解体調理してりゃ、それなりにイメージも沸きやすい」


「魔石にかなりの負荷を掛けるから使い捨てなのが残念なところだ」

 「理解したとて容易くは無いはずなのだがな」


呆れ果てた様子で塀の外から放たれるクレアのボヤキを、湯船から掌を出したように掬い上げて顔を拭うイミト。クレアは虚しく息を吐いた。


すると、そんなデュラハンの気の抜けた一幕に対し、とある少女が声を漏らす。


「というか。ただ風呂のお湯を沸かすのにそのレベルの魔石を使うのは流石にもったいない。そこを諫めるべき」


セティスである。覆面を外した覆面の魔女は、自身が用いる筒状の拳銃のような武器の手入れをしながらに、贅沢を批判して。


されど、

「しょうがねぇだろ。何処かの誰かさんが俺には魔法を教えてくれないんだからよ」

 「タワケが。しょうもない事にばかり使うのが目に見えておるからであろうが。今のざまを見よ」


「私、お湯を沸かすくらいの熱魔法なら使えた」


技術が追い付かぬと弁明するイミトに対し、その主張を切って捨てるようなクレアの物言い、そしてセティスの提案には真剣味は無く、淡白な暇つぶしの話題であるかのようだった。


「マジかぁー、早く言えよー。お前も一緒に入るかセティスぅー」

「……入る訳がない」


加えて、イミトは時を経るごとに湯船の中に溶けていくような気怠けだるさを如実に増していき、付き合うのも馬鹿馬鹿しいとセティスにも息を吐かせる始末。


そんな頃合い、遠くから何が飛んでくる気配が迫って。


「イミト様、追加のお水を汲んできたのです」


それは空を駆けることが出来る少女デュエラであった。満悦まんえつな顔で両手に抱える体ほどに大きく黒い水瓶には、どうやら近くの湖からんできたのであろう水が波打ち、今にも少し溢れそう。


「おおー、ありがとう、お前も一緒に入るかデュエラ」

「よろしいのですか? お風呂はハハサマに聞いた事があるので一度入って見たかったのですよ!」


塀の向こうとの間で交わされる会話の中で、冗談めいたイミトの軽口に反応し大きな壺を扉の横に置いたデュエラは興奮した。


しかし、

「待って。男と一緒はダメ」

「ええ⁉ 何故なのですかセティス様⁉」


常識と倫理観を持ってセティスは、服を脱ごうとしたデュエラの肩に手を置いて常識知らずを抑え込む。それが理解出来ずにセティスの理屈に驚くばかりのデュエラ。



「良いじゃないかぁー、別にぃー」


イミトの脳は、湯の熱に完全に溶けていたようだった。


「腑抜けどもが……」


「お前の髪も洗ってやろうかクレア? 水が嫌いだから風呂に入った事もないんだろ」

 「要らぬ。誰が好き好んで貴様などに我の髪を触らせるものか」


目の前で繰り広げられる茶番に辟易と、クレアは頭が痛ましいといった表情。

そこに——またもりずに背後へと近付いてくる足音が二つ。


「クレア殿、我々の準備は出来ましたが」


そして少し離れた場所からのカトレアが声を掛けたのだ。クレアは髪を器用に操り自身の顔の向きを変えて、カトレアの姿を見ると彼女は片手で収まる程の荷物を肩に背負い、マリルティアンジュの前に立っていて。


「うむ。積み荷はそれだけか?」


「馬車と共に我らの荷運び用の魔道具も大半が焼失してしまいまして、必要最低限の道具だけですから。食料等はセティス殿が魔道具の中で管理して頂けているので助かります」


視線を動かすクレアの確認に、少し苦みを感じる微笑みを浮かべカトレアは未だデュエラを抑えつけているセティスに頼もしく目を向けて。


「……どうせ食料はイミトに頼まれて回収していただろうから気にしなくていい」


唐突な感謝の意——セティスはカトレアの真摯な視線に気恥ずかしくなったのか、抑えていたデュエラを離し、首の後ろにあった覆面を深く被りながら応えた。


そしてそんな反応を横目で流しつつ、


「しかし、もっと荷物は増やしても構わぬぞ。移動手段は徒歩では無いからな。貴様らの仲間の遺品や貴重品もあろう」


「そうなのですか……では、そうさせて頂きます」


話を本筋に戻したクレアにカトレアも向き直し、少し考えを巡らしたような雰囲気。



——その時であった


「おいデュエラ。追加の水をくれ」

「きゃあああ⁉」


唐突にへいの間近に近づいて扉を開けたイミトの声に次ぎ、マリルティアンジュの悲鳴が響く。


「——⁉ き、貴殿はなんて格好をしているのだ‼」

 「……裸だろ。上半身くらいで騒ぐなよ。それよりも水くれ。沸かすから」


ひょっこりと扉から半身を覗かせたイミトの湯気の昇る体に頬を紅潮させたカトレアと目を覆うマリルティアンジュ。イミトは、素知らぬ顔で「水をよこせ」の手振り。


そうして、

「? あ、そこに置いているのですよ、イミト様」


そんなカトレアとマリルデュアンジェの声を大にした反応に、不思議そうに首を傾げ、それから我に返ったようなデュエラの声。


「ああ、コレか。助かる」


デュエラの指差した水瓶のふちを扉から手を伸ばして掴み、引きずりながらイミトは再び扉の中、塀の向こうへと戻って行って。クレアは頭を抱えたように眉根を寄せた。



「ま、まったく……何なのだ、君はいったい‼ 粗雑すぎるぞ!」


それでも尚も収まらない無礼に対するカトレアの怒り。怒りが沸騰し、湯気が今にも噴き出そうな声色で、背後のマリルデュアンジェは今も尚、顔を両手で覆っていた。


けれど、そこからの会話は早々——あらぬ方向へと赴き始める。

キッカケは、デュエラの素朴な疑問からであった。


「……そういえば、ワタクシサマ、男の人の体を直接見たことが無かったのですが女の人と体つきが全然違いますよね。腕とかも固そうですし」


過去を思い返すように顔布の面を僅かに上向きに、ぽそりと呟く。

それに反応を示したのは体を失ったデュラハンのクレアであった


「元々は男が狩りをし、女は子を育てるが人の成り立ちであるからな。多少は進化の系統がずれるのは致し方ない事よ」


「名前を言ってはいけないあの人たち大激怒の発言が生まれかねないな。出来るなら俺が体を鍛えているからって解釈をして欲しいもんなんだが」


そして塀の向こうから何かの作業をしている様子のイミトが片手間に声を上げて。

もはや、先ほどの無礼が無かったことのように普通の日常会話のような話が始まるのである。


「何が鍛えておるだ。まともに武術を学んだことなど無かろう」


「……肉の解体やら食材の運搬うんぱんやら料理には結構な体力が居るんだ。そういう意味じゃ体は鍛えてたよ。たまに漁なんかにも連れて行ってもらったから足手まといになる訳にも行かなかったし」



「良く食べて良く動いた、輝かしい時代だな」


怪訝なクレアと、それを翻弄するイミトの会話。


しかし意味の無い——たわけた空気の中から時折に現れる——


「それで? そろそろ教えてくれよ。どんな移動手段を使うんだ? 魔石で魔物を召喚して移動するのか?」


「今の手持ちだと、三つ首のバジリスクしか残って無いぞ?」



「バジリスク⁉ バジリスクを倒したのか貴殿らが⁉」

重要な事実、それらが織り交ぜられてカトレアやマリルティアンジュの感情は意図も容易く揺さぶられていく。


「……ワタクシサマの故郷で、クレア様が打倒してくれたのですよ」


「末端の雑魚よ。バジリスク本陣とは程遠い。アヤツを利用するのも悪くは無いが今回は別の方法を取る。アレには、また別の使い道があろうよ」


常人にとって驚くべき事実に驚かず、些末な事と言い捨てるクレアとイミト。


更には、

「はひぃー……風呂は落ち着くなぁー」

「私も入りたい。早く上がって」

「ええ⁉ セティス様だけずるいのです! ワタクシサマも!」


「うん。イミトとはダメだけど、私と一緒に入ろう」

「聞かんか己ら‼」


さして重きを置くような事では無い事柄を重んじてばかりの一行を魅せつけられて。

カトレア・バーニディッシュは思っていた。心底、思っていた。


「……何という気の抜けた……本当に大丈夫なのでしょうか」

 「……そうですね」


この人物たちに、一国の重大事を本当にゆだねて良いものか、と。


頷くマリルティアンジュを傍らに、晴天たる空に昇る湯煙を憂う。


——。


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