アルキラルの祝福。4/4
「じゃあ昼……いや、少し早いけど夕飯の支度するから、お前らは邪魔せずに隅っこに座っててくれ」
心機一転、クレアに対する警戒、全身の緊張を解きほぐし、小さな息を吐くイミト。
「デュエラは野宿……今日寝る場所の準備、クレアはセティスの、呪いの解析だな」
茶番は終わりだと片手を上げて背を伸ばし、柔軟運動の動作。
体中の骨が間抜けに鳴った気配がする。
「……ふん。貴様が仕切るのが鼻に突くが、まぁ良い。暇であろうしな」
「分かりましたのです、イミト様!」
「じゃあ解散。多分無いとは思うが、敵の襲撃には気を付けろよ」
目まぐるしく変化するイミト達の歯切れのいい空気感に、困惑し、あっけらかんとなる姫と女騎士を尻目にイミト達はそれぞれの日常に戻っていく。
戦いの終わり、新たなる序章に向け、動き出す一行。
その頃、その様を遠巻きに見つめ、新たな展開へと進む者たちが他にも居た。
——。
「終わったようですね。どうでしたか、イミナさん。アナタのお兄様は?」
女神、ルーゼンビュフォア・アルマーレンである。
「……主人公、みたい、でした」
アウーリア五跡大平原の上空から見慣れぬ言語で書かれた蒼白い魔法陣の上に立ち、仮面の少女と眼鏡の女神は意味深げに会話を交わす。
「ふふ、そうですね。罪人の分際で」
「あまり長居は無用だ。私は一刻も早くレザリクス様に顛末を報告せねばならない」
そして、もう一人。二人の会話に後方から割って入る男騎士の姿。カトレア曰くセグリス、ルーゼンビュフォア曰くアーティー・ブランドー、その人である。デュエラに蹴られ潰されていた顔は元に戻っているが、彼は些か険しい顔をしていた。
先の魔獣化カトレアとクレアの戦闘を見た為か、自身の企みが失敗し、姫の生存に危機を感じている為であろうか。それは今、断定して語れない事柄である。
「問題ありませんよ、アーティーさん。私の転移魔法ならば一瞬です」
「もう一度、襲撃をしないのですか? 今なら私一人でも」
そんなアーティーに眼鏡を輝かせるルーゼンビュフォアが安心を促すと、次は仮面の少女イミナが無垢に尋ねる。
「ふふ。賭博はいけません。アナタはまだ私が授けた力が馴染んでいない。それに彼らは我々の存在に気付いています。奇襲などは成立しません」
「他の二人は気配を感じている程度でしょうけれど、蛇の娘が時々こちらを見ていますので」
「隠蔽魔法を使用しているのでは?」
「……そうですね。驚くべきか、省みるべきなのでしょう」
イミナに対してもルーゼンビュフォアは質問に答えながら優しく窘める。が、眼鏡を片手で駆け直しながらの微笑みは数多の策謀を巡らしているようで。
「行きますよイミナさん、我々はまず——この世界での後ろ盾を得るべきなのですから」
そして遠くの彼らを一瞥し、転移魔法による景色の歪んだ空間を作り出すに至った女神。イミナは特に異論を唱えなかったものの、ルーゼンビュフォア同様に最後に彼を一瞥する眼差しには多少の心残りがある様子。
それでも——
「今回は我々の負けという事にしましょう。そうアナタの主にも伝えておいてください」
「アルキラル」
彼女らの転移を礼儀正しく見送る執事服を着た銀髪の女性に気を取られながらもルーゼンビュフォアの指示通り、歪んだ空間を通りその場を去る暗躍者たち一行。
すると、唯一その場の残った中立者は、下げていた頭を思慮深く持ち上げ、
「——はい……いいえ。恐らくは今回も、でしょう。ルーゼンビュフォア様」
遥か上空のそよ風に消え入りそうな声で、そう呟いて天を仰いだアルキラル。
次に彼女が意味深い視線を送るのは、イミト達一行。
己自身、天使アルキラルが、思わず瞳孔を開く状況が迫っている事を知らぬまま。
それはタイミングを見計らったように唐突に現れた。遥か上空に佇むアルキラルに目掛け、真っすぐ猛烈な勢いで跳んでくる物体——、不意を突かれながらも軽々とそれを受け止めたアルキラルがその正体を確認すると片手で掴める程度の四角い黒い箱であった。
箱は蓋つきでこれまた黒い紐で固定されている。
紐をほどき、中を確認すると——
「——コレは……確か自然薯とかいう」
そこには包丁で切られ箱びっしりと敷き詰められた木の根っこのような山芋の姿。
イミトが道すがら採集していた自然薯である。
「土産に持って帰れと、そういう事なのでしょうか、罪人様」
遠くのイミトの姿を確認すると、彼は既に自分の作業に没頭し始めていて意図を語る事も無いが、確認する必要すら無いほどの白々しさにも見えていて。
一考し、結論。アルキラルは片手を腹の位置に、もう片方を背中に回して召し使いの様相で丁寧に頭を下げ、呟く。
「……ありがとうございます、そしておめでとうございます、と。今は御礼申し上げておきましょう」
「罪人様——アナタ様の今後の人生に幸多からんことを」
この瞬間、中立者にして天使アルキラルは、とても優しげな微笑みで彼らに細やかな祝福を贈ったのであった。
——。




