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セティスの朝食。1/4


大平原での些細ないさかいを終えて、ぞろぞろと背の低い草原の草花を踏み越えながら昨晩を過ごした野営地に戻る一行、


「ああ腹減った。セティス、用意できてるか?」


そんな中、青空満天の草原には似つかわしくない黒い厨房ちゅうぼうに辿り着き、真っ先に声を上げたのはイミトであった。


「出来ている。けど、自信ない」


「気にすんなよ。この世界の一般的な味付けを知りたいだけだから」


朝食なるもの為、鍋からの湯気と燃える焚火の煙にいぶされながら作業を続けるガスマスクに似た覆面の少女は、シュコーシュコーと変わった呼吸音を世界に解き放ちながら言葉を返し、イミトを迎え入れて。


彼女の名は、セティス・メラ・ディナーナ。


昨日、知り合ったばかりではあるが、デュエラと同様にとは言えないが、幾つかの理由の為にイミト達と旅を共にする事に決めている覆面の魔女である。


「野菜スープと焚火で串焼きにしたパン……と卵料理。オムレツに近いか」


そんな彼女の作った料理の数々が並べられる黒いテーブルを眺め、イミトは顎に手を当てて真剣に思考を巡らせる。


それは——、

「普段通りの味付けにしたつもり。でも、味が薄いかも」


「そりゃ俺の料理の味を濃い目に感じてるって事だろ? その誤差を知りたいのさ」


この世界の元々の住人では無いイミトにとって、この国——ひいては己がまだ、ほんの一部しか知らない異世界の文化を知る絶好の機会。


「セティス様の料理も美味しそうなのですね……じゅるり」


そして並べられた料理の観察をするイミトの脇から、ひょっこりと顔を出すデュエラ。彼女もまた、森で孤独に暮らしていた生い立ちから、特に食文化というものに味を占めて興味津々の様子。


「ダメ。デュエラ……さんは昨日の残り物のカレー、食べて」


「えー、何故なので御座いますか⁉ ワタクシサマ、カレーもこちらも残さず食べれるので御座いますよー‼」


しかしながら料理は一人分。料理を作ったセティスは、デュエラには食べさせられないと対応に純真な疑問を持って戸惑う彼女の背を押して他のテーブルへと導いていく。


何故かといえば、イミトの趣味は料理であったから。


「勝てる気がしない。比べられるの、嫌」


それも——、覆面の裏に隠れるセティスの無機質な表情を剥ぎ取れる程の腕前となれば、自分の料理をつたなく思うセティスに圧倒的な白旗を上げさせる事も自然な事で。


されど、

「悪いなデュエラ。これは俺だけのご馳走だ」


イミトの趣味は、料理なのである。どんなに拙く見えては居ても、あらゆる料理が好奇をそそる上等な玩具であるようにイミトは楽しげに、何より自慢げにデュエラに笑い掛ける。


「我にも味は伝わるがな」

 「そ、そんなー……」

次いでイミトと五感の感覚を共有できるクレアが黒いテーブルの上にその身を置かれながら得意げにイミトの意地悪に乗ると、デュエラは更に肩を落として。


「さて、卵が冷めないうちに、っと」

「うー……」


そんな指をくわえた物欲しそうなデュエラを尻目に、銀色のさじで皿の上に乗る黄色の焼かれた卵の真ん中を割り、それが卵包みの料理である事を看破したイミト。


「この卵、何処から採ってきたんだ? 林道か?」


とろりと半熟の半固形の卵が照り光る舞台で、液状のチーズが溢れる中に様々な色合いを魅せる粒の群れ。湯気がふわりと昇り始める。


「うん。キノコを探すついでに見つけてきた」

「え、鳥さんの卵なのですか。それ⁉」


その料理に関する余談、


「ふん。さもすれば先程、貴様が呪ったのが親鳥なのかもしれんな」

「……そうかも、しれないのです」


空腹だったデュエラが空腹を忘れる話の向きに向かうが、イミトは一匙分の卵料理をすくい上げて口直しにと下唇をぺろりと一舐め。


そして——

「なるほど、そんな事があったのか。頂きます」

 「感傷の欠片も無い。冷たい人」


その場の空気を一切とかんがみず、頬張った卵料理。セティスの覆面によるいびつな呼吸音に僅かな緊張が走る。


更に、

「ふむ。なんぞ、口の中にモサモサが広がるな。卵と他の食材が馴染まずに無理矢理チーズに閉じ込められておるようだ」


「そしてさりげに酷い」


唐突に横から眉根をしかめるクレアにセティスの首が思わず回って。


「んー、素材は良い感じだぞ。黄身の味が濃い良い卵だ。卵料理は難しいからな。油断したら俺もよく失敗する部類の料理だし」


それからイミトの言葉に気を取られ、彼の顔を目の当たりにして少しセティスはうつむいた。きっと、感動では無いのだ。


セティスが以前、イミトの料理を食べた時の感動が今のイミトの表情からは僅かなりとも見て取れない。淡白な調査、探究のような感情しか感じられなかったのである。


「ふむ。しかし……我は卵と言うのを食すのは初めてだったと思うたが、何処ぞかで食べたことがあるような……」


「ん。前に食べた揚げ豆腐の卵あんかけか、茶わん蒸しだろ。あの二つも卵を使った料理だからな」


「ええ⁉ あれも卵料理だったのですか⁉ 全然違うのですよ⁉」

 「……凹む。何の話か分からないけど」


そしてセティスは、自分が旅に合流する前の思い出話だろう話で盛り上がり始めた一同に疎外感を感じた。


「ああ悪い、悪い。卵は火を通し過ぎてる感があるのはともかく、中身は割とだぞ。細かく切った野菜と溶かしたチーズがベースのソース。野菜に火も通っているし、チーズも焦げ付いてない」


そのセティスの様子に気付き、本題であったセティスの朝食についての感想を語り始めるイミトは、もう一口と料理に意識を向ける事を再開する。


「確かに素材の味は良い。評するならば優しい、なのであろう。しかしやはり優しさばかりではイミトの語る愉快さ、というものが無いな」


黒いテーブルの上に鎮座するクレアもまた、セティスの焼いた串焼きのパンをイミトが千切る様を眺めながら美しい黒髪をなびかせて語った。


そして結論というべきか、


「うーん。そうだな、俺からしたら面白い文化の違いなんだが」


不満げと言うよりは少し考え込むような表情で紡がれる言葉。


「……ごめんなさい」

「ああ。いや、悪くは無いっての。気にすんな、不味まずくは無いから」


それでもイミトの思考中であるがゆえに放心気味だった心をセティスの落ち込んだ声と覆面の特徴的な呼吸音が引き戻し、彼に軽く口角を上げさせて微笑ませる。


卵料理の口直しなのか、仕切り直しか、次に野菜のスープに手を伸ばし、匙でスープの沈殿を波立たせて静かにすくうイミト。その小さな水紋を眺め、更に浮かぶ微笑み。


けれど——、《《それ》》の意図する所を誰に悟られる間もなく、


「……因みに、イミトなら同じ料理、どうしてた?」

「んあ? ああ……そうだな」

不安げなセティスの質問にスープを音もなく啜った後で、答えを考える事になったイミトは改めて卵料理に視線を送るのであった。


その時だ——、

「イミト殿、クレア殿。そろそろお話をさせて頂きたいのだが」


少し離れた場所から、もう一人の人物を背後に連れながら意を決したように現れたのは先ほどクレアにないがしろにされたばかりの女騎士カトレア・バーニディッシュ。

彼女は再び、先ほどの反省も含めて腰の剣を置いて現れ、《《これから》》についての相談を頼みに参上したのだろう。


けれども、イミトは忙しい。


「ちょっと待ってくれ。今はセティスが先だ」


真剣な面持ちのカトレアを他所に、片手の仕草のみでぞんざいにカトレアを制止して、放った言葉を態度でも示す為にカトレアに対して椅子の背を向けて卵料理の皿をセティスに見やすい位置に滑らせたのである。


「卵の焼き加減は勘と経験だけど、俺だったらチーズとキノコは入れないでラピニカの燻製肉を一口大に切って入れるかな。まろやかさは卵だけで十分だし、野菜と一緒に塩と胡椒で炒めて味を馴染ませてから卵で包む」


「キノコは濃厚な卵の口直しに添え物としてサッパリとした味付けで炒めたの作れば、食事にバリエーションを持たせられると思うぞ」


「後はソースかな。この野菜スープを少し使ってトマトで味付けして焼き終わってから好みで掛けさせるのが良いかもな」


「一つの味を食べ続けるより、色々と遊べて色々と食べられた方が楽しいし、お得感があるだろ?」



「「……」」

イミトにとって、真剣で今後の人生に関わりそうなカトレアの命題も、セティスが今後、作って自分達が食べるかもしれない朝食の話題も等しく重要なものだった。


むしろ、朝食の方が彼にとっては重要な事なのだろう。


彼にとって、料理は趣味で——紛れもなく生きるかてであるのだから。


「それから野菜の切り方は種類ごとに大きさも変えるぞ。均等に火を通すとかもあるが、野菜の性質っていうか、どういう食感を相手に感じさせたいかって考えるからな」


しかしイミト以外の人物にとって《《それ》》は、とても些末な事なのかもしれない。楽しげにつらつらと自身の趣向しゅこう嗜好しこうについて語る男に対し、カトレアと——その背後に居る美しいドレスを着た少女は何かを耐え忍んでいるかのような空気感をその表情に滲ませていて。


「例えば、この芋は火を通すとホロホロと崩れていく性質があるだろ? だから少し大きめにして存在感を高めてやる気持ちでな」


「逆に人参やら崩れにくい野菜は歯ごたえを大事にしたいが、大きすぎると火が通りにくくなるし、そればかりを噛む事になって芋とかより後に飲み込む事になる」


それでも《《それ》》を語るのだ。身振り手振りを踏まえながら、皆に見られている事も省みずに童心に帰った無邪気な様子で。


「せっかく同じ料理にまとめるんだ。口の中で同じように素材を楽しんで欲しくないか?」


或いは人生の楽しさを説く先人の如く。肩の力を抜いた笑みを浮かべながらに。


「……完敗。次は善処する」


「おう、次も食わせてくれよ。美味いの期待してるぞ、料理について聞かれたら教えられることもあるかもしれないし、気軽に何でも聞いてくれ」


「貴様は……本当に料理と人の悪口に関する事なら活き活きと話をする」


「ワタクシサマも、料理のお勉強がしたいのですよ‼ 色々、教えて欲しいのです‼」


「はは、旅しながらで時間がある時にな」

腹一杯になるような明瞭めいりょう饒舌じょうぜつに、それらを聴いていた者たちの感情は様々であった。想像以上の饒舌に舌を巻いたり、呆れたり、うらやんだり。


そして——、

「こほん……そろそろよろしいか?」


終わりを待ちかねていたように。そんな様々な感情が交錯する中でカトレアはわざとらしく息を吐く。姿勢を正しく、背筋をピンと伸ばし、改めて真っ直ぐにピシャリとイミトに視線を送る。


すると、イミトもようやくとカトレア達の居る方へ視線を向けた。


「ああふぁるかったな、ふぁとれあさん」


頬にパンを詰め込み咀嚼そしゃくしながら体の向きもカトレア達に向け、片手間の会合がはじまる。故に後方に控える少女と前方を守る女騎士は、粗雑なマナーの男と呆れ果てる女の頭部を真っ直ぐに見つめ、ゴクリと息を飲んだ。


それは決して空腹ゆえの物ではないと彼女らの緊張感をたぎらせる瞳は語っていて。


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