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アルキラルの祝福。2/4


 最初はゆっくり、であった。すがるように、そしてすがりつくように猛烈に走り始めるカトレア。向かう先はマリルデュアンジェ姫、その人の下。


「どうするよ?」

「決まっておろうが——」


魔獣の殺意か、カトレアの忠義か。イミトに問われ、クレアも動く。


『——⁉』

クレアの方が早かった。魔獣化カトレアの行く先に瞬間移動の如く先回りし、マリルデュアンジェ姫の眼前にて立ちはだかるのだ。たなびく鎧のマント、片手で剣を振り払い、クレアは威勢良く語る。


「我を無視して他に行くなど無礼の極み! 死ぬがよい!」


『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼』


半狂乱の魔獣は断末魔の叫びを上げた。莫大な魔力を放出しながらの突進、周囲に様々な想いが滲むが如き氷柱ひょうちゅうを作り続けクレアの下へ、否——その後方、()()()()()()()へと一矢を報いてやろうとする為に。


けれど——、

止まる。凶悪な氷の兵器と化した魔獣は寸前、その動きを止めたのである。


「……カ、カトレア?」


クレアが何かをしたわけでは無かった。彼女もまた寸前で動きを止めていたのだから。


「——セティス辺りだろ。姫さん焚き付けたのは」


それどころか、姫の後ろに控え、


「後悔する、から。多分」

銃を構えた覆面のセティスも、

 「ワ、ワタクシサマは止めたので御座いますよ⁉ イミト様!」

傍らにまぎれ込んだデュエラの蹴りも寸前で止まっていたのだ。


「別にどちらでもしかりはせんわ、デュエラ。我らは動くなとは言っておらん」


「ま、今この間に下ごしらえ中の食材に何かあったら()()では済まさないけど、な」


完全に凍り付いた魔獣を尻目に膠着こうちゃくしながら会話をする一行。


そして——ひび割れる氷音。

 『わ……私は——カトレア……バーニディッシュ。マリ、マリルデュアンジェ姫をマモル……う』


真っ赤な瞳で語られる最後の言葉を機に魔獣は睡魔に襲われたように悔しく瞼を閉じる。と同時に全ての氷が盛大に砕け、人の形に戻ったカトレアの体が地に堕ちて。


「カトレア!」


魔獣化の名残か——小さな角はそのままに地に伏してしまったカトレアを想い、マリルデュアンジェ姫が急ぎ、駆け寄る。


 「……まだ触んない方が良いぞ、姫様。冷たいだろ」

「大丈夫、大丈夫です! カトレアは、私が運びます!」


大剣を引いた体の上からイミトが見下げながら忠告すれど、姫は懸命にドレスを汚しながらカトレアを抱きしめる。そこでイミトは、終わりに息を吐いた。


「こういう時に、熱を操る魔法とかあったら粋なんだけどなー」

「……くだらぬ、まだ油断をするでないわボケが」


クレアもまた、警戒を言葉にしつつも瞼を閉じているような声。大剣からもチリチリと黒煙がくゆり、その姿を削り消していく。


「とは言っても、俺は体を勝手に動かされるだけだからよ……いや、俺が戦って勝てる道理も無いわけなんだが」


戦いの終わり——イミトは空を向く。見据みすえる先には雲が流れ、太陽を隠す光景。


しかし、そんな静寂に成り果ていく空虚の中で、

「待て……イミト殿……」


カトレアの、カトレア自身の声が弱々しく響いたのである。


「カトレア‼ 動いてはいけません、アナタはもう……」


鎧兜を声のする方に向ければマリルデュアンジェ姫の制する声。そして弱り切ったカトレアが、それでも地に手を突き、震えながらも懸命に立ち上がろうとする姿。


「姫……申し訳あ、りません。少し、お時間を」


「俺に何か用か? くだらない話なら、俺がするから必要ないぞ?」


イミトの反応は冷淡だった。これも後遺症か、赤く変色してしまった右目を見ても驚く事はなく、

「私の……頼みを、聞いてくれないか」



「——……言葉は選べよ」

実に淡々と、カトレアを見下げ続ける。


「ふふ、安心してく……れ。姫様は私が……必ず最後まで守り抜くさ」

 その理由をカトレアも知っているようであった。彼女は俯きつつ小さく笑い、マリルデュアンジェ姫に支えられながらふらふらと立ち上がる。



そして——、

「私と……カトレア・バーニディッシュとイミト・デュラニウス。両名の一騎打ちを所望する」


彼女は願った。クレアではなく首の上の鎧兜を真っすぐに見つめて。一度瞳を閉じて心を整理し、もはや揺るがぬ覚悟を持って。


「カトレア! 何を言い出すのです、そのような体で!」


しかしカトレアの体を憂う姫が当然、そんな願いを許容できようはずも無い。


「いいぞ」

無論、姫であればで、あるのだが。マリルデュアンジェ姫の心配を踏みにじり、カトレアの提案にイミトは二つ返事で乗り上がる。


「イミト様! アナタまで何を!」


マリルデュアンジェ姫の怒りは相当の物であるだろう。疲弊しきる臣下を想い、イミトを糾弾する声には言葉を並べる余裕も無く、人の心はあるのかと問う如くであった。


「デュエラ、クレアを頼む。クレア、鎧を解け」


それでもイミトはマリルデュアンジェ姫を無視し、話を進めた。


「は、はいなのです!」

 「……よかろう」


「お二方様まで!」

 デュエラもクレアも異論は無いようだった。戸惑うマリルデュアンジェ姫の顔色を伺いながらもイミトの指示通りに駆け寄り、デュエラが鎧兜のクレアを受け取る。


「セティスは、合図を頼む。その……武器、を空に向けて撃ってくれ」

「分かった」

そして黒き鎧を暗黒に変えながらセティスへと指示を出し、堅苦しい鎧からの解放感の中で首の骨を鳴らすイミト。


すると、そのに、

「お辞め下さい! カトレアは既に重症なのですよ⁉」


「黙らぬか小娘! 騎士が誇りを賭けて一騎打ちを望むのだ、並々ならぬ理由と覚悟がある事も解らんのか貴様は!」


「——っ⁉」


カトレアの面前に庇うように立ちふさがり、意固地になるマリルデュアンジェ姫に、いい加減クレアがこらえ切れずに怒りを放ち威圧感をも解き放つ。イミトは少し面倒そうな顔をした。


「言葉の意味を考えてやれよ。コイツは、お前を最後まで守り抜くって言ったんだぜ?」

 「……感謝する」


クレアに気圧されるマリルデュアンジェ姫に気怠そうな眼差しでイミトは助言をしつつカトレアをチラリと見る。そして息を吐き、


「お前の剣は何処かへ行っちまったし、まださっきみたいに氷の剣は作れないだろ。これを使えよ。刃があった方が良いか?」


魔力にて剣を作り、試し振って元は鎧であった周囲の黒煙を散り散りに払う。


「いや、それがいい。貴殿の命まで奪うつもりは無い。貴殿の剣も同じものか?」


 「ああ。姫様に確認してもらおう、命を奪い合う気は無いって意味でも、な」


更にカトレアの問い掛けを受けて二本目の剣を作り、両方ともを地に突き刺して姫に身振りで品定めを依頼する。マリルデュアンジェ姫は未だに納得しかねる様子で眉根をひそめていた。


けれど、

「……た、確かに刃は有りません。し、しかし!」


「まだグダグダと……これ以上文句を言うなら貴様ごと貴様の臣下も灰に変えるぞ、マリルデュアンジェ。魔力の冷気で随分冷えておるなら、それも粋というものであろう」


再びの停戦の意見をまたもクレアに遮られ、しかも今度はクレアを抱えるデュエラの周りに炎の球体を幾つもたぎらせるオマケ付き。そんな脅迫めいた言動に、非力なマリルデュアンジェ姫に抗う術などやはり無いのである。


「……素敵だねぇ」


そして高圧的なクレアに惚れ惚れと妖しく笑うイミトは、地に刺した剣の一振りを引き抜きカトレアに背を向けて歩き出す。決闘に必要な間合いは如何ほどの物か、ザリザリと剣の尖端で地を削りながら流れ雲を向く様に決闘に挑む面持ちは無い。


まるで、食事のメニューを思案するような顔であった。



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