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アルキラルの祝福。3/4


 「姫。後生の頼みです。どうか私の愚かな行いを許して頂きたい」


「——カトレア……分かりました。その代わり、それが終われば何を置いても治療に専念しなさい。良いですね」


 イミトがそうしている内、カトレア達も話が着いた様子。姫は不安げではあったがカトレアの瞳をしかと見て心をようやく折ったようである。


「……はい。感謝、いたします」


「イミト様……」

カトレアがイミトの作った剣の一振りを地から引き抜く姿を見送り、マリルデュアンジェ姫もデュエラやクレアの居る立ち位置へと向かい、カトレアと対峙するイミトにも不安の眼差し。


「もう殺しはしないっての。殴られるのは嫌だから手加減もしないが」


そんなマリルデュアンジェ姫にイミトは剣を軽く肩に担ぎ、冗談めいて語る。次に目を向けるは、黒剣を試し振るヤル気に満ち溢れたカトレア。


 気だるげに息を吐くが、決闘の始まりに剣の先をぶらりとカトレアに差し出して一応の構えを見せるところを見れば、どうやら彼にもヤル気はあるようではあった。


「では始める。セティス、良き所で合図せよ」

 「——分かった」


そして、始まる。イミトとカトレアの一騎打ち。


「……イミト殿。私は貴殿が嫌いだ、信用ならん。シャノワールの件も当然ある」


 「だろうな」


剣を構え、精神を集中させたカトレアが始めるささやかな会話にイミトは楽しげである。


「だが感謝する。おかげで一つ、教えられた」


「はは、まだまだ学べるチャンスはあるぜ? 学び終えてから言えよ、そういう事は」


セティスが兵器の砲身を空に掲げるのを横目に、彼らは笑う。



「そうだな……私は生きよう。これは、その覚悟を示す為の戦いだ!」


互いの黒い剣に太陽光が輝き、改めてカトレアは決意を持って剣の柄を握り締め、悪辣に笑うイミトへと戦いを挑む。


「「——‼」」

瞬間、轟く号砲。決闘開始の合図。

先んじて動いたのはカトレアであった。全力の脚力で地を踏みしめ、弾ける様にイミトの居る前方へと跳ね行く。


だが、

「——なっ、何⁉」

対するイミトの悪辣な笑みが揺らぐことは無く、彼は一切と動かない。そうカトレアが認識した瞬間、カトレアは【()()()()()】に驚きの声を漏らす。


カトレアの振り抜こうとした一閃が——、

 黒い魔力で作られた剣もろ共に黒煙へと回帰する。

その唐突な事象に愕然としたカトレアにイミトはこう語った。


「な、学べただろ? 敵から武器を借りちゃあ、いけないんだぜ?」


イミトからすれば戦いは——、既に終わっていたのである。


「「「卑怯な」だ」です‼」

「カトレア‼」


様々な感情が入り混じる状況下、振り抜いたはずの剣を失ったカトレアの間合いの中に立ち続けたイミトは、己の剣を得意げに振り上げる。


「この……卑怯者がぁぁぁぁあ‼」


対するカトレアに取れる手段で残されていたのは真剣白刃取りくらいのものであろうか。外道に向ける眼差しと叫びで、その手段を選択した彼女は断末魔の如くイミトを睨んだ。


「まぁ、俺も間違えて自分の武器を消しちゃうわけだが」

「あ……」


が、イミトの嘲笑は止まらない。イミトも自らの剣を振り降ろすと同時に消し去り、腕の力だけで些かの暴風を起こしたのである。それは、クレアが自分の体を駆使して魔獣との交わした戦闘を見学体感して学んだ体術であった。


「ふぅ……姫様が心配してるんだ。お前の負けって事で後は治療に専念しとけ」


剛腕と策謀によって一瞬にして沈黙に染まった平原に、一仕事終えた様子の楽観的なイミトの声が響く。


イタズラを終えた悪童は、

「その間ぐらいなら、しっかり守ってやるさ」

 「お優しいクレアと他二名が、な」


至極満足げに、地に片膝をついて両手を掲げるカトレアの滑稽な姿に流し目を送り、立ち去ろうとした。


イミトは、薄々と察していたのだ。カトレアやマリルデュアンジェ姫の決意を有耶無耶に踏みにじり誤魔化せたとて、


「デュエラ……我を今すぐにあの阿呆の下へ運べ……」

「は、はい……‼」


誇りを重んじるクレア・デュラニウスが自身の蛮行を許すわけが無いと。


「この小汚い愚か者がぁ!」


飛んでくるのは激昂だけではない。美しい白と黒の髪を操る力を以って作られる殺意のこもる拳もそうであった。


「危な! なんだよ、誰も怪我無く文句もない完璧な勝利だったろうが!」


かろうじてクレアの拳をかわしたイミトの本当の戦いは、これから——ここからが茶番にして本番なのである。


「逃がすな、デュエラ! あやつの性根を叩き直さねばならん!」

 「誇り高いデュラハンの力を毎度毎度と無駄に使いおって!」


「ああ⁉ 無駄に怪我する方が馬鹿だろ、どう考えても!」


一方、デュラハン達の茶番を他所に、未だ呆然とするカトレア・バーニディッシュ。


「カトレア!」

そんな彼女の体調を気遣い、駆け寄るマリルデュアンジェ姫。


「姫——……申し訳ない。負けてしまいました」


そこでカトレアは我に返り敗北を噛みしめて。

何故か清々しい表情は、

「……ふふ、負けた者の顔では無いですね」

マリルデュアンジェ姫すらほうけさせ、微笑ませて、そう言わしめるものであった。


「怪我は無い?」

「はい……大丈夫です。しかし不敬ながら少し肩を貸しては頂けませんか?」


完全なる敗北。今なお続いているデュラハンの茶番を背に立ち上がり、カトレアは笑った。


「私も肩、貸せる」

 「ありがとうセティス様、助かります」


「良かったね。大切な人、助かって」

「はい!」


そこに覆面のセティスも加わり短い会話。不服な決闘ではあったが結果として満足していたマリルデュアンジェ姫。そんな彼女の朗らかな心からの微笑みを受け、


「……きっと、騎士さんまで助からなかったら姫様は死んでた」


覆面による歪な呼吸音の後にセティスは冷静な声色で物思いに更けるセティス。


「それは……どういう」

尚も続く後方の茶番を片耳にカトレアはセティスの言葉の意味を問う。心根に沈殿する不信は未だ拭えずにセティスの言葉で思い返す。


「心が、死んでた。今の私、みたいに」

「「——……」」


それは、姫も同じであった。それでも不信を自覚させるセティスの言葉の真意を聞き、解けた誤解の先にある可能性のあった未来を想い、今を見つめる女騎士と姫。


「イミト……は、きっと全部、解ってたに違いない。だから——」


セティスもまた、過去を見ていた。


けれど、

「買い被るなよ。姫様のオネショパンツを洗うのが面倒だっただけさ」


後方から飛び退いてきたイミトに唐突に話を阻まれ、

「そうだ。その下劣極まる輩にそのような神経があるものか」


クレアもセティスに先んじて誤認されていそうなイミトの評価を塗り潰す言葉を吐く。


「クレア様、カトレア様方に攻撃が当たらぬように……なのです」


傍ら、デュエラが胸の内で抱く不安と恐れで冷や汗を滲ませているように、未だクレアの髪で作られた拳は強く握られイミトを狙い澄ましている様子。前述のように茶番はまだ終わってはいなかったが、


「イミト。」

物のついでとクレアの攻撃を警戒するイミトを無遠慮にセティスは呼び止める。


「あ? どうした」

幾分かの気の抜けた返事、チラリとそんなセティスの覆面に目を配って。


すると、彼女は言った。

「師匠は、死んだ。ちゃんと……理解、出来た」


覆面の奧、深く遠くの心の中から山彦の如く聞こえた声で。感情が遮蔽物にすり減らされ音だけが耳に響く印象。


それでもイミトは、

「そうか。それで、良いんだな」

まるで感情を汲み取ったように思わしげに呟いて問い返す。


「……うん」

僅かな躊躇ためらいに瞼は閉じられて。


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